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研究

「よし、と」


 中庭に出た私は、手をグッと何度か握りしめ、集中を高める。

 万が一にも周囲に被害が出ないよう、少しずつ練習しよう。


「まずは、さっきの」


 魔力とでも呼ぶべきそれの感覚を探し、力を込めるように手に集約させていく。

 先ほどの手と手の間を走った小さな雷をイメージして、魔力を押し出すように操作する。

 出ろ、出ろ~とイメージを強め、念じてみる。すると、バチリ、と鋭い音を立てて、再び紫電が迸った。


「よし、よし、この感じ、この感じを……」


 雷が顕現する感覚を体に馴染ませ、もう一度。バチリ。

 できる。今度は、それを維持するようなイメージに変えてみる。


 数秒の溜めを置いて、また雷が迸る。今度は、一瞬では消さない。維持するようにイメージを強めてみる。

 バチバチ、とさっきより眺めに発動したが、これが中々難しい。思うようには長く出ていてくれない。


 まあ、最初から思うがままに操れる方が不自然だ。練習を繰り返すしかないだろう。

 もう一度。


「よっ、ほっ……」


 まるで玉乗りをしている道化師のような声を出しながら、試行錯誤する。

 どうも目の前の雷に気を取られて、イメージが疎かになるのがいけないようだ。それから何度か繰り返すが、どうもうまくいかない。


 少し、やり方を変えてみよう。


 両手の人差し指を突き出し、その間を雷が往復するようなイメージをしてみる。

 ぐっと魔力を込めて……。


「おっ、と……お? こう、かしら」


 今度は先ほどよりも長く顕現させることに成功した。

 このイメージが正しいのかもしれない。もう一度、気が散らないように集中して。


「よし、よし、できてる、消えない」


 バチリ、バチリ。雷は私の二本の人差し指の先の間で何度も煌めき、消える気配はない。

 どうやらこの方法が正しいらしい。なら、今度は同じイメージで、もう少し大きな雷をイメージしてみよう。


 一度魔力を引っ込め、人差し指ではなく、両の手のひらの間を往復させるような感覚。

 ――これもできた。魔法はイメージが大切というのは、本当のようだ。


「よし……でもこれじゃ、魔法を使いながらでは他に何もできない。もっと慣れないと」


 そこから数十分、私は雷を手の間で往復させる反復練習を行った。

 段々、感覚がつかめてきたように思う。では、次は限界を図ってみよう。


 私は空に向かって手のひらを向け、そこに向かって雷が落ちるイメージをする。

 モデルは落雷。自分が感電死しないように、また小さなものから。


 ズドン。先ほどまでより大きな音を立てて、私の手のひらを中心に雷が落ちた。

 なんとなくわかっていたことだが、やはり、魔法で出現させた雷は使用者へは影響を与えないらしい。痛みも何も感じなかった。

 なんとも都合のいいことだが、たしかに一々使用者にまでダメージが入るようでは雷など扱っていられない。


 これなら、もう少し大きなものも試せそうだ。

 今度は自然現象としてみるような、大きな落雷をイメージする。天から地に向かって、不規則な軌道を描いて伸びる雷。

 集中力が最大限に高まったその瞬間、カッと目を見開いて魔力を押し出してみる。ぴかっと目を瞑ってしまうような激しい光が溢れて、私の手の上に大きな落雷。遅れて、ビシャン、と空気を叩きつけたような音が鳴り響いた。

 これも、できた。


「……才能がある、のかしら?」


 他の魔法使いなんて見たことがある筈もないのでわからないが、こんなとんとん拍子で魔法を習得していけるのは、才能があると考えてもいいのではないだろうか。それとも、これが一般的な魔法使いだったりするのだろうか。

 ああ、近く一人くらい、魔法使いが住んでいないだろうか。誰に師事することもなく魔法というものを研究していくのは、不安だし、基準がないので上手くいっているのかもわからない。


 しかし、今のところ思うように練習はできているので、まったく才能がないということはないだろう。

 今度は視点を変えて、“魔法使いっぽい”魔法の行使を試してみる。

 具体的には、魔法陣っぽいものが出せないか、試してみたいのだ。


「ええっと、魔法陣、魔法陣……」


 手を覆う不思議な光が、幾何学的な紋様を描くようにイメージする。すると光は一度手のひらに集約し、そこからぐにゃりと形を変えていった。私のイメージが浅かったのか、中途半端ではあるが、それっぽいものを作ることができた。

 魔力を引っ張り戻し、今度は鮮明に、円状の魔法陣をイメージして魔力を出す。


「できた! 魔法陣!」


 幼いころに妄想したものが実際に目の前にある。それも自分の手で作られたものだ。

 私は思わずテンションを上げて、柄でもなく笑顔ではしゃいでしまった。


「お嬢様……?」

「えっ、あ、ヴェルナー」


 するとその声を不審に思ったのか、あるいは先ほどまでの雷の音に不安を覚えたのか、ヴェルナーさんが扉越しに声をかけてきた。

 少し、うるさかっただろうか。


「どうしたの」

「いえ、魔法の研究をされているのは承知しておりますが、大きな異音が聞こえたものですから、どうも不安になってしまって」

「ああ、そうなの。悪いわね、大丈夫よ。ちょうど、雷を発生させる練習をしていたの」

「雷、ですか! なるほど、リープリング家の魔法使いたちは、皆それを使ったと聞いております」

「ええ。だから、私にもできるはずだと思ってね」

「ああ、やはりお嬢様はリープリング家の血を色濃く継ぐ魔女様……私の目に間違いはなかった」

「う、うん」


 なにやら深く感動しているのが、扉越しにでもわかる。少し涙ぐんだような声になったヴェルナーさんは、紅茶を淹れて参ります、と一言残して館の中へ消えていった。

 泣いているのを見られたくなかったのだろう。


 気を取り直して、研究の続きを進める。

 次は、この魔法陣に本当になにかの効力があるのかどうかだ。


 魔法陣といえば、そこからなにか魔法が飛び出したり、なにかの契約や召喚に使ったりといった印象がある。

 まずは、この魔法陣を、今度は手の上ではなく、空中に浮かべてみよう。


「よし」


 円状の幾何学文様をイメージし、それが空中に発現するように魔力を押し出してみる。

 これはすんなりとできた。しかしその次がない、何も起きない。なにか、間違っているのだろう。うーん。


 ……そうか、イメージ、イメージだ。魔法陣を出してから用途を考えるのではなく、なんの目的で出すのかをはっきりとさせてから魔法陣を発現させてみよう。


 思い描くのは、空中に浮かんだ幾つもの魔法陣から、雷が迸るイメージ。ターゲットは空。地面だと、火が着いてしまうかもしれないし、せっかくヴェルナーさんが整えた中庭の景観を台無しにしてしまう。


 グッと力を込め、空中に魔力を解き放つ。

 すると見る間に魔法陣が出現していき、その数が四つになったところでひとまずイメージを止めた。


 あとは……。そうだ、イメージの補助として、詠唱っぽいことをしてみよう。


「祖は魔の理。天と血胤(けついん)の契約に基づいて、ここに紫電の煌めきを――」


 周りから見ればちょっぴりイタイかもしれないが、こういう口上を即興で考えるのは私の得意中の得意だ。孤児院での魔女ごっこの中で培われたスキルである。ここに来て、物語を読み漁るようになってから、さらに磨きがかかった。

 私はいつだって、夢見る乙女なのである。憧れを実現できるのなら、少しの羞恥心など簡単に捨て去れた。


 まあ、そのせいで変な勘違いも生んでしまっているわけだけど。


 それはさておき、詠唱を完成させる。それと同時に、魔法陣から空に向かって雷が落ちるイメージを、強く念じた。


「――雷雨(オラージュ)!」


 ――ズドォンッ!


 爆音を立てて、天に落ちる太い四筋の閃光。耳が割れそうなほどの雷鳴が空気を殴りつけ、その衝撃波がざわざわと草木を揺らした。

 鳥が慌てたように飛び立ち、光の余韻を残して、魔法陣は粒子となって消えていった。


 同時に襲う脱力感。あまりの威力に驚いたのもあって、私はぺたん、と尻もちをついた。


「――お嬢様ッ!? 今のは!」

「あ……え……」


 自分の成したことが信じられず、上手く声が出ない。まだ状況を受け入れられていない。

 まさか、そんな大きな魔法になるとは思わなかった。イメージが強すぎたのだろうか。それとも、詠唱を行ったからだろうか。


「ひえぇ……」


 私は自分で放った魔法に怯え、情けない声を漏らした。


「お嬢様、無事ですか!」


 危険だから入って来るなと言ったのも忘れて、ヴェルナーさんが中庭に駆けこんでくる。

 私は口の開いたままの顔をそちらに向けて、なんとか頷きを返した。


「お嬢様、今のは一体……」

「え、あ、ええ……そう、私の魔法、よ。雷の」

「ものすごい音と光でしたが……お怪我は?」


 言われてから、体を確かめる。手を握って開いて、足を動かして。

 うん、怪我はなさそうだ。


「ええ、大丈夫。少し、魔法の威力が想像より大きくてね。驚いただけ」

「そうでしたか。しかし、とんでもない魔法でしたな。思わず紅茶のカップを取り落としそうになりました」

「そ、それは悪かったわ」

「いえ。幼少からこのような大規模な魔法を使いこなしたという記録は、どこにもありません。やはりお嬢様は、一族の寵愛を受けた稀代の魔女様なのですね……」

「えっ」


 また変な勘違い……いや、もしかすれば勘違いではないのかもしれない。実際、今ならそうだと言われても納得してしまいそうだ。それほど、今の魔法の衝撃は大きかった。

 試しに扱っていいようなレベルのものではない。もしも人にでも当たれば、ひとたまりもないだろう。これを使うのは、本当に危機に陥った時。最終手段にしよう。


「……ありがとう、ヴェルナー。もう大丈夫」

「左様でございますか。どうやらお疲れのようですし、ここはひとつ、ティータイムにしませんかな」


 たしかに、体に気怠い疲労を感じる。魔力というのは、無限ではないのだろう。

 魔力とは生命力のようなものだ、という仮説も専門書に書かれていた。だから魔法使いは、それを回復するために睡眠が深いのだとか。

 そういえば、一度寝たら起きるまで何をしてもまったく目覚めない、と孤児院の先生に言われた覚えがあった。ならば、あの仮説は正しいのかもしれない。著者に会いたいところだ。かなり魔法の真に迫っているのではないか。


 ともかく、疲れた。ヴェルナーさんの言う通り、今日の研究はこれまでにして、ティータイムにしよう。


「うん。そうしましょう」

「では、失礼しますぞ」

「えっ、わっ……!?」


 私の体をおもんばかってか、ヴェルナーさんは突然私の背中と膝裏に手を回し、抱き上げた。

 姫抱きである。いや、ちょっと、待って。抱き上げるにしても、その、他の抱き方でも……。


「あの……」

「……もしや、不快でしたかな?」

「う、ううんっ! まさか、そんな。ちょっと……ちょっと、驚いただけよ」

「それは失礼いたしました。お疲れのようですから、歩くのも辛いかと思いましてな」


 もちろん、不快であるはずがない。だって……。

 ヴェルナーさんの顔が、いつもより近くに見える。

 整った顔立ちだ。鼻下の白い髭は、気品よくたくわえられている。


 密着した箇所から伝わる熱が、私の顔を真っ赤に染めていった。


「ありがとう」

「いえ。では、向かいましょう」


 ドキドキと高鳴る鼓動をヴェルナーさんに聞かれないように、必死で無表情を取り繕う。

 部屋に辿り着いた時には、私はすっかり疲れきってしまうのであった。

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