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模索

「ヴェルナー」

「はい、お嬢様」


 ランチを終えた私は、ヴェルナーさんの注いでくれた紅茶を飲みながら、あることを考えていた。

 それは、魔法についてのことだ。リリエットさんの一件以来、魔女のフリを続けざるを得なくなってしまった私だが、今のところなんとか体裁を保ててはいるものの、このままでは私が実際には魔法モドキしか使えない偽物であると気付かれるのは時間の問題である。

 そうなってしまってからでは、遅いのだ。私はヴェルナーさんに幻滅の目を向けられるのがひどく怖かった。ならば、そうならないように努力しなければならない。具体的には、魔法を本当に行使できるようにならなければいけなかった。そのために必要なのは、まず知識だ。

 知識がなければ、何も始まらない。何が間違っていて、何があっているかもわからない状態では、魔法の研究もしようがない。


「魔法についての本って、あるかしら」

「魔法について、ですか。なるほど、お嬢様は魔法使いといえどまだ未成熟。ならば先達たちに習って研究を進めようというわけですな」

「え、ええ。まったくもって、その通りよ」


 未成熟というか、ほとんど初心者だけど。何にもできないけれど。

 相変わらず眩しい瞳を向けてくるヴェルナーさんの視線から顔を逸らして逃げながら、こくりと頷いておく。実際、当たらずとも遠からずである。

 するとヴェルナーさんは心得ました、とばかりに一礼して。


「少々お待ちください。館には、たしかに魔法についてが書かれた文献がいくつかあったはずです。それをお持ち致しましょう」

「うん、ありがとう」


 気合十分で広間を飛び出していったヴェルナーさんを見送り、私はひとつ、ため息を吐いた。

 どうしてこんなことになったのか。まったく、すべてはあの日のあやまちのせいである。

 無邪気にのぞき見なんかした自分を殴りたい。


 ぼうっとそんなことを考えていると、十分もしないうちにヴェルナーさんは戻ってきた。

 その手には、数冊の本。どれもほこりを被っているような有様で、あまり読まれた形跡がない。

 ヴェルナーさんはサッとほこりを払うと、本を卓の上に置いた。


「ざっと探しましたが、初歩的なものから専門的なものまで、一通りのものを持ってまいりました。あとはリープリング家に代々伝わる、“魔導書”と呼ばれるようなものもありますが……」


 魔導書。魔導書か。それは如何にもな代物だ。私が本当にリープリング家の末裔なのかはまだ半信半疑なところはあるが、リープリング家は魔法使いの家系であるという噂があった以上、その代々伝わる魔導書とやらは、いわゆる本物である可能性が高い。

 ならば、まだまだ魔法の魔の字も知らない私が手を出すには行き過ぎた代物だろう。

 藪をつついて蛇を出すではないが、いま無用なリスクを負う必要はない。まずは一般にも出回っているようなこれらの本で、魔法についての知識を深めるのが上策だろう。


「ヴェルナー、ありがとう。その魔導書は、私が扱うにはきっとまだ早いわ。いずれその時が来たら、お願いしようかしら」

「はっ、畏まりました。私も最低限の知識だけはあっても、本物の魔法についてはさっぱりですからな。お嬢様の言に従います」

「ええ。じゃあ、私は部屋で本を読んでいるから。また何かあったら呼びに来て頂戴」

「畏まりました」


 綺麗なお辞儀をするヴェルナーさんを背に、私は自室へと階段を昇っていく。

 時計塔の内部に位置するそこへ辿り着いて、いつものようにぎぃ、と扉を開けると、本を脇に置いてベッドへ座り込んだ。


「さて」


 早速、初歩的なものから目を通していこう。

 一冊目は、世界の魔法。なるほど、表題からして、とても初歩的だ。これから読んでいくことにしよう。

 パラリ、パラリ、私は一ページずつ、情報を頭に叩き込みながら本をめくっていく。


「基本的には伝承上の存在、なれど魔法使いは実在する。その形跡もきちんと残っている、か」


 曰く、魔法とは一部の血族のみに現れる特異体質とでも呼ぶべきもので、その発現率は極めて低い。

 しかし、過去に魔法使いが存在した形跡は各種文献や言い伝えなどではっきりと残っており、それが存在することは間違いないという。

 けれどあまりにも強大なその力を利用されるのを恐れ、代々各地に現れた魔法使いたちは、基本的に自らの存在を隠匿する傾向にあるのだとか。ゆえに、魔法使いの存在は、御伽噺のような確度で以て人々に信じられているのだという。


 なるほど、道理だ。たしかに魔法なんてものを使える人間がいれば、各所から引っ張りだこになるに違いない。その中にはきっと、軍事利用や研究のための拉致など、物騒なものも含まれていただろう。魔法使いが姿を隠したがるのは、とても自然なことに思えた。


 例えば、この例だ。

 極東の島国に現れたとある魔法使いは、その力を使ってなにか世の役に立つことをしたいと考え、自らの露出を良しとしたという。

 しかし彼、あるいは彼女に待っていたのは、軍への強制徴兵だった。軍人となったその魔法使いは、仕方なく軍のもとでその力を行使し、当時の大帝国、ウルス・ボルジゲン帝国の侵攻を何度も退けたという。

 その魔法使いの得意としていた風の魔法は神風と呼ばれ、海を渡って侵攻してくるボルジゲン帝国の帆船たちを嵐の中へと叩き込み、そのほとんどを沈めて侵攻を頓挫させたのだとか。


 魔法使いは晩年、自身の力によって数多の人間を殺めてしまったことに悩み、いつの間にか姿を消していたという。


「戦争、か」


 私は幼いながらに、戦争についての自身の考え方というものを持っていた。

 それは、互いに正義などないというものだ。いや、どちらにも正義があると言いかえることもできる。

 双方が双方の信ずるものの衝突によって、戦いは起こるのだ。ならばそこに善悪などは存在せず、ただ外交の一手段として捉えるのが一番フラットな見方なように思う。


 もちろん、歴史をたどってみれば、あからさまな悪というのも存在しただろう。しかし、それが真実であったのかどうかも、当時ではなく今を生きる私たちには、判断のしようがないはずなのだ。


 戦争。それは大前提として、憎むべきものだ。それに限らず、血を流す行為というのは、常に最終手段であるべきなのだ。


 ……少し、思考が逸れてしまった。魔法の研究に戻ろう。


「ふぅ」


 私は紅茶に口をつけ、二冊目の本をめくる。表題は、魔法の神秘。前書きを読むに、どうやら各地で行使されたとみられる魔法を一覧のようにまとめたものであるようだ。これは役に立ちそうだ。早速、ページを進める。


「炎、雷、風、水、錬金、治癒、予言……色んなものがあるのね」


 そこに記される魔法の数は、細かなものも合わせれば無限といってもいいほどの種類。ここアルストロメリア帝国でももちろん、過去に魔法使いがいた形跡があるようだ。その中には、しっかりリープリング家も含まれていた。

 どうやら先代や先々代といった直近の血筋の人物は魔法使いではなかったようだけれど、さらに遡れば、幾人か魔法使いの疑いがかけられている人物はいるようだ。そして、リープリング家の魔法使いの特徴は、雷の魔法を扱うことだという。

 魔物と呼ばれる獰猛な危険生物を追い払った、だの、戦場にて雷の魔法を発現し、敵軍を機能不全に追い込んだ、だの、リープリング家に連なる魔法使いの記述には、常に雷の文字があった。そして極稀に、予言の魔法を行使する人物の存在も書き記されていた。


 であれば、リープリング家の末裔と思わしき私にも、そのような魔法が使えるのだろうか。

 しかし、納得だ。ヴェルナーさんが私の予言モドキを、驚きながらも簡単に受け入れたのは、この知識があったからだろう。過去に予言を扱う魔法使いが存在したのだから、その血筋である私もそれを使えておかしいことはない、と、そんな風に考えたに違いない。


 考えながらも、私は貪欲に知識を吸収していった。やがて専門的なものにまで手を伸ばし、先達たちの魔法研究の成果にも目を通した。

 ひとつ、気になる記述があった。魔法とは、使用者のイメージに基づいて発現するものである、という仮説だ。

 これは仮説ながら、実際の魔法使いに話を聞いてロジックを組んだものらしく、その確度は高いように思えた。


 パタリ。本を閉じて、私は自分の手のひらを見た。

 なんとなしに力を込めてみれば、やはり不思議な光が手を覆う。


「イメージ……」


 私はリープリング家の魔法使いの特徴だという、雷の魔法に主軸を置いて、手と手の間に雷が奔るイメージを強めてみた。

 ぐっと、何かが体の内側から押し出されるような感覚。不思議な光は段々とその強度を増し……幾何学的な紋様が手の甲に浮かんだ。


「きゃっ!?」


 そして――バチリ。細く小さな紫電が迸った。私は反射的に手を上げ、念じるのをやめた。

 今のは、もしかして、いや、もしかしなくても。


「……使えちゃったんだけど」


 認めたくはない、現実逃避していたい、いたいが、ここまで来ては認めるしかない。

 私はどうやら本当に、魔法使いのようだ。これを偶然の出来事であると片付けるのには、さすがに無理があった。


「雷、雷かぁ」


 どうせなら、花を咲かせるだとか、お菓子を生み出すだとか、そういった華やかで平和的なものがよかったなぁ。

 なんて詮無きことを考えながら、私は魔法の練習を開始することに決めた。

 自己防衛のためにも、事故防止のためにも、ある程度この雷の魔法を使いこなせるようになるべきだろう。既に私が魔女だというのは、思ってもない形で幾人かに露見してしまっているのだから。ならばいっそ、本当に魔女になってやろう。

 そうして他の魔法使いたちのように、私はヴェルナーさんと幸せな引きこもりライフを送るのだ。


「ヴェルナー」

「はい、お嬢様。どうかされましたか」

「今から、魔法の研究をするから。中庭を借りてもいい?」

「もちろんでございます」

「危険があるかもしれないから、急に入ってこないようにね」

「畏まりました。お手伝いできることがありましたら、いつでもお呼びください」

「ええ、ありがとう」


 だからまずは、鍛錬と研究あるのみだ。

 私はもしものことを考え、ヴェルナーさんに一言告げてから、周囲に何もない館の中庭へと向かうのであった。

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