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来訪者

「来客……?」

「そのようですな、確認して参ります」


 ヴェルナーさんがそう言って席を立ち、広間を抜けて門の方へと向かった。顔を出すべきではないのだろうが、こんな時間に訪れる人物が気になって、私もワンテンポ遅れて、こっそり後を追う。玄関の扉をほんの少し開いて、隙間から外の様子を窺った。


「元リープリング家執事、ヴェルナーと申します。何か御用ですかな」

「ああ、よかった。本当に人が住んでいたのね」


 訪れた人物は、どうやら女性のようだ。長い金髪をフードで隠している。如何にもお忍びで来た貴族様といった感じだ。

 ヴェルナーさんが少々不審そうに訪問者へ笑顔を浮かべる。


「ええ、まあ、リープリング家は先の戦争で滅んでしまいましたが。一執事として、この館を捨て置きはできなかったのです」

「そうですの。……いえ、申し遅れました。私は、リリエットと申します。今日は、時計塔の魔女様に用があって」

「時計塔の魔女? ああ、あの妙な噂のことですな。ここには私しかおりませんよ」

「そうかしら」


 じっと、リリエットと名乗った女性の視線が此方を見据える。しまった。


「……どうもそうではないようだけれど?」

「いえ、あの方は……」

「大丈夫。秘密は厳守するわ。魔女様は、俗世への露出を嫌がるのでしょう?」

「え、ええ、ええと……まあ」


 ヴェルナーさんの言い訳も、私がみつかってしまっては苦しいものになる。何やら勘違いをしているリリエットさんの言葉に乗ることにしたようだ。振り返ったヴェルナーさんが、如何にもやってしまったというような顔で私に目配せをしてくる。

 仕方ない。これは私が悪い。大人しく席で待っていればよかったのだ。


「……では、ご案内しましょう」

「お邪魔致しますわ」


 観念したヴェルナーさんが、リリエットさんを連れてこちらに歩いてくる。

 さて、どうしたものか。話を聞いた限り、リリエットさんは私のことを噂の魔女だと勘違いしているようだ。ならば、私もそれに乗っかってこの場を乗り切るしかない。


「んんっ、こほん、あーあー」


 のどの調子を確かめ、それっぽい声色に変える。いったいどんな用なのかわからないが、なるようになる。なんとか対応するしかない。

 ヴェルナーさんに着いて玄関に歩いてきたリリエットさんを、私は無表情で出迎えた。


「ようこそ。私の館へ」

「これはご丁寧に。……その、貴女様が?」

「ええ。一応。こんな身なりだから、信じられないかもしれないけれど」

「いえ、魔女様は幼き頃から姿が変わらぬと聞いております。それで、その……」

「立ち話もなんです、中へ」

「あ、ありがとうございます」


 ヴェルナーさんとリリエットさんが、玄関をくぐって広間へ入る。

 食べかけの料理をひとまず脇にどけて、卓に座って向かい合った。


「それで……今日はいったい何用で? 私が俗世との接触を嫌っているのは知っているはず」

「は、はい。申し訳ないとは思いましたが、どうしても魔女様にご相談したいことがありまして」

「相談」


 よし。今のところ、私が魔法など使えないただの少女であるということはバレていないらしい。

 相談の内容にもよるが、適当にそれらしいことを言って帰ってもらおう。


「はい。実は……」


 リリエットさんの相談というのは、簡単にいってしまえば恋愛相談であった。

 なんでも意中の貴族令息がいるのだが、どうも最近仲が芳しくなく、嫌われたのか気になっているらしい。なんとも、態々時計塔の魔女なんて怪しげな噂を頼りにするにしては、可愛い相談だ。けれど彼女の中では、それほど重大な問題なのだろう。


「それで、ここはひとつ、噂に名高き魔女様のお知恵をお借りしたいと思い……」

「なるほど」

「……リリエットさん。失礼しますが、お嬢様はそのような」

「ヴェルナー」


 ヴェルナーさんが断ろうとしたのを、声で制止する。どの道、将来正式にリープリング家の末裔として社交界にデビューした際に、出会うことがあるだろう。既に容姿がバレてしまった以上、ここで突っ返すのは後々の仲にも関わるかもしれない。

 であれば、ここはなんとかそれっぽい言葉を捻りだして穏便に収めておくのが吉に思えた。


「魔女様にお伺いするにはあまりにも俗っぽいお話だとわかっております、けれど、私はどうしても気になって仕方がないのです。このままでは夜も眠れません。どうか……」

「いい」

「そ、それでは」

「ええ。その相談とやら、乗ってあげましょう。ただし条件がひとつ」

「それはいったい」


 ゴクリ、とのどを鳴らすリリエットさん。噂の魔女と対面していると信じているのだから、なにか過酷な条件でも突き付けられると思っているのだろうか。しかし条件はなんでもない、簡単なことだ。


「私の姿を、決して外部に漏らさないこと」

「は、はい、この命に誓って……」

「えっ」


 いや、なにも命まで賭けなくても。ま、まあ、魔女といえば、そういう印象があるのだろう。

 気を取り直して、リリエットさんの答えに神妙に頷いておく。……そうだ。


「ではここに、魔法の盟約を」

「ま、魔法ですか。それはどのように」


 少し怯んだ様子のリリエットさんの目の前で、懐に入れていた時計塔の魔女の本を取り出す。

 その上に手を乗せ、なんとなくそれっぽい詠唱をしてみる。


「命よ。空よ。地と人の理よ」


 目を瞑り、念を込めるような仕草をして、カッと目を見開く。すっかり怯えた様子のリリエットさんの手を取って、私の手の上に重ねた。

 すると本がぶわりと不思議な紫色の光を纏って……えっ?


「こ、これが魔法……!」

「えっ、ちょっとまっ」

「お嬢様、これは……!」


 いや、これはじゃないよ。なんでヴェルナーさんもリリエットさんみたいになってるの。

 なに、これ。えっ。なんで。魔法の勉強なんて一度もしてないんだけど。まさか本当になにかの魔法が?


 内心で慌てふためく私を置いて、状況は勝手に進行していく。

 私は必死に無表情を保って、震える手を誤魔化すように、即興の詠唱を続ける。


「い、いま汝と我が魂によって、ここに盟約を交わさん!」


 やけくそである。人生でこれ以上ないくらいのやけくそである。

 何が起こるのか知らないが、放ってしまった言葉はいまさら引き返せない。


 紫色の光が、私とリリエットさんの手を覆って、ぶうん、と不気味な音を立てて手の中に収束していった。

 なんか、結べたっぽいんだけど。盟約。意味不明である。


 リリエットさんとヴェルナーさんがひどく驚いた顔をしているが、この場で一番混乱しているのは、まず間違いなく私である。

 まったくわけがわからない。怖い。私は魔女だったのか。


「……こ、これで、盟約は為された」

「は、はい。決して魔女様のお姿を外部に漏らさぬと誓います、どうか、命だけは」

「これは命を賭すような盟約ではない。破ってしまえば、ほんの少し不幸なことが訪れるやもしれぬが」


 口八丁。もちろん全部嘘である。実際にいまどんな魔法が成され、どんな効果があるのか、私にもさっぱりである。

 だってこれが初めての魔法なのだから。というか、魔法って本当にあったんだ。もうなにがなにやらしっちゃかめっちゃかだが、とりあえずこの場を収めて帰ってもらおう、そうしよう。


「で、では、リリエット。貴女に言葉を授ける」

「は、はい……!」

「――十三の月の音が響くころ、其方の思いは届くであろう。ただし、努々忘れるな。その晩餐にて水面の銀が、災厄を齎す。花の香りに、どうか惑わされぬように」

「十三の月、水面の銀、花の香り……わかりました、魔女様。お言葉をいただき、ありがとうございます」


 えっ、今のでなんかわかったの。いや何がわかったの。逆に私が聞きたいのだけれど。

 助けを求めてヴェルナーさんをみると、ヴェルナーさんも同じく神妙な顔をして言葉を繰り返している。いや、違うから。やめて。ヴェルナーさんならわかってくれると思ったのに!


 しかし時すでに遅し。私の味方はもはや誰もいない。いまこの場において、私はれっきとした魔女様であった。どうしてこうなった。


「で、では、これにて私は失礼いたします。魔女様、お言葉、本当にありがとうございました」

「え、ええ。気を付けるように」


 何をだ。いったい何に気を付けろというのか。むしろ気付いて。ぜんぶでまかせなことに気付いて。

 ヴェルナーさんに若干潤んだ眼を向けると、こくりと頷きが返される。


「はっ、あとはお任せください、お嬢様。リリエット様は私が責任を以てお送り致します」

「ちが」

「魔法の行使でお疲れになられたでしょう。いまはどうかおやすみください」

「いや、あのっ」

「――ではリリエット様、こちらへ」

「はい。……魔女様、重ねて、本当にありがとうございました」

「あ、うん……もうそれでいいや……」


 まさか、だとか、こんなことが、だとか、何やらぶつぶつと呟きながら心あらずのヴェルナーさんの背を見送って、私はとてつもない虚脱感に襲われた。つかれた。わけわかんない。なにこれ。


「ふぅ」


 とりあえず、紅茶でも飲もう。

 少し冷めてもなお香り高い紅茶で、からっからになったのどを潤していく。いったい何が起こったのか。


 私は自分の手をシャンデリアに翳して、くるくる回しながら確かめてみた。なにも変わった様子はない。

 あれは本当に現実だったのだろうか。もう一度、本に手を翳してみるが、やはり何も起きない。ならさっきのは、いったい……。


「……魔法」


 魔法。魔法、か。本当にそんなものが存在するなんて、憧れこそあれど、今の今までまったく信じていなかった。

 しかしこうなってはその存在を認めざるを得ない。そしてなぜか私が、それを使えるのだということも。


 本から手をどけて、さっきのように念じてみる。魔法、出ろ、出ろー。

 ぶわり。さっきのと同じ紫色の光が、私の手を覆った。


「わっ!?」


 出た。なんか知らんが出た。

 慌てて手を引っ込め、戻れ、戻れーと念じてみる。するともう一度ぶわんと音を立てて、手の中に収束するように光は消えた。


 ……拝啓、孤児院のみんな。私、魔法使いになってしまいました。

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