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エピローグ

「ヴェルナー」

「はい、お嬢様」


 あの事件から、一か月が経った。サムエル卿は結局、証拠不十分が祟って逮捕されるようなことはなかったが、憲兵の厳しいマークを受ける結果になった。これではロメオさんたちに対し、大きな動きを起こすことはできないだろう。完璧とは言えないが、十分な勝利であった。

 ロメオさんとリリエットさんは、お互いに愛し合っているのがわかり、今日も今日とてしあわせな日常を過ごしているようだ。

 というのも、あれ以来、二人は時折館を訪れるようになった。魔女の知恵を借りに、ではなく、単に友好目的としてお茶を飲みに遊びに来るようになったのだ。二人は、いつも甘いお菓子をお土産に持ってきてくれるので、私としても嬉しい誤算だった。


「今日の紅茶は、ヴェルナーが?」

「はい。ライラは他の雑用がありましたので、僭越ながら私が淹れさせていただきました」

「そう、やっぱり。私の舌も肥えたわね、どちらが淹れたか、すぐにわかるようになったわ」

「それはそれは、このヴェルナー、まだまだ未熟というものですな。ライラの淹れる紅茶は美味しいですから」

「うん。でも、ヴェルナーの淹れた紅茶も、また味が違って美味しいわよ」

「有難きお言葉で」


 ヴェルナーさんは謙遜するが、実際ヴェルナーさんの淹れた紅茶も十分以上に美味しい。ライラさんのものが最高の一杯なら、ヴェルナーさんの淹れたものは至上の一杯だ。そこには存分に私情も含まれているが、毎日最高の一杯だけを飲んでいても、それが普通になって、飽きが来てしまう。そういう意味でも、私はこのヴェルナーさんが時々淹れてくれる一杯が好きだった。


 私も、随分と贅沢を言うようになったものだ。すっかり貴族の暮らしに慣れてきたということだろうか。


「今日は、リリエットさんたちは?」

「本日は二人でお出かけになられるようでしてな、おそらくお越しになられないかと」

「そう。幸せそうで何より」

「それも、お嬢様のお知恵のおかげですな」

「う、うん。そうね」


 ヴェルナーさんが言う“知恵”にはあの予言も含まれているのだろうが、あれは本当に不思議なことに、魔法ではない。ただあの場で思いついた言葉をテキトーに並べただけである。それがまさかあんな風に見事に的中するとは思わなかったが、まあ、終わりよければすべてよしという。いまさら嘘だったと明かすこともないだろう。

 実際、私がふたりのために知恵を振り絞って動いたのはたしかな事実なのだから。そんな二人が今日もしあわせそうにしてるというのは、何よりも報われた気分だ。どうぞそのまま墓場まで添い遂げて頂きたい。


 そういえば、二人に感化されてか、私たちの関係にも少し変化があった。

 具体的には、ヴェルナーさんが時折、私を女性として意識しているような素振りをみせるようになったのだ。


 例えば。


「ヴェルナー、大好きよ」

「ど、どうされましたか。はい、私も大好きでございますよ」


 こんな風に、以前はさほど動揺もせずに受け入れられていた言葉が、少し違ったニュアンスを持つようになった。

 これも二人と、それからライラさんのサポートのおかげだ。意識されているということは、少なくとも恋愛対象の範囲にはいるということである。着実な前進であった。ヴェルナーさんも年齢差などを気にして、あえて気付かないようにしているのだろうが、私が気にせずに突っ込んでいけば、雪解けも近いように思えた。


 リリエットさんにもらったお菓子を食みながら、しあわせな甘さに浸る。単体では少し甘すぎるそれをヴェルナーさんの淹れてくれた紅茶で中和して、ほっと熱い息を吐く。なんて贅沢なんだろうか。


「ヴェルナー、今日のランチは?」

「本日は、お嬢様の好物の、鶏の香草バター焼きにございますよ」

「わ、それは楽しみね。ヴェルナーの料理は全部美味しいけれど、中でもあれは別格だもの」

「お気に召していただけているようで、何よりでございます」


 相変わらずヴェルナーさんは、料理が上手い。料亭でも開けばいいのに、と思ってしまうくらいだ。

 いや、けれどそうすればヴェルナーさんは私の執事ではなくなってしまう。世のみんなには悪いけれど、いましばらくこの席は独占させていただくとしよう。


 そういえば、なんとなく気が乗って、ライラさんに食事を任せたことが一度あった。

 一言で感想を言うならば、うん、なんとも独特な味だった。ヴェルナーさんによると、昔から普通に作れば普通の料理を仕上げられるのに、いざ主に出すとなると、色々趣向を凝らせすぎて失敗するのだとか。

 私の絞り出した美味しいに、ライラさんは見るからに沈んでいた。あれは少し、悪いことをした。


 とはいえ、ライラさんは、それ以外のことは完璧にこなす。掃除も洗濯も、それから紅茶を淹れるのも。ライラさんが館に来て、やはりヴェルナーさんの自由な時間は増えたように思う。

 見ていて、いつも忙しそうだったのが、少し余裕を持った佇まいになったのだ。上手く、二人で分担して仕事をできているらしい。

 あの時話を切り出して、本当によかった。ヴェルナーさんだってそう若くはないのだ。そんな様子は微塵も魅せないが、あのまま一人では疲労が蓄積していって、いつの日か倒れてしまっていたかもしれない。


「お嬢様、それで、お茶会の件ですが……」

「ええ」


 そう、変わったことはまだある。私があの事件の時、多くの人がいたにも関わらず勢いに任せてリープリングの姓を名乗ってしまったせいで、リープリング家が辛うじて存続していることが露見してしまったのだ。単純にいえば、私が生きていることがバレてしまったのである。

 これは完全な自業自得だが、社交界は大騒ぎになったらしい。リープリング家は元々有力な伯爵家で、その権威は侯爵に近いと言われるほどの家だ。先の戦争で一家全滅の報が流れた時も、社交界は大いに荒れたらしい。

 今になって、その末裔が生き残っていたというのだから、社交界は引っくり返したような騒ぎになった。いよいよ私も引きこもっているわけにはいかず、表に出ることになった。社交界デビューである。

 ヴェルナーさんが言ったお茶会というのはその第一歩で、リリエットさんとロメオさんが協力してくれて開くことになったものだ。大勢の貴族が、館へやってくる予定だという。


 私は戦々恐々としながらも、急いで普遍的なマナーの知識を身に着け、それに向かって準備を進めている段階だ。

 お茶会は二か月後。それまでに、なんとか体裁を整えなければ。


「これはまだ噂なのですが、なんでも皇帝陛下が参加の意を示されたとか……」

「ぶっ」


 えっ。……えっ?

 こ、皇帝陛下? 待って、そんな話聞いていない。あくまでこのお茶会は社交界デビューの第一歩で、近隣の貴族たちのみを招くものだったはずだ。それがどうして皇帝陛下の耳にまで……いや、入るか。リープリング家はとある戦場での大敗で全滅したとはいえ、それは皇帝陛下の退却する殿を最後まで忠実に果たしたかららしい。ゆえに、皇帝陛下は一家全滅の報を聞いて、かような忠臣を失うとは、痛恨の極み、とお気持ちを表明されたのだとか。

 それが、実は生き残っている者がいたとの話になったのだ。一度顔をみようとするのも、当然の話なのかもしれない。


 だが、だが、である。皇帝陛下に対する礼の尽くし方なんて、私は知らない。いったいどうすれば。


「まだ噂に過ぎませんが、備えておくべき、でしょうな」

「そうよね……どうしましょう」

「不肖ながら、私が詰め込めるだけのものをお教えしようかと」

「ええ、お願いするわ。もしも知らずのうちとはいえ無礼を働いてしまったら……」


 絶望である。私の貴族生活はそこでジ・エンド。ゲームオーバーだ。

 はあ。思わずため息が漏れた。皇帝陛下も、気持ちはわかるけれど、もう少し待ってくれればいいのに。


 ともかく、そうなってしまったものは仕方ない。ごちゃごちゃと文句をこねたところで、現実は変わらないのだ。

 急いで準備を整えないと。リリエットさんとロメオさんが協力してくれるとのことで、それなりに気楽でいられたお茶会が、一気に気の重いイベントになった。引きこもりには荷が重い。


「大丈夫です。お嬢様なら、きっとうまくやれますよ」

「そうかしら……けれど、私は、時計塔の魔女なんて言われているけれど……」

「いえ。私は、時計塔の魔女様ではなく、お嬢様のことを見て、申しております。……大丈夫ですよ、マリー様」


 なんだそれは。ずるい。こんな時にキュンとさせる言葉を吐いて、いったいどういうつもりなのか。

 理不尽な言葉がヴェルナーさんを襲う。といっても、私の胸中でだが。私は努めて平静を装いながら、それに頷いた。


「ありがとう、ヴェルナー」

「はい、お嬢様」

「忙しくなるわね」

「そうですな、私ども従者も気を引き締め直しませんと」


 心を新たにしたところで、何やら慌てた様子のライラさんがノックもなしに部屋へ駆けこんできた。


「はあ、はあ、お嬢様!」

「ど、どうしたの、ライラ」

「それが……いま、門の方に、皇帝陛下がお越しに!」

「えっ」

「えっ」


 私とヴェルナーさんは、揃って間抜けな声をあげた。

 なんで? 皇帝陛下なんで?


「ひとまず広間の方へお通ししたのですが、なんでも、リープリング家の末裔であらせられるマリー様に一目お伺いしたいというのと、それから時計塔の魔女様として、お知恵をお借りしたいことがあるとのことで……っ!」

「な、なんで、どうして……」


 なにがどうしてそうなった。

 皇帝陛下のわからないことを、私がわかるとでも?

 お知恵なら、沢山いる優秀な臣下の皆さま方にお借りすればいいのに。


 とにもかくにも、皇帝陛下を待たせるわけにはいかなかった。

 私たちは急いで支度を整え、時計塔を降りて広間へと向かった。


 ああ、まったく。貴族というのは本当に大変だ。

 私は胸中で、ある種の諦観を伴って呟いた。


 ――時計塔の魔女曰く、どうしてこうなった、と。

これにて第一章、完とさせて頂きます。

続きは、各小説章の結果などをみて、また詳細プロットを組み立てたら執筆、投稿とさせて頂きます。

それまでは他の作品やちょっとした短編などをメインに活動させていただくつもりです。

よろしければ、今後ともご応援よろしくお願いいたします!

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[一言] 1章完結、お疲れ様です! 続きや短編、楽しみにしてます(^ω^)
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