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事情聴取

「ロメオ・モンテアグロ。お前はリリエット・フランブワンを毒殺しようとした。違うか?」

「違います。私は決して、そのようなことは」


 私、ロメオ・モンテアグロは絶望していた。

 楽しみにしていたはずの晩餐会。そこで起きた悲劇。どうしてリリエットのメイドが倒れたのか、私は未だにわかっていなかった。

 だから、こうして尋問などされても、ただ違うと答えることしかできない。


 何より最悪なのは、リリエットに毒殺しようとしたと勘違いされてしまうことだった。

 こんなに残酷なことはない。私はこんなにも彼女を愛しているのに、どうして。


「とぼけるな! お前が以前からリリエット・フランブワンの暗殺を企てていたことは、さるお方からの密告でわかっている!」

「何だって?」

「どれだけ知らぬふりをしても無駄だ、証拠はあがっている。お前が晩餐会の食卓にあげた彼岸花こそが、毒殺の意思を示す動かぬ証拠!」

「ち、違う、あれは……」

「言い訳はいい!」


 そんな馬鹿な。いったい、どこの誰がそんな嘘を。

 第一、私は食卓に彼岸花など含めていない!

 あれは、リリエットに想いを伝えるための……。


「さっさと吐け。これ以上は罪が重くなるぞ」

「そんな!」


 どういうことだ。いったい、何がどうなって。

 私がさらに異議を申し立てようとしたところで、詰め所の扉が鳴った。入ってきたのは。


「サムエル卿……!」

「まあまあ、そう事を荒げずに。こやつがどう足掻いたところで、もう道は決まっているのだ」

「サムエル卿。しかし」

「よいと言ったぞ」

「は、はっ……」


 サムエル・メレンデーナ。私のモンテアグロ家と領地を接する、メレンデーナ子爵家の当主だ。

 まさか、この方が? どうして。いや、まさか。


「……謀ったな、謀ったなサムエル!」

「おや。謀ったとは人聞きの悪い。謀ったのは君の方だろう。あのような美しい女性を毒殺しようと企てるなど、言語道断」

「ふざけるな!」


 私が声を荒げて立ち上がろうとすると、すぐさま憲兵が体を抑えつけてくる。

 ふざけるな。こいつは、こいつこそが!


「座れ! 暴れるならすぐさま拘束するぞ!」

「くっ……」


 メレンデーナ家とモンテアグロ家は、仲が悪かった。

 それは領地に問題があった。メレンデーナ家は、先の戦争で活躍したモンテアグロ家に、その褒賞として一部の領地を奪われたのだ。

 メレンデーナ家はそれをひどく遺憾に思っており、事あるごとに突っかかってきた。というのも、その領地というのがただの領地ではなかった。メレンデーナ家の大切な収入源、鉱山地帯だったのだ。

 ゆえにメレンデーナはモンテアグロを憎み、隙あらば領地を奪い返そうと暗闘を続けてきた。


 もしも今回のことが皇帝陛下に知れれば、すぐにでも私は子爵令息の座を失い、さらにモンテアグロ家の名誉にも傷がつくだろう。

 それは、鉱山地帯の奪還を目論むメレンデーナ家にとっては追い風になる。このことを利用して、褒賞を取り消させ、領地を奪回するつもりなのだろう。


 ふざけるな。私は強い怒りを覚えた。

 そんなことで、そんなことのために、リリエットを危険に晒したというのか。


「貴様ッ!」

「おお、怖い怖い。さすがは犯罪者だ。凶悪な面構えをしておる」

「ふざけるな!」

「いい加減にしないか!」

「ぐぁっ……!」


 憲兵に抑えつけられ、呼吸が圧迫される。けれど私は、サムエルを睨み見続けた。絶対に許さないと、必ず報いを受けさせてやると、決意を込めて。


「……ふん。憲兵、しっかり裁くのだぞ。私は失礼する」

「待て、サムエル、待て――!」


 私の叫びが、届くことはなかった。











「……どうしたものかしら」


 ヴェルナーさんとライラさん、それからリリエットさんとミーシャさんも交えて、私は計画を練っていた。

 ロメオさんの無実を証明し、憲兵から解放するための計画だ。


 一度捕まった罪人の無実を証明するのは、簡単なことではない。

 そんなことは、孤児院出身の私でもよくわかった。しかし、こうなってはそれを成さねばならない。成すためには、何をすればいいか。


 まずは、じきにリリエットさんが呼ばれるであろう詰め所に同行することだ。

 そしてそこで、憲兵に無実を証明できれば。しかしどう証明する。


 口だけでは限界がある。いや。そうだ。


「そもそも、憲兵の動きが不可解ね」

「たしかに、私もそう思っておりました、お嬢様。憲兵とは、通報を受け、十分な証拠をとってから動くもの。今回のロメオ様の逮捕は、あまりにも迅速過ぎました」

「ええ、そうねヴェルナー。証拠も不十分なままに、子爵家の令息を連行するなど……」


 ――いや、まさか。

 そうか、もしかすれば。


「リリエットさん。ロメオさんに、大きな政敵は?」

「は、はい……ええと、先の戦争での領地割譲の問題で、メレンデーナ家と揉めていると聞きました」

「メレンデーナ家……」


 私は頭の中の貴族図鑑をめくる。メレンデーナ家。たしか四十ほどの男が当主を務める、子爵家だ。

 その名はサムエル、サムエル・メレンデーナだったはずだ。


 もしも、彼が領地奪還のために仕組んだことだったとしたら?

 ……あり得る。貴族の暗闘がどんなものかは知らないが、動機としては十分なもののように思えた。


「私はさっき、犯人はいないと言ったけれど、それは間違いかもしれないわね」

「まさか、メレンデーナ家が……?」

「なるほど、その可能性は十分にあるかと」


 もしもサムエル卿が事前に晩餐会の情報を仕入れ、なにか細工をしていたのだとしたら。

 ――そうだ。ロメオさんの館の料理人は、あの花のサラダはメレンデーナ領の商人から得たアイディアだと言っていた。


 だとすれば、その商人というのは、メレンデーナ家の息のかかった商人だったのではないだろうか。

 そうすれば、辻褄は合う。あれは、アガパンサスの花だ。私が直々に食べて確かめたのだから間違いない。毒はなかった。彼岸花ではない。

 しかし、誰も毒が本当に入っているのかを確かめるために料理を食べようなどとは普通考えない。

 であれば、見た目のそっくりな彼岸花のサラダを出してリリエットさんを毒殺しようとした言ってしまえば、状況証拠から誰もそれを信じるしかなくなる。サムエル卿は、それを狙ったのではないだろうか。


 きっと、サムエル卿は知っていたのだ。

 リリエットさん付きのメイド、ミーシャさんが、あれを――水銀を、ほとんど口にしたことがないということ。

 そして、水銀は猛毒であり、普段から摂取して耐性のついている貴族など以外が口にすれば、腹痛や体の麻痺を起こすということを。


 噂で聞いたのか、私と同じあの本を読んだのかはわからないが、きっとそうに違いない。

 そうして、モンテアグロ家の力を削り、領地の奪還を試みたのではないか。


 すべて状況証拠からの推定にすぎないが、それは向こうも同じことだった。

 であれば、光明はみえた。


 不自然な憲兵隊の動きと、サムエル卿による陰謀の可能性を突き、なし崩し的に無実の証明を勝ち取るのだ。

 難しいが、いまの私にはこれ以上の策は思い浮かばない。


 ……いざとなれば、時計塔の魔女の威光だって、存分に使わせてもらおう。


 なぜ自分がここまで二人に入れ込んでいるのかはわからなかった。

 けれど、目の前で悪が行われようとしているのは確かだった。ならば、私はそれを見逃すことはできない。

 正義の代弁者を名乗る気はなかったが、たとえ勘違いからだろうと、知り合った二人が不当に陥れられ、輝かしい未来を奪われようとしているのを、黙ってみていることはできなかった。


 どこまでやれるかわからないが、できる限りのことはさせてもらおう。そうと決まれば。


「ヴェルナー、ライラ」

「はっ」

「はい、お嬢様」

「リリエットさんに同行して、憲兵詰め所へ向かうわよ。そこでロメオさんの無実を証明するの」

「畏まりました」


 しばらくして、憲兵たちがこの館にもやってきた。

 居場所は、通報した騎士が伝えたのだろう。


「夜分に失礼いたします。こちらにリリエット・フランブワン様がおられると聞きまして……モンテアグロ邸での件で、少し話をお伺いしたいのですが」


 ロメオさんの館の時とは違い、丁寧に挨拶をして入ってきた憲兵を迎え入れる。

 憲兵はリリエットさんの姿を確認した後、私をみて不審そうな顔をした。


「あなたは……?」

「この方は、私の相談役です。できれば、一緒にいきたいのですが」

「ま、まあ、それは構いませんが……」


 すかさずリリエットさんがフォローを入れてくれる。

 憲兵は若干不審そうにしながらも、私の同行を了承してくれた。


 さあ、後は詰め所に乗り込んで、ロメオさんの弁護をするだけだ。

 私はひとつ深呼吸をして、覚悟を決める。大丈夫だ、きっと、上手くいく。


 ヴェルナーさんとライラさんに目配せをすると、二人とも大きく頷いて返してくれた。


「では、御同行願います」

「はい」

「ええ、では」


 憲兵に連れられ、門の前に止まっていた馬車へ私、ヴェルナーさん、ライラさん、リリエットさん、ミーシャさんの五人で乗り込む。

 馬車が動き出すと、その後ろをリリエットさんの護衛の騎士たちが駆る馬車が追従した。


 また夜道をしばらく進んでいると、およそ十数分経ったところで、馬車は止まった。

 どうやら詰め所に着いたようだ。憲兵の声に従い、私たちは馬車を降りた。


「こちらに……」

「どうも」


 憲兵隊の詰め所は、案外大きかった。

 いや、ここに周辺一帯を担当する憲兵と、それから罪人、その監視の衛兵が収まっているのだから、当たり前か。

 両脇に立つ衛兵に見られながら、重厚な門をくぐる。気持ちまで重くなっていくようだった。


 しかし、こんなとこで挫けていてはいけない。私は気合を入れなおし、歩みを進めた。


 憲兵の案内に従って、詰め所の中へ入ると、一階の部屋を幾つか通り過ぎ、奥の階段を上がって二階へ。

 そこから廊下に出て四つほど右へ行った扉の部屋へ通される。


「ここでお待ちください」


 ここまで案内をしてくれた憲兵が退室して、しばらくすると別の憲兵が入ってきた。

 白い髭を蓄えた、老練といった様子の憲兵だ。身分も高いのだろうか、部屋へ入る時に、扉の前で待機している憲兵に一礼されていた。


「どうも、皆さん。私は帝都憲兵隊の隊長の、ローランドと申します。今日は大変でしたな。まだお気持ちの整理もついていないかと思いますが、どうぞご協力いただければ幸いでございます」


 さあ、ここが正念場だ。必ず、ロメオさんの無実を証明して、二人の未来を守るのだ。

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