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12/19

ライラ

「お嬢様、では改めて、メイド長として本日より仕えさせていただきます」

「ええ、よろしく」

「はい、よろしくお願いいたします」


 館に戻って、以前使っていたという部屋へ荷物を置いたライラさんは、早速メイド服に着替えると、私に丁寧に挨拶をしてくれた。

 あまりにも急な行動に目を白黒させていた私だが、部屋へ戻るとなんとか展開に頭を追いつかせ、心を整理して挨拶に応えた。

 すると笑顔になったライラさんは一礼して、では、と自室の整理へと戻っていった。私は少し疲労感を感じながら、残ったヴェルナーさんへ話しかける。


「ヴェルナー、紅茶を淹れてくれる?」

「はい、ご用意しております」


 と、ヴェルナーさんはすかさずティーセットと取り出し、熱い紅茶を注いでくれる。

 さすがヴェルナーさんだ。私のルーティンを完全に把握している。私は紅茶の注がれたカップを手に取って、はふ、と一息。

 久しぶりの外出だったこともあって、予想外に疲れた。今日はもう何もしたくないような気分だ。


「ありがとう、さすがヴェルナーね」

「従者冥利につきます」


 そんな私の気持ちを察したのか、ヴェルナーさんも一礼して、ではディナーの準備をして参りますと言ってすぐに部屋を出ていった。

 部屋でひとりになった私は、ローブを脱ぎ捨て、ベッドへ転がった。外出するというのは、それが少しの間であっても、案外体力を使う。


 身体的にというより、精神的に大きく疲れた。すっかり引きこもりになっていたんだなぁ、と暢気に自己分析しながら、枕に顔を埋めた。

 疲労が取れるまで、しばらくこうしていよう。


「ライラさん、か」


 ごろごろとだらけながら、ライラさんのことを考える。館に加わった、新たな住人、メイド長。まだ出会って数十分だが、悪い人ではなさそうだ。まあ、ヴェルナーさんが勧めたのだから、当然か。

 少しお茶目な一面も見れた。人間、少しくらい天然なところがあった方が、なんとなく、親近感が湧く。今のところ、ライラさんとは上手くやっていけそうだった。


 そのまま数十分もだらけていると、段々元気になってきた。やっぱり、自室はいい。何の気兼ねもなく、過ごすことができる。

 私はのんびりと目を通していた物語のページを閉じて、脇に置いた。そろそろ、ディナーの準備も終わるころだろう。


「お嬢様……失礼しても?」

「あ、ライラ? ……ええ」


 てっきりヴェルナーさんが呼びに来るものだと思っていたが、部屋へ訪ねてきたのはライラさんだった。

 交流を深めるために、ヴェルナーさんが気を利かせてくれたのだろう。


 私はすぐに返事をして、入室を許可する。


「お嬢様。お休みのところ失礼いたします。ディナーの準備が整いましたので、お呼びに」

「ええ、そろそろだと思っていたわ。ありがとう」

「そんな、ありがとうだなんてとんでもない。私は役目を果たしているだけでございます」

「それでも。感謝を常日頃から伝えておくのは大切なことだと、私は考えているから」

「そうでございましたか。では、私も。お嬢様、先の戦争の際に館を抜けた私を再び雇ってくださって、本当に感謝しております。これからはその遅れた時間の分も、誠心誠意つくしたいと思っております」

「そう。でも、あまり気負わなくていいのよ。私だって、この館に来て初めて自分の身の上を知ったのだから」

「そうだったのですね。では、先代方の記憶は……」


 ライラさんが聞きづらそうに、少し言葉を濁しながら尋ねてくる。

 そんなに気にしなくていいのに。もちろん、自分が赤子のころのことなど覚えてはいない。だから、ライラさんが館を抜けたことを非に思う必要などないのだ。

 普通に考えて、戦闘で敗北して一家全員が逝去したと聞けば、なんの力もない赤子の私も共に死んだと思うのが当然である。私が生きていたのは奇跡に等しい。


「ええ、覚えていない。けれど、良い人たちだったのでしょうね。ヴェルナーやライラを見ていると、慕われていたのだと、すぐにわかる」

「はっ、先代様方は心優しく穏やかな方々で、大変よくしてもらいました。それなのに……いえ、失礼いたしました」


 ライラさんは一瞬、悲しそうな、やりきれないような表情を見せた後、ハッと表情を元に戻して俯いた。

 まだ、当時の感情が鮮明に残っているのだろう。私が生きていたということで、様々な記憶が掘り起こされたのかもしれない。

 ここは、何も知らない私が変に声をかけるべきではないだろう。でも、一言だけ。


「大丈夫。今ここに、私が生きているわ」

「お嬢様……」


 するとライラさんは堪えきれなくなったのか、涙を頬に伝わせて、泣き始めてしまった。

 どうしていいかわからず、戸惑いながらも私は、その肩を抱き寄せ、ぽん、ぽん、と背中を叩いてあげた。

 身長差のせいで、頭には手が届かなかった。


「ありがとうございます、お嬢様……っ、申し訳ございません」

「いいのよ。変に抱えて拗らせるより、泣いて発散した方が、きっと前を向けるから」

「ああ、お嬢様っ……」


 とうとうわんわんと嗚咽をあげて泣き出したライラさんを、私は泣き終わるまで慰め続けた。

 すっかり涙も枯れたころ、ライラさんは顔をあげて、涙を拭いながら笑顔で私に言った。


「お嬢様は間違いなくリープリング家の末裔です。たかが一メイドの私に、このような心遣いをしてくださる」

「ま、まあ、えっと……人が泣いているのを放っておけるほど、薄情ではないから」

「それはとても貴重な感情なのですよ、お嬢様。皆が皆、そうだというわけではありません」

「そうかしら……いや、うん。そうね」


 孤児院時代の記憶が頭を過ぎり、世の中には平気で泣きっ面に罵倒を投げかけるような人もいるのだと思いなおす。

 たしかに、この感情は貴重なものなのかもしれない。貴族という立場に胡坐をかいて忘れてしまわないように、大事にしていこう。


「それで、ライラ。きっと、ディナーの準備が整ったと伝えに来てくれたのよね」

「そ、そうでございました。失礼しましたお嬢様、すぐに広間へ?」

「ええ、ちょうどお腹も空いてきたし。……ねえ、ライラ」

「はい?」


 そうだ、忘れるところだった。まさかヴェルナーさんだけというわけにはいかない。

 もちろん、ライラさんも一緒に。


「ディナー。一緒に食べましょう? 同じ卓を囲んで、同じ時間を共有するの」

「そ、そんな、畏れ多いことでございます……!」

「いいの。ヴェルナーとはいつもそうしていてね。だから、ライラも」

「しかし……」

「違和感があるだろうけれど、これはリープリング家の新たな決まりだと思って。食事は、皆で」

「か、畏まりました。不肖ながら、同席させていただきます」

「ええ」


 これでよし。この二か月ほどヴェルナーさんと過ごして思ったことだが、一緒に食事をするというのは、とても重要なことだ。

 同じ卓を囲んで食事をしていると、自然と会話が弾み、距離が縮まる。従者と言っても、まだ貴族になって日が浅く、今まで孤児院にいた私にとっては、家族のようなものだった。

 であれば自分一人だけが食事を楽しんで、二人はそばで無言で控えているような状況を看過できるはずもない。せっかくの縁なのだ。二人が私の家族なのだと思って、仲良くしていきたい。亡くなったという私の本当の家族たちもきっと、そうであることを望んでくれているだろう。


「じゃ、向かいましょ」

「はい、お嬢様」


 ライラさんに着いて、広間へ向かう。

 この短時間でライラさんとの絆が結ばれたような気がする。ライラさんも同じように感じてくれていればいいな。


「お待ちしておりました」

「ヴェルナー。待たせたわね」

「いえ、ちょうど料理を並べ終わったところです」


 ヴェルナーさんは何も言わずとも、私がライラさんを同席させるのを察していてくれた。食卓には、きちんと三人分の料理が並んでいる。

 再び感涙しそうになるライラさんを宥めながら、それぞれ席に着いた。今日も、美味しそうな料理だ。


「それじゃ、いただきます」

「いただきます」

「い、いただき、ます?」


 私たちに倣って、戸惑いながらも合掌するライラさんを微笑ましく感じながら、スープに手を付ける。

 野菜の風味と、これは鶏の出汁だろうか。うん、美味しい。


「今日も美味しい」

「光栄でございます」

「ヴェルナーは、昔から料理が上手ですね」


 と、ライラさん。やはり昔から上手だったのか。うん、一朝一夕で身に着くような技術ではないと私も常々感じていた。

 きっとヴェルナーさんの古くからの努力の結晶なのだろう。そう思うと、益々料理がおいしく感じられる。


「ライラは、料理はするの?」

「ぶっ」


 私の言葉に、ライラさんは噴き出した。慌てたように取り繕うと、頬を赤く染めながら。


「その……お世辞にも料理が得意とは言えず……」

「はっは。たしかに、ライラの料理はとてもお嬢様にはお出しできませんね」

「ヴェルナー!」

「ははは、これは失礼」


 どうやらライラさんは、料理が苦手ならしい。怖いもの見たさで食べてみたいような気もするが、食事はこれまで通りヴェルナーさんに任せることにしよう。しかし、メイド長と執事というだけあって、二人はとても仲がよさそうだ。

 ……もしかすれば、これはライバル出現?

 急に落ち着かなくなった私は、ライラさんに話を振った。


「その……ヴェルナーとはどういう関係?」

「ヴェルナーですか。そうですね、苦楽を共にした同僚で、かけがえのない友人、といったところでしょうか」

「よっし」

「お嬢様?」

「い、いえ、なんでも」


 危ない。自ら強力なライバルを招き入れてしまったかと思った。

 友人だと言ったライラさんの瞳には、たしかに強い信頼感こそあれど、色恋のそれはなかった。

 チラリと横目で見ると、ヴェルナーさんも同じ様子だった。どうやらひとまず安心してもよさそうだ。


 果たしてこの障害だらけの恋が報われる日は来るのだろうか。

 年齢、身分、問題を挙げればきりがない。まったく、どうして私はヴェルナーさんを好きになってしまったのか。しかし好きなものは好きなのだから仕方ない。今更嫌いになるなんて、できるはずもないのだから。


「ふぅ」

「どうかされましたか、お嬢様」

「いいえ。乙女は悩み事が多いのよ」

「左様でございますか」


 そう言って優しく笑うヴェルナーさんは、まさかそれが自分への恋だとは微塵も思っていないに違いない。はあ、やっぱりこれは、かなり時間がかかりそうだ。


「なるほど……私は応援いたしますよ、お嬢様」

「えっ」


 にやり、と微笑ましそうに笑ったライラさん。まさか、気持ちを察された?

 鋭すぎではないだろうか。いや、しかし、ヴェルナーさんと長年を共にしたライラさんの援護が得られるのであれば、これほど心強いことはない。私はしっ、と唇に手をあて、目配せでお願いします、と伝えた。

 首を傾げるヴェルナーさんを他所に、私とライラさんは、くすりと笑った。


 ――初めて三人で食べる食事は、いつもより更に美味しかった。

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