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結局、キミはゴブリンにトドメを刺さなかった。
ばかりか、薬屋さんから貰った『やくそう』を使って、ゴブリンを手当てをしてあげた。とくに傷の深い脚には、包帯の代わりに、昨日まで着ていたボロ布を巻いてあげた。
ゴブリンの傷は見る見るうちに塞がり、起き上がれるほどになった。
しかし、彼はその場で座り込み、顔を両手で覆ったまま、そこから動かなくなってしまった。
キミは少女と手を繋いで、ポチと一緒に帰路ついた。
怪我を治してあげたんだね。優しいキミらしい答えだ。
でも、もしトドメを刺していても、私はキミを否定したりはしなかったよ。
何かを選択して導かれる結果というのは、必ずしも正解か不正解で決められることではないんだ。その瞬間は良くっても、後になってみれば、とんでもない事になっていた……なんてことが、往々にしてある。
何よりも重要なのは、自分の選択に責任を持つこと。
後悔はしてもいい。でも、責任は持たなきゃダメだよ。
村の入り口では、村人たち総出でキミの帰還を待っていた。
少女が防具屋のお父さんに飛びついたあと、キミは村人たちに、スカートの裾をつまんで一礼をした。
その動作、気に入ったんだね。
大丈夫、すごく似合ってるよ。
少女からキミの活躍を聞いた村人たちは、お祭りの準備を始めた。
防具屋のお父さんは、
「本当に良かった! 勇者様、ありがとう」
と、キミを抱きしめた。
武器屋のいつも無愛想なおじさんは、
「はっはっはっ! これで俺も勇者様の刀鍛冶だな! どうだ、この新作も使ってみないか」
と、上機嫌で新しい剣を渡してきた。
薬屋のお姉さんは、
「圧勝したみたいだけど、『やくそう』は役に立ったのかな? まあいいや! 目出度いから、この『虹色ポーション』をプレゼントしちゃうよ。ただし飲むのは成人を迎えてから! なんちゃってーあはは」
と、赤ら顔でキミの肩をばしばしと叩いた。
キミは揉みくちゃにされながらも、村の人々に祝福された。
人気者だね。 キミは今、人々の幸せの中心にいるよ。
キミはいつの間にか、お祭り用に設置された舞台の上で舞を踊ることになっていた。
少し恥ずかしいけど、悪い気はしない。この舞のおかげで、たくさんの幸せ招き入れることができたのだ。
そうして、しばらく踊っていると、村の入り口の方から突然の悲鳴が聞こえた。
キミは急いでそちらへ駆け付けると、一体のゴブリンが立っていた。
ゴブリンの脚には見覚えのあるボロ布が巻かれている。
あれはキミが助けたゴブリンだね……。
よく見て。そいつは武器を持っているよ。先端が鋭く尖った三又だ。
さあ……どうする?
キミはゴブリンに近付こうとすると、後ろから来た防具屋のお父さんが叫んだ。
「このやろう! もう誘拐なんかさせねえッ」
その手には剣が握られている。キミが使っていたのと、同質のロングソードだ。
彼はゴブリンに肉薄しようとしていた。
キミの体は、ばね仕掛けのおもちゃみたいに、勢いよく跳ね飛んだ。
このままでは危ない。怪我人が出てしまう。
ごがきんっ、と。
今まで聞いたことのない、嫌な音が鳴り響いた。
キミの胸にはロングソードが刺さっていた。激しい衝撃のせいか、口端から少しだけ血が垂れる。
はっとした防具屋のお父さんは、剣を手放した。
そして、鎧の胸の部分とロングソードが砕け散った。
幸い、キミへのダメージは浅かった。露出した胸元からは少しだけ出血しているけど、命に別状はない。
「な、なんで……勇者様。なんでゴブリンを庇うなんてことを」
防具屋はそれ以上の言葉が出なかった。
ゴブリンの行動が予想外だったからだ。
キミが尻餅をついて荒い呼吸を繰り返していると、ゴブリンは拙い手付きで、キミに手当てを施していったのだ。
慣れ親しんだボロ布が、キミの胸部を包み込んでいく。
キミへの治療が一段落すると、ゴブリンは再び三又を手に取った。
すぐそばには、立ち竦んで動けなくなっている防具屋がいる。
キミは――。
……。
ん……?
何もしなくていいの?
ゴブリンがキミを助けてくれたのは、恩を忘れなかったからだというのは分かったよ。
でも、キミをこんな目に合わせた村人については、違うんじゃない?
……。
本当に?
何もしないの?
……そう。
いいね。ふふふ。
キミはゴブリンを信じて、その行動を見守った。
ゴブリンは三又を構えて、そして――
農地に向かって振りかざした。
そこには土があるばかりで、そんな事をしても何の意味も無い。
そもそも、三又は土を耕す農具ではない。
しかし、その意図に防具屋は気付いた。
ヒトの治療をしてみせたゴブリンを、間近で見ていた防具屋だからこそ、その意図に気付く事が出来た。
「おい……まさか、農業を手伝おうっていうのか?」
防具屋の呟きは、あっという間に村人たちに伝播した。
ふふふ。キミはキミの選択に、責任を持ったんだね。
ちょっとイジワル目にカマをかけてみたけど、揺るぎもしなかったね。
ああ……私は泣きそうだよ。キミが本物の人間になっていく。長年の夢が成就するんだ。
村人たちは、恐る恐るゴブリンに近づいては、様々な農具を手渡した。
最後には大鎌などの危険な農具を使わせてみたが、それが人に向けて振るわれる事は一切無かった。
ゴブリンは村に入ることを許された。
そして、お祭りが再開すると、舞台の上には二つの影が舞うことになった。
キミと、ゴブリンだね。
お互い武器も無ければ、防具もない。
生傷が少しだけ痛むけれど、幸せがひとつ分増えるだけで、こんなにも元気になる。
キミは村人たちともたくさん踊って、食べて、飲んで、寝た。
そうやって、幸せな夜を過ごした。
明日はキミの出発の日になるよ。
これまでの経験は、キミにどんな夢を与えたかな。
たっぷり考えておいてね。