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修学旅行で出た幽霊

作者: 矢間カオル

 中学生にとっての3大イベントと言えば、修学旅行、体育大会、文化祭であろう。

 合唱の練習で、嫌気が差している生徒もいることにはいるが、その行事に向かって準備する間、生徒達のほとんどはワクワクしているようだ。

 しかし、教師にとって、これはなかなかの大変なイベントで、特に、修学旅行などは1回引率するたびに3年寿命が縮まると言われている。生徒達の安全を守り、問題行動を阻止し、生徒たちに楽しく過ごしてもらうために、生徒のみならず、関わる周りの人々にも、さまざま部分に気を遣う。非常に精神的にも、肉体的にもきついイベントなのである。

 

 引率するのは、担任の場合、1、2、3年と持ち上がれば、3年に1回でいいのだが、毎年引率する教師もいる。校長、生徒指導主事、保健室の先生の3人である。と言っても、校長は在校期間が短く、生徒指導主事は、途中からその役職につく場合が多いので、必ずしも長期間とは言えない。ところが、保健室の先生は中学校に勤務している間は、毎年、修学旅行や、宿泊訓練に参加するのである。まったく頭が下がる思いだ。


 私が勤務していたこの中学校では、修学旅行は毎年同じ場所に行くことになっていた。ホテルや旅館も断られなければ、毎年同じ場所に宿泊する。修学旅行に向けて、何度も会議を催し、事細かく役割分担を決めるのだが、宿舎が同じだと、役割分担がしやすいのだ。自動販売機は使用禁止なので、その前には誰が立つか、就寝時間の何時から何時まで、誰がどこに立つかなどなど、一般の旅行では考えられないような些細なことまで決めていく。

 しかし、保健室の先生は体調不良の生徒がいたら、その生徒についていないといけないので、基本的にフリーである。役割分担の中にはあてはめられないが、ひとたび、病人、けが人、体調不良が出たら、それこそ、たいへんなのである。


 

 修学旅行の1日目。私は食後の女子入浴監督にあたっていた。1クラスの女子が約20人で、時間は20分。このホテルの風呂場は、広く、20人なら余裕で入れる広さであった。しかし、女子の入浴時間は長い。だから、5分前には風呂場に入り、早く出るように急かさなければならない。さらに、全員出た後に忘れ物をチェックし、それが終わったら次の生徒を入れると言うことを繰り返す。まあ、一言で言えば、めんどくさい仕事なのである。


 私は10分前に風呂場の前に来て、1組の女子生徒を待った。各クラスを公平にするために、早く来た生徒は、時間になるまで待たさなければならない。しばらく待つと、女子生徒が集まってきた。入場するときの混乱を避ける為に、廊下に一列に並ばせる。時間通りに入浴が開始された。

 

 そこへ、保健室の鈴木先生がやってきた。今は、体調不良の生徒がいないので、仕事を手伝いに来てくれたのだ。若い先生であるが、よく気が利く、優しくて可愛い先生であった。

「では、私が風呂場に入っている間に、次のクラスの生徒が来たら、ここに並ばせてあげてね。」

などと打ち合わせをしていたら、入浴中の生徒が1人、早々と出てきた。まだ入浴時間になってから10分もたっていない。よっぽど慌てて出てきたのだろう。体をきちんと拭けていないのか、Tシャツはかなり濡れており、頭に巻いたタオルも、ボトボトに濡れている。

「どうしたの?」と声をかけると

「キモイ、キッショイ、キモチワルイ。絶対このお風呂に何かいる。こんなとこにいられない。」

そう言って、怒ったように、自分の部屋に帰って行った。


 私はあっけにとられて彼女の後姿をみていたのだが、鈴木先生は何か考え事をしているように腕を組みながら風呂場の方を見ていた。

「あのね。私、このホテルに来るの、これで4回目なんだけど、毎年、必ず、誰かが、彼女と同じことを言うのよ。このお風呂に何かいるって・・・。明日のホテルのお風呂については誰も何も言わないのに、このホテルのお風呂だけ・・・。」


 鈴木先生の話にゾクッとしながらも、時間が来たら、私は風呂場の中に入って仕事をこなした。


 入浴タイム、お土産購入タイム、自由時間が終わると、就寝時間が訪れる。10時を過ぎたら各部屋から出ることは許されない。しかし、生徒たちは教師の目を盗んで他の部屋に行こうとする。それを見つけるたびに注意をしなければならない。これがなかなか大変なのである。


 教師の入浴は、各フロアの教師で話し合って順番を決める。この日は夜中の12時から打ち合わせなので、それまでに入浴を終わらせるか、打ち合わせが終わってからだ。打ち合わせは、前半、後半の2回行われるので、打ち合わせが終わってからだととても遅い時間になる。私が担当したフロアには、もう一人、田中先生がいたので、田中先生と相談し、12時までに入浴すること、先に彼女、次に私と決めた。


 田中先生が入浴に行き、私一人で廊下に座っていると、鈴木先生がやってきた。今日の仕事はどうだったのか尋ねると、自由時間にプロレスごっこをして、打ち所が悪く湿布を出した生徒が1人、枕投げをして、顔面に当たり、鼻血を出した生徒が一人、腹痛を訴えてきた生徒が数名いたそうである。しばらくは忙しかったが、今は保健室に誰もいなくなったので廊下番を手伝いに来たと言う。腹痛を訴えてきた生徒がこのフロアにいるので、しばらく廊下で様子をみたいので、入浴は後回しにしているということであった。やっぱりよくできた先生である。


 しばらくすると田中先生が戻ってきたので、私は急いで風呂場に行った。生徒の入浴時間は、とてもけたたましく、静かとは無関係な時間であったが、夜中に一人で風呂に入っていると、あまりの静けさに恐怖を感じる。

「毎年、何かいるって生徒が言うのよ・・・。」

鈴木先生の言葉が脳裏を横切った。もう怖くてゆっくり風呂になんて入れない。私は急いで風呂から上がり、自分の持ち場に戻った。


 私が担当フロアに戻ると、鈴木先生はおらず、田中先生だけであった。12時までに入浴を済ませたいので、お風呂に行ってくると言ってたそうだ。きっと私とすれ違いになったのだろう。

 廊下番が田中先生と私の二人になったので、廊下の両端に別れてそれぞれの持ち場を見ることになった。 廊下は静かであったが、生徒たちはまだ完全に眠ってはいないようで、時々、抑えた笑い声や物音が聞こえる。うるさくなったら、部屋に注意をしに行かなくてはならない。


 疲れたなぁと思いながら廊下の壁にもたれて三角座りをしていたら、10分もたってないであろうに鈴木先生が慌てた様子で戻ってきた。手にはお風呂セットやバスタオルを持ったままだ。髪の毛もかなり濡れておりゆっくり拭いた様子ではない。顔は青ざめ、少し震えているようであった。

 私が心配して声をかける前に、鈴木先生の方から声を発した。本来ならば大きな声で叫びたかったであろう。場所が場所だけに、抑えた声で震えながら話始めた。


「で、でました。み、み、見たんです。」


この言葉だけで、すぐに想像がついた。鈴木先生はそのまま続ける。


「私、髪の毛を洗ってたんです。目をつぶってたから、見てなかったけど、誰かがお風呂に入ってきたんです。誰だろうと思って目を開けて、目の前の鏡を見たら、私の後ろに足が写ってたんです。で、でも、後ろを振り返っても、誰もいないんです。びっくりして、もう一度鏡を見たら、やっぱり足が写ってるんです。でも、誰もいないんです。3回確認したけど、足は写ってても誰もいないんです。怖くて怖くて、急いで髪の毛洗って逃げてきました。」


 抑えた声で一気に話終わった後、ようやくほっとしたようで、鈴木先生は落ち着きを取り戻しつつあった。


 私が、鈴木先生よりも先にお風呂に入って良かった・・・と思ったのは言うまでもない。




 毎年同じ場所に修学旅行に行ってたのですが、この翌年から行き先が変わり、この話の舞台となったホテルはもう使わなくなりました。一番ほっとしたのは保健室の先生でしょう。

 このホテルがその後どうなったのかは、今となっては知る由もありません。

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