北上するモンスター
フルフェイスのハーフミラーに映った空は、薄暗く曇っていたが、昭夫たちが目指す魔界村の曇天とは違った。
「アキオ、一雨きそうな気配だね」
タンデムシートの異世界太郎が、視界の先に集落を見つけて雨雲をやり過ごそうと提案すると、ライダーの昭夫も同意した。
二人が学校を飛び出して一週間が経っており、そろそろシオーネで私物を売り払い得た路銀も、教師の車から拝借したガソリンも尽きかけている。
学校から離れて気が付いたことは、道を振り返って空を見上げれば、青空の中心に南粕上高校があり、離れれば離れるほど、この世界には、まだまだ暗雲か立ち込めている事実だった。
そして立ち寄った街や村で聞いた話では、学校が異世界転移した場所が、この世界で最も厚い雲に覆われていたらしい。
「俺たちの学校が、この世界の罪悪と入れ替わりに現れたっていうなら、その罪悪は俺たちの世界にあるってこった」
「アキオ、どうしたんだい?」
雨宿りに訪ねた村ナジャ、その宿屋の馬繋ぎにオートバイを停めた昭夫と異世界太郎は、軒先の椅子に腰掛けて、宿屋の主人に出されたお茶を飲んでいる。
単なる不良生徒は異世界人の勢いに気圧されて、あてのないまま学校を飛び出してから数日、ただひたすらに暗雲を追いかけて、魔界村と呼ばれるモンスターの蔓延るところを目指していた。
それは今でも変わらないものの、ゴールのない旅の執着地が、なんとなく見えてきた気する。
「会長のやつが日本に帰りたかったのは、学校と入れ替わりに日本に転移した罪悪が気になってんじゃねえか」
「罪悪とはなんだい?」
「この世界を恐怖に陥れていた罪深い存在……それが何なのかわかりゃ苦労はしねえ。でもよ、そいつの変わりに俺たちが異世界転移したなら、俺たちの目的は、その罪悪をぶちのめすことなんじゃねえのかな」
「その罪悪という存在が、アキオたちの生まれ故郷にあるなら、まずは空間転移の魔法について調べる必要があるね」
「タロー、それを消滅する方法も必要だぜ。学校と罪悪を入れ替えるだけなら、こっちの世界が元に戻るだけだろう」
「そのとおりだね」
学校を後にした昭夫が出した結論は、奇しくも生徒会長の卓造が出した結論と全く同じだった。
昭夫たちは雨が本降りになってきたので、軒先から宿屋の食堂に席を移した。
食堂ではナジャ村の村長イデが、冒険者のような格好の異世界太郎に村の窮状を訴える。
魔法不適合の異世界太郎だが、背中に大剣を背負い、立派な鎧を着ているため、立寄る街や村では、ギルド所属の冒険者と勘違いされて、こうした依頼を受けることがあった。
「わしらナジャ村にはシオーネの空が様変わりした日から、多くのモンスターが北上してきます。モンスターの連中は住処にしていた北から、暗雲の立ち込める北の大地に向かっているようです」
「それで俺たちに何のようだ?」
「そちらの方の立派な身なり、さぞ名のある冒険者とお見受けしました。できましたら、北の大地を目指して北上するモンスター討伐をお願い申し上げます」
イデの説明では暗雲が晴れたとき、南に住んでいたモンスターが一斉に北上しており、その通り道となっている村周辺での農作業や狩場が壊滅的な被害を被っている。
昭夫がモンスター討伐の規模を問えば、ゆうに千体を超えるゴブリンとオークの群れだと言う。
レベル3のゴブリンはともかく、レベル4以上のオークの群れとなると、魔法不適合の二人では太刀打ち出来ない。オークはゴブリンと違い、様々な亜種が存在しており、中には人語を解するレベル6までいた。
「じいさんは、俺たちに千体のモンスターを相手に戦えと?」
「いいえ。一流の冒険者といえども、多勢に無勢では勝ち目はないでしょう。わしら村人が加勢して、ゴブリンやオーク程度ならば露払いいたします」
昭夫と異世界太郎だってゴブリンを倒すのがせいぜいで、村人程度の助力しか約束できない。
「しかし、いくら倒したところで、新たなモンスターが北上してきたら焼け石に水だろう? 俺たちはシオーネから旅してきたけどよ、北に向かえば向かうほどモンスターの数が増してやがったぜ」
「街や村を結ぶ蜘蛛の巣状の石畳がありますので、結界で仕切られた区画内のモンスターを一掃してしまえば、新手のモンスターはナジャ村に近寄らんでしょう」
「そいつあ妙な話じゃねえか? モンスターが結界で区分けされているなら、そもそも北上してくる程度が知れてるはずだ」
「ええと……先程からなんで冒険者でもないあなたが、質問ばかりされているのですか?」
ナジャ村のイデ村長は、オートバイを運転していた昭夫を、冒険者としてではなく、異世界太郎のお付きの者だと思っているようだ。
昭夫の格好は、学ランを隠すためにボロのマントを羽織っており、村長には見窄らしく見えたのである。
「イデ村長、アキオはこう見えて僕の相棒なのです」
「そ、そうでごぞいましたか!? 事情に疎いので、てっきり御者だと勘違いしました」
「わかったら、俺の質問に答えろや」
「は、はい……ご存知かもしれませんが、魔王軍にはモンスターたちを率いるレベル9の最上級モンスターがいます。レベル9の最上級モンスターには、結界を無効化する魔法を唱える指揮官クラスの悪魔がいます」
「レベル9? 俺の知る限りモンスターレベルは、日本語を話すレベル6が上限だったはずだぜ」
イデが『え?』と、昭夫の無知に驚いたので、異世界太郎は、昭夫が新人の冒険者だと話を合わせた。
「ええ、まあアキオ様のおっしゃるとおり、一般的に上級モンスターは単純な戦闘力までならレベル5が上限で、人語を解するレベル6が上限でございます。ですが近年、モンスターを統べる魔王の存在が確認されて、魔王とは誰も戦ったことがないのでレベル6を超越したレベル10に格付けしたのです。そして魔王に匹敵する最上級モンスターがいることもわかり、これを魔王の下位レベル9としました」
「つまり魔王をレベル10に格付けしたから、幹部連中をレベル9としたんだな。誰も戦ったことがないのに、なぜ魔王がいるとわかった?」
「人語を解するモンスターが自白したのです。自分たちを統べる魔王がいると」
「なるほどね」
納得した昭夫は、椅子に深く座り直した。
イデ村長は、そんな態度の新人冒険者を訝しげに見ている。
「僕には、イデ殿の話が見えてきました。北上してくるモンスターの中には、結界を無効化できる幹部クラスの最上級モンスターがいるんだね。村長さんは、そいつを僕らに討伐してほしい」
「ええ、タロー様の言うとおりでございます。今は村出身の冒険者見習いが、ゴブリンやオークの襲撃を凌いでおります。しかし北の大地からモンスターを率いてきた戦闘力もわからぬレベル9の最上級モンスターには、ギルド所属前の見習い冒険者で防げるのかわかりません」
「となると、僕とアキオの倒すのはレベル9一体だけか」
「そこまでの道案内には、冒険者見習いの私の娘イオリを護衛につけます」
「村長さんの娘さん?」
イデが声をかけると、食堂の奥からハーフメイルの軽鎧と腰に細身の剣を携えた少女が現れた。
イオリはショートカットのクセ毛を指先でくねらせ、父親から紹介された昭夫と異世界太郎に会釈する。
「どうも、冒険者見習いのイオリです。あなたたちに倒してほしいレベル9のモンスターは、隣町から東西に伸びる街道の結界を無効化しています。そいつの周囲にはゴブリン、オーク、マンイーター、キラービーなど千体からのモンスターがいますが、これはナジャの村民と隣町の住人と協力して引き剥がしてもらいます」
異世界太郎は『アキオどうする?』と、小声で確認する。
腕組みした昭夫は、自分たちを軽蔑するような眼差しで見下すイオリを睨みつけた。
「おい、パーマ(注:イオリ)」
「なんですか」
「てめえは、冒険者が嫌いなのか?」
「ええ、冒険者は、たまたま適合者というだけで優越している。適合者じゃなくても、モンスターと戦う人たちだっているのにね。だから私は、あなたたちのように依頼内容を吟味するような冒険者が嫌い」
「パーマにも、俺たちが冒険者に見えんだな」
「よく覚えておきなさい。不適合だった私の友人は、冒険者じゃなくても、村のためにモンスターと戦って死んだわ」
「そうか」
「だから冒険者に選ばれた私は、どんな困難な依頼だとしても、皆の期待を裏切るような真似をしない」
イデは『よさないか』と、娘の歯に絹着せぬ物言いを諌めたが、昭夫は立ち上がると――
「パーマ、俺はてめえが気に入った。タロー、この依頼を受けようぜ。パーマにここまで言われてケツ捲ったら、何のために旅に出たのかわかんねえ」
「そうだね、僕もそう思うよ」
立ち上がった異世界太郎は、釘バットを肩に背負っている昭夫と握手を交わした。




