プロローグ
僕の通っていた南粕上高校は粕上市粕上町の高台にあり、屋上から見下ろせば宅地造成で切り拓かれた小山の向こう側、湖畔に広がる市街地を一望できた。
山と湖に囲まれた風光明媚な景色が売りの粕上町だが、中途半端に開発された山と湖は観光地の成り損ない、ようは何の取り柄もない寂れた田舎町である。
いいや、今は『田舎町だった』と言うべきだろう。
「屋上からの景色は、すっかり様変わりしている」
宅地造成されたはずの小山が視界を塞ぎ、そこにあるであろう湖は見えなくなった。
校舎裏に作られた土の新グラウンドは地割れしており、学校裏口に停めてあった先生たちの通勤自家用車は、鬱蒼とした森に行く手を阻まれて出すことが出来ない。
道路や施設が森に変わってしまったのは、校舎北側の裏口だけではない。
僕の妹が通っていた付属中学校のあった東側、スーパーマーケット『カスガミ』のあった正門前の南側、我が校のテニスコートなど付帯施設のあった西側、つまり学校を取巻く東西南北が深い森に変わってしまった。
いいや、世界が変わったのではない。
むしろ異質なのは、僕らの通っていた学校だろうことは予測がついた。
「周囲の景色が変わったわけじゃない。山も森も突如として現れたのではなく、僕らの学校が深い森の中に突如として現れた。つまりこれは――」
メガネのノッチを人差し指で押し上げた僕は『学校丸ごと異世界に空間転移した』と、誰に伝えるでもなく独りごちた。
漫画やラノベじゃあるまいし異世界転移なんて結論は、我ながら馬鹿げている。
しかし午前中に晴天の中で落雷に打たれた学校が、日本でも地球でもない異世界に飛ばされたと考えれば、一瞬にして校外の風景が一転したことの辻褄が合う。
ここが日本でも地球でもない根拠は、森の中から校内を覗き込んでいる全身緑色の小鬼の存在である。
魔物が、地球上にいるわけがない。
「会長、生徒会役員会の準備が整いました」
「うむ」
風の強い屋上に出てきた生徒会副会長は、長い髪とスカートの裾を押さえつけながら僕を呼び出している。
僕が書き綴る記録は、学校とともに異世界転移した全校生徒が力を合わせて、襲いくるモンスターと戦い、現地の異世界人との交流を深め、元の世界に戻るまでの奮闘を描いた物語となるだろう。
そして物語が最愛の妹に宛てた、僕の遺書にならんことを切に願う。