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七話:痴漢はいけないと思います!



「…今日、ここを発ってもいいんじゃないか?」


 リントヴルム邸に滞在して約2週間、ジェラルドさんはそう言い出した。


「…本当に、大丈夫ですか?」

「でも、確かにそろそろ出発しないと錬金魔術師君がまた引きこもっちゃいそうだしい?」


 メルクリスさんは不安そうな声をあげるが、ジオードさんがエルディオさんを睨みながら言う。

 エルディオさんは食事を早めに終わらせてその場で本を読み始めてしまっていたのだ。


「ジェラルド、もう大丈夫なの?」

「ああ、あんまりちんたらしてるのも良くないだろ。こいつの世間評判的にも」

「僕の?」

「…悪魔にも、天使にもなる。とか言われてますね」

「はい?」


 なにそれ、初めて聞くんだけど。でもどうやらエルディオさんも知っている内容らしい。

 いや、心当たりはある。あんまり、思い出したくないけど。


「…あんたのファミリーネーム。アカマってのが悪魔に聞こえるからって一部の人間が騒いでるんです」

「俺達としても遺憾なわけだが。お前の働きを見せるしかないだろう」

「それ、ジェラルドさんに守られてるままの僕じゃ結局ダメじゃないですか」


 赤間という苗字は確かにそんな好きじゃない。何故か自分に馴染みがない、という理由もあるけど…これが原因で中学ではすっかり浮いてしまっていたのだ。

 小学校高学年や中学生は思ったよりもお子様で、クラスメイトをいじることには何故か意欲的だ。それで相手がどう思うかなど関係なく。


「テイシ」

「へ?あ、はい…ジェラル子さん、どうしたんですか」

「ジェラル子はやめろ。お前、今変だったぞ」

「はあ…いや少し考え事をしてただけです」


 ジェラルドさんが訝しげに見つめるが、本当にちょっとした考え事なのだ。これ以上考えてはいけない、と本能的に思ってしまってるのかもしれないけれど。


「とりあえず、今日ここを発つのは決定事項なので…逃げようとしないでくださいね。エルディオ君」

「逃げたいいいいそとでたくないいいいぃ」


 メルクリスさんに視線を向けられてエルディオさんは読んでた本で顔を覆い隠す。

 哀れ。世間は引きこもりに厳しいのが現実だ。でも僕達と打ち解けてきてるのならいい方じゃないの?


 ごねるエルディオさんをどうにか宥めて、朝食の場は一旦お開きになった。

 エルディオさんは旅に出るにあたってあれがいるだのこれが要らないだのジェラルドさんに絞られていた。


「でも引きこもりの気持ち、少しはわかるなあ」

「めずらしい、ですね…普段はテイシさん、しんら、つなのに…」

「僕、昔不登校やった事あるから」


 原因は忘れたけど、小学校2年生の頃、僕は不登校になったことがある。

 無性に外に出たくなくて部屋に引きこもっていた。その時外の世界を教えてくれた人は…。


「…しい、ねえ…会いたいな…」

「テイシ、さん…」

「おいテイシ、あの馬鹿の支度が終わった…って、どうしたんだ」


 あの人の声が聞こえる。ごめんなさい。今だけ、今だけでいいから…甘えさせてください。


「おい、テイシ!」


 未練なんて、ないと思ってた。


『テイシ?どうしたの、また誰かに虐められた?』

『しぃ姉、聞いてよ!また昌にいがさあ!』

『…はあ、私から言っておくから。泣くのは辞めな。お前に泣き顔は似合わねえさ』

『…僕、いつかしぃ姉に相応しい男になれるかな』

『さあな。でも、その為に鍛錬は惜しむなよ。…本当は…』

『しぃ姉?』

『なんでもねえさ。いつか教えてやるよ、定志』




「…目、覚めたか」

「しい、ねえ…」


 いつの間にか倒れてしまっていたのだろうか。宿題しないと、明日の学校、あんまり気乗りしないけどしぃ姉には勉強だけはやっておいた方がいいって言われたし…心配、かけさせたくないし…。


「おーい、寝ぼけてんのかお前。俺はジェラルドだ」

「痛っ!?」


 いきなり額にデコピンが飛んできた。

 周囲をきょろりと見渡すと、僕はベッドの上で、ジェラルドさんの顔が近い。丁度入って来たアシェリーが真っ青になっている。何で。

ていうか、僕なんで倒れてるの。なんで寝てたの。


「テイシ、さん…突然、倒れたんです」

「僕が?」

「さっき言ってたしぃねえ?って誰だ」


 …はっ!?もしや僕、ジェラルドさんに向かって『しぃ姉』連呼したのか!?

 恥ずかしい!めちゃくちゃ恥ずかしい!!!!


「あわ、あわあわおわ」

「落ち着け」

「はひっ!?あ、あのですね…近所に住んでた、お姉さんというか、初恋の人というか」

「はつこい…」


 何故かアシェリーが遠い目をしている。僕の初恋の相手がそんなに気になるのだろうか。


「でも、割と年上だったんで弟のようにしか思われてなかったと思います。…あの、大丈夫なんで、今日出発できますよ」

「分かった。チア達にも伝えてくる」


 そう言ってジェラルドさんは退室して行った。しかし、こんな醜態を晒してしまうとは…僕、頼りなさすぎるよ。


「あの、テイシさん…気晴らしに、少し歩きませんか?」

「ありがとうアシェリー。そうだね、少し、ぶらぶらしよっか」


 こうして僕は、この世界に来て初めてジェラルドさんがいない状態で外に出るのだった。



「なんだか、頼りないとこ見せちゃったね」

「わ、わたし…気にしてません。テイシさんは、かっこいい、ですから」

「あ、ありがとうアシェリー」


 2人ではぐれないように手を繋いでいたからかカップルと間違われてしまったりしていた。

 軽く歩いて、綺麗な装飾を扱ったお店で立ち止まる。アシェリーに似合いそうな髪飾りがある。


「おや、可愛らしい子がいらっしゃったねえ」

「あの、この髪飾り、なんて素材で出来てるんですか?」


 薄荷色に光るそれは、僕の世界ではとてつもなく貴重な宝石にも見えた。

 僕に与えられたお小遣い(個人で使ってもいい分のお金だ。最近個人の買い物をしていなかった為に結構溜まっている)で買えそうならば、アシェリーにプレゼントしたい。


「んんっと…媒介石自体は、そう珍しいものじゃなかった気がするねえ。これは魔術言語を刻んだ石だよ。魔術師におすすめの品だねえ」

「…ほんとう、です。ひとめみただけでも、魔法具だって、分かるものです」


 アシェリーもどうやらこの髪飾りが気になるようだ。

 貼られている値段を見ると、意外にも高くない。楽しそうに髪飾りを見るアシェリーの為にもここは僕が漢を見せるべきでは!?


「あの、これ買います」

「おっいいねえ。はい、銅貨5枚にまけておくよ」

「い、いいんですか…?」

「人の好意は素直に受け取っておくものさ。勇者様」


 店の人、僕が勇者だって知ってたの!?いや、隠してる訳でもないけど。

 この魔法具は元々銀貨2枚…ええっと、日本円で換算するとどうなるんだっけ…ちょっと高いアクセサリーショップの髪飾りと変わらないくらいだっけ?忘れた…。


「テイシさん?」

「はい、これアシェリーに」


 会計を済ませて紙袋に入れられた髪飾りをアシェリーに渡す。あわあわと「あ、あ、ありがとう、ございます」と言ったアシェリーの笑顔を見るだけでも僕は満足だ。

 しかし、さっきからなんか、背後に変な気配を感じる。主にお尻の辺りに。


「…」


 この辺はまあ、人が多い。それは分かるんだけど…。


「あの、テイシさん」

「うん、分かってる」


 小声でアシェリーと言葉を交わす。どうやらアシェリーも気づいたようだ。

 アシェリーにも被害行ってないよね?大丈夫だよね?


「あ、あの…」


 意を決して後ろを振り返ろうとしたその時、視界には誰もいなかった。


「テメェ俺のツレに何やってんだ?あ?」

「ひぎいっ!?」


 なんかチンピラの声が聞こえた気がする。

 僕の後ろには、痩せぎすの顔色の悪い男の胸ぐらを掴む脳筋…ジェラルドさんの姿があった。

 僕が痴漢に遭ってジェラルドさんに撃退されるとか本気で訳が分からない。


「アシェリーとテイシの2人きりの時間を邪魔したんだ…ツケはしっかり払ってもらうぞ」


 ジェラルドさん。怖いです。

 って言うかなんで着いてきてるんですか!?痴漢撃退してくれたのは嬉しいですけどずっと見られてたとか恥ずかしいんですけど!

 とりあえず僕が言いたいことはひとつ。


「僕は男ですし、ち、痴漢するとか、最低です!」

「そ、それがいいんだろぉ!?」

「お前マジで絞めるぞ」


 へ、変態だー!?


「イエスロリショタノータッチに決まってんだろうが屑野郎!」

「じぇ、ジェラルドさん…?」


 ジェラルドさん何言ってんの!?アシェリーがドン引きしてるよ!?


 この後何やかんやで痴漢は警察に連行され、夕方に僕達はこの街を出たのである。そろそろ僕達何の為に旅してるんだっけ。とか思われそうだし。

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