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六話:アシェリーと図書館

「図書館に行きたい?」

「は、はい…その…わたし、アンヘリア帝国に行ったら、ずっと、やりたい事があって」


 朝ご飯を食べている時、アシェリーがそんなことを言い出した。文字が読めない僕にはなかった選択肢だ。


「そうね、私もこの国の錬金魔術について調べたいこともあるし…」

「エルディオに聞くっていう選択肢はないんだな」

「リントヴルムの人間は変人ばかりって聞くもの」


 それ、本人の前で言っちゃう?エルディオさん固まってるよ?

 チアさんはあれから常におかしくなってる訳ではなく、一応真面目な話をしている時にはいつものミステリアスお姉さんだ。ジェラルドさんはチアさんと2人きりにならないように僕をいつも挟んでくるけど。


「あの…その、…テイシさんも…いっしょに、いいですか?」

「いいけど…僕文字読めないよ?」

「別にいいが俺もついて行くぞ」


 当たり前のようについてこないでください。って言っても無駄なんだろうけど。


「ありがとう、ございます!」


 アシェリーは何で普通に感謝してるの?いやいやなんでジェラルドさんついてくるのかとか思うことないの?


 結局僕、ジェラルドさん、アシェリー、チアさんの4人でアンヘリア帝国の図書館に行くこととなった。

 ジオードさんはエルディオさんと出立の為の準備をしているらしい。そろそろこの帝都を出るんだとか。


「ここがアンヘリア国立帝都図書館だ。俺も何度か立ち寄ったから、ある程度は覚えてるぞ」

「ひろ…何この建物」

「魔術大国だもの。殆ど魔術関連の本よ」


 ここには現代魔術の本も勿論ある。

 既に僕の為になりそうなものを既にメルクリスさんがいくつか転写しているらしい。仕事が早いな…。僕、文字が読めないから早々に諦めたよ。


「アシェリーはどんな本が読みたくて来たの?」

「…こ、こどもむけの、魔術初級本…です」

「お前、王宮魔術師だろう。何故今更」


 深緑色のツーサイドアップと薄緑色の瞳をした少女、アシェリー・ヘルシーヘヴンは僕より一つ年下の12歳。そんなに小さいのに彼女の母国、ガーレンディ王国では王宮魔術師をやっているんだとか。

 勇者御一行ではあるから皆それなりの地位があるんだよね…傭兵っていう肩書きしか教えてもらってないジオードさんが浮く。


「…わたし、昔から…上級魔術本しか、読んだこと、なくて…じつは、魔術のきそ、知らないん、です」

「どういう事?」

「算数をせずに数学をやるような事だ。アシェリーは天才と言われてるからな…」


 算数をせずに、数学を…?無理無理無理。中学一学期の記憶を呼び起こしてもあれは無理。

 アシェリー、凄い子だろうなとは思ってたけどほんとに凄いんだ…。


「ジェラルドさん、かいかぶり、です」

「アシェリーは謙虚でいいな」

「……なんだか、お姉さん、みたいですね」

「お、おね…」


 ジェラルドさんもお姉さんと言われたのは驚いたのか表情が引き攣る。

 いや、流石のジェラルドさんも複雑なのか、女扱いされるのが。


「あ…その、えと…ごめんなさい…」

「い、いや。いいんだ…この体である以上いつかは呼ばれると思っていた」


 まあ、本人がどんなに中身が男だと主張しても、見た目は完全に美人でスタイルの良いお姉さんだからなあ。

 僕が言うと怒るんだろうけど。アシェリーだから許されてるのだ、きっと。


「魔術の基礎か…ついでにお前もアシェリーが読む内容を教えてもらえば良い。現代魔術も古代魔術も根幹は同じだ」

「そう、ですね…それが、いいです」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 アシェリーが一緒なら何故か安心できる。ジェラルドさんは当然のように着いてくるけど。

 アシェリーもジェラルドさんが気になるのかちらちらと見ている。どうしたんだろう。


「…えと、じゃあ…まずは魔術学の本に絞っていきましょう…か…」

「魔術学の分類は………。これだけでも相当数あるぞ」

「魔術大国…だからでしょうね…」


 何やら分類名の書いてあるらしい本棚を見ているが、文字の読めない僕でも分かるくらいその分類の棚に他分類よりも明らかに多い本が並んでいた。

 僕には読めない文字ばかりで、まるでイタリアあたりの図書館に来た気分だ。人種的にはアジア系が多いから中国や韓国あたりの例えが近いのかもしれないけれど。


「魔術学入門の分類があるな。…現代魔術と古代魔術別々に書かれてるが」

「ええ…」

「わたしが知るよりも…分類が、おおい、ですね…」


 何それ…。

 僕達の目の前に広がるのはジェラルドさんの背よりも高い本棚。梯子が掛けられているけども、これ登るのは怖い。怖いよね!?


「まあ、専門的な物も多いからな、この辺りは」

「…児童書の、分類なら…あるかも、しれません」


 なるほど、子供のうちから魔術について学ぶと考えると児童書にあるかもしれないのか…。


「この国の魔術文化は俺もよくわかんねえからなあ…」

「じゃあ何で尚更誰もエルディオさんに聞かないんですか」

「……あの人、教えてくれないんです」


 まあ、確かにエルディオさんは自分の研究優先で教えてくれそうにもないのは分かる。

 児童書のコーナーは魔術の専門書のコーナーから少し離れた所にあった。先程の高すぎる本棚とは打って変わって僕でも見下ろすような位置に本がある。子供の身長に合わせているのだろう。


「テイシに読ませるにはこのくらいの方が良いかもな」

「英語を勉強するよりもだるいんですよ、こっちの言語って…」


 自動翻訳機能が切実に欲しかった。

 アシェリーは黙々と児童書を漁り、一冊本棚から取り出した。全くタイトルは読めないけれど、イラスト的に見ても魔術関連なのは多分間違いない。


「これ、です…」

「確かに魔術系っぽい見た目してる」

「これなら、現代魔術も古代魔術も共通の説明があるみたいだな」


 アシェリーが差し出した本をジェラルドさんはパラパラとページをめくって軽く目を通す。

 古代魔術と現代魔術の違いがよくわからないけれど、多分ざっとルーン文字って言うのを書くか書かないかの違いだと思う。…多分。


 先程から共に居ないチアさんだが、彼女だけ僕達とは違う傾向なせいでそもそも本のジャンルが違ったのだ。

 錬金魔術の本棚はまた別の場所にあったらしい。


「…興味、深いです」


 アシェリーは読書用のテーブルに何冊か本を重ねて読み始めた。メモをしたりしている様子なのはアシェリー自身が参考にする為なのだろう。

 そしてここで僕は気付いてしまった。

 僕とジェラルドさん、どうしてここに来たんだっけ、と。

 アシェリーに誘われたからここに来た訳だけれど、1人で黙々と作業をしてしまっているアシェリーに声をかけることが出来ない。かと言って僕はこの世界の本を読めない。

 ジェラルドさんはアシェリーの読み終えた本をパラパラとめくるがあまり理解できないのか首を傾げて置いてしまっている。


「…アシェリー、実はすごいやつなのか…?」


 はっとした顔で言うジェラルドさん。もしかして、今更気づいたんですか。天才ってさっき話題に出てたでしょ。


「テイシさんに…簡単な、現代魔術だけでも、教えたくて…」

「アシェリー、健気すぎる…っ!僕、頑張るよ」

「わたしも、テイシさんの、役に立ちたい、ですから…」


 そうやって笑うアシェリーが天使すぎる。他が割とおかしい(アシェリーは天才なだけだから!)から本当にアシェリーは清涼剤だ。

 僕が1番頭を悩ませてるのは隣にいるジェラルドさんだけど。


「あんたら、何やってんの?」

「あ、チアさ…ん!?!?」


 チアさんも本を持ってきて読み始めようとしているが、明らかに量がおかしい。

 台車いっぱいに乗せられた本は、チアさんの腰ほどの高さまで来ている。ジェラルドさんも固まっている。アシェリーは特に気にも留めていないようだけども。


「ち、チア…まさか、今からそれ全部読むつもりか」

「ええ。アンヘリアの魔術学はとても興味深いもの。私は暫くこれ読んでるわ」


 チアさんって結構読書好きなタイプなのか…。魔術師って研究者気質が多いのかなあ。


「閉館までに間に合うんだろうか…」

「閉館ギリギリまでいるつもりなんですかね…」


 流石に僕そんな時間まで付き合えないよ?本読めないのに図書館にいることがおかしい気もするし。


「そういえば…この、アンヘリアはニホン人が来たりしてるんです、よね?…それなら、ニホン語の本も、あるはず…です…」

「ああ…」


 そうか、この国には日本人がいる。滞在中見かける程度で話した事がなく、失念していた。

 日本語からこの世界の言葉に翻訳する本はエルディオさんのつてで買ったけれど、ここにはもしかしたら日本語で書いてある魔術書があるかもしれない。


「じゃあ、僕探しに行こうかな」

「1人だと迷子になりそうだろ、俺もついて行く」


 うん、だろうと思った。

 なんで1人にしてくれないのこの人。


「…あの、わたしも、ついていきます」

「え、でもアシェリーは自分の読み物が…」

「ついて、いきます」


 やけにアシェリーが強気だ。アシェリーは割と引っ込み思案で大人しい女の子だというのに。チアさんに影響されたのだろうか…。


 僕は知らなかった。アシェリーが僕にやけにくっついてきた理由なんて。



「テイシさんは、わたしま、せん」

「…は?」


 ジェラルドさんに何故か喧嘩を売っていたとか、僕は知らない。知らない振りをするんだ。



「ニホン語の、本は…この辺り、です」


 流石に他のジャンルほど多い訳では無いけれど、学校図書館の棚と比べれば大きい棚に、日本語で書いてある背表紙の本が並んでいる。

 ライトノベルとか、絵本とか、本当にただ単に日本語で書いてある本が所狭しと並んでいるようだ。


「そこそこあるって感じだね。あ、前の勇者についての本がある」


 魔術とは直接関係ないけれど、前の勇者を知る事で僕も何か目標が立てられれば、と思っていた。


 僕はそっと本を開く。そこに書いてあった名前は…。


「たかつき、しょうた…!?」

「テイシさん?」


 アシェリーが本を読んで手が止まった僕を心配して覗き込んでくる。

 前の勇者、たかつきしょうたさん…。いやまさか。

 僕の近所に、高槻昌太さんという人が住んでいた。その人と同じ名前だけれどこの名前自体珍しくはない。ただの偶然だろう。


「えっと、知り合いと同じ名前で…でも日本人にはよくあるから。昌にいは僕より10ほど年上の人だし、40年も前にいるわけないし」

「フルネームで被ることがよくあるのか?」

「はい、よくあります」


 僕みたいな名前だとあんまりないけど、昌にいのはよくある名前だろう。


「…前の勇者さん、ですか…」

「何か、僕の目的のヒントになるかもって。でも、やっぱ勇者ごとに力が違うからなあ…あ、これ魔術書っぽい」


 ひとまずその本を置いて、魔術書らしき本を手に取る。

 アシェリーとジェラルドさんは日本語が読めないからどのような内容が書いてあるか共有しないとこれが何の本か分からなくなりそうだ。


「ええっと『猿でもわかる現代魔術教本』かな?」

「猿でもわかる…」

「猿、ですか…」


 この世界にもちゃんと猿がいるけれど、魔物の猿が1番イメージに出てしまうだろう。日本人に分かりやすい表現にしたかったんだろうな。うん。


「ええっと、魔術は…」


 魔術は元素を操り、物質を自由自在に変化させ、人の感情、思考をも操る強力な力。

 基本4元素と呼ばれる地水火風を始め、様々なものがある。

 古代魔術と現代魔術と錬金魔術の3種類があるが基本はどちらも何かしらの言語を介して起こすものとされている。

 何かしらの適性があり、学べば誰もが使えるという訳では無い。


 なるほど…この国の魔術は学問だから、学ぶとか、そう言う事になるのか。


「魔術の基本原理だな。それがあって魔術は成り立つ」

「…そう、だったんですか?」

「アシェリーお前、その地点から分からないのか…!?」


 まあ算数をやらないままという事は、恐らく計算式もないままに答えを導き出してしまうようなものだろう。

 独自の計算式を組み上げて完全に独学で…うん、僕には到底真似できないどころか他にやれる人はいない気がする。


「『元素』を人に刻み、その力を思いのままにすることも可能…」

「お前の額、この世界に来てから勇者の証とやらが装着されただろ?お前の額に元素が刻まれているからと説明ちゃんと受けたか」

「あ、これの事ですか」


 旅を始めた当初チアさんに渡された頭の装飾具。

 西遊記で有名な孫悟空の頭のあれみたいな感じといえば伝わるだろう。正式名称は残念ながら僕は知らない。


「額に元素…ですか。頭のこれ、意味があったん…ですね」

「僕も初耳」

「おい、話聞いとけよ」


 パラパラと捲れば、現代魔術についての解説もあった。


 現在多くの魔術師が使用している魔術。

 予め魔術言語が記された魔術書から杖を利用し元素を組み込んで魔術を引き出すものと基本はされている。

 上級者は魔術言語を口上で唱え元素を組み込むだけで発動させることが出来る。


「お前の場合、それが頭になるんだ。勇者には予め魔術言語が刻まれている。後は空気に混ざっている元素や、元素を固めた属性石を使うこともある」

「…ジェラルドさん、そんなに魔術詳しかったでしたっけ」


 僕の記憶が正しければジェラルドさんはあまり魔術には精通していなかった。いや、多分魔法具の影響もあるけれど。


「この本に載ってた」

「…『こどものためのまじゅつきそ』って本、です」

「…な、なるほど…」


 23歳の大の大人それでいいのか。


「あんたら、まだ本探してたの」

「チア、もう読み終わったのか」


 僕達が本棚のまえでうだうだしていたらチアさんが空になった荷台を押していた。え、あれ全部読み終わったの???


「私が探してた資料はなかったわ…あれ、これニホン語?うわあー読めないわね、確かに」

「母さんの故郷の言語とは言うが、俺もニホン語は教わらなかったからな」

「そもそも叔母様、あまり人前で故郷の話しなかったでしょ」

「それもそうだな」


 何気なく行動してたけど、これ僕いて良かったのかなあ…。と、ふと思う。

 だって、この絵面はまずい。今気づいた。割とまずい。僕男1人なんだよこの状況。しかもスタイルのいい美女(片方は見た目だけだけど)に端正な顔をした美少女(アシェリーはジェラルドさんの好みらしい。あれ、ジェラルドさんってロリコン…?)に、そして僕。アウトじゃん。


「そ、そろそろ僕は帰っていいかな…」

「いえ、わたしも、かえります。…本は、読めましたし…わたし、テイシさんと、魔術勉強、したいです」


 そう言ってアシェリーが僕の腕に抱き着いてくる。

 お、女の子が、あ、あ、アシェリーのつつましやかな…且つ将来有望なあれが…って何考えてるの僕!?


「そ、そう?な、なら一緒に本読もうか!か、帰ろう!」

「は、はい」

「美少女に抱きつかれて鼻の下伸ばしてるわねえ…勇者も可愛いものだわ」

「…可愛い」

「え」



 本を全て本棚に戻してリントヴルム邸に戻った頃には日は傾いていた。

 エルディオさんから本を手渡され、僕はアシェリーと読書に勤しんだ。

 そのまま一緒に寝落ちてしまったけれど、暫くジェラルドさんが手を顔に当てて「尊い」と言っていたのは何だったんだろうか…。

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