二話:チアさんがおかしくなった
これからどうなってしまうのか。多分ジェラルドさんは考えただろう。まさか自分がこんな目に遭ってしまうなんて思いもしていなかったはずだ。
僕が大体悪いのにジェラルドさんは僕の事責めなかったし。ちなみにエルディオさんも自分が遺跡を紹介したのにと落ち込んでいた。責任感じちゃうよね、分かる…。
ひとまず宿泊先の宿にジェラルドさんを運んだ。僕は割と小柄で160もないくらいの身長だけれど、勇者の力なのか人を運ぶことくらいは出来た。ジェラルドさん、元々が身長高かったからか結局僕が見上げるような感じになってそうなんだよね…。
性別の変化により大きく体格が変わり服が部分的にだぼだぼになり、部分的にはち切れそうになっていた。部分的にどこかは聞かないで欲しい。今のジェラルドさんを見てるのもドキドキするんだから。
服を変えることを僕が提案して、チアさんとメルクリスさん、アシェリーの女性陣がジェラルドさんの着替えを担当した。今は女性同士だし、幼馴染のチアさんがいれば大丈夫だろう。
「テイシ君。お待たせしました、ジェラルド君の着替え終わりましたよ」
「は、はい」
メルクリスさんに呼ばれて僕は部屋に入る。まだ目の覚めないジェラルドさんと、その傍らにメルクリスさん達がいた。
アシェリーはどうやら既に退室しているようだったけれども。
「これって原因は…」
「あの魔法具だと思われます。古代魔術を応用してつくってある様子ですね」
この世界には魔術と一言に言っても幾つかある。これまでに出てきたのは現代魔術、古代魔術、錬金魔術の三つだ。僕の適正は現代魔術らしい。違いはまだよくわからないけど古代魔術は書くもので、現代魔術は詠唱をメインとするもの…らしい。
錬金魔術についてが1番わからない。アイテムを作り出したりはするらしいけど、まあ錬金魔術の名家出身のエルディオさんに聞いてみると分かるだろう。チアさんも一応錬金魔術を使えるけれどエルディオさんの方が詳しそうだし。
「古代魔術の魔法具ねえ…。一体これ自体の効能は何なのかしら」
「大まかには分かりましたが、詳しい事はジェラルド君の目が覚めないことには分からないでしょう。遺跡の特徴からして闇元素のルーンが使われているかもですけど」
前からちょこちょこ言っている元素は魔術の媒介にする属性のこと。まるで厨二病ノートに書いてありそうな内容だなあ…とは思うけどこれは実際目の前で起こっている事なのだ。本気でどうにかしてるとは思うし夢じゃないかとは思ったけど夢じゃなかったちくせう。
ちなみにエルディオさんは呆然としているジオードさんを慰めている。ジオードさん曰く「女の人は対象外というか…あいつ以外の女見るとあいつに怒られる…」との事だそうだ。何だかんだで奥さんのこと好きなのかな…?
「ん…んん…ん…?」
そうやって話しているとジェラルドさんが身じろぎをした。動く度にその、あれが揺れて目を逸らしてしまうのだけれど。
「ジェラルド、頭は痛くない?性別変わった以外に何か変化はないかしら」
「…直球で聞いてくるな。お前」
あっいつものジェラルドさんだ。仏頂面で僕を睨むようにしている。ん?睨むように…?
「あ、あの…ジェラルドさん…」
「なんだ」
「すみません!!僕のせいでこんな事になって…ぼ、僕ジェラルドさんを守れるくらい強っ…いたっ!」
ジェラルドさんに頭を下げてこう言っていたらデコピンされた。なんで!?
「俺が勝手にお前を庇っただけだ」
「で、でも…」
「胸を張れ、まったく。この魔法具は一体なんだったんだ?」
ジェラルドさんは左腕に巻きついた腕輪を見てそう言った。この腕輪がジェラルドさんを女の人に変えてしまった魔法具だ。僕が見てもこれが何なのかは全くわからない。
「私も見てみたのですけど、どうやらこれ、魔術を増強する魔法具みたいです。ジェラルド君は魔術は専門外と言っていましたが…」
「…不思議と、古代魔術が理解出来る」
「やはり!」
どういうことかさっぱりわからない。
僕が理解出来ないでいるとメルクリスさんが解説を始めてくれた。
「ジェラルド君が着けさせられた魔法具は、元々装着した本人の魔力を底上げするものです。魔術が得意でない人でも、魔術を使えるようにする装置ですね。これには更に魔術を解説してくれる機能も着いてるみたいです」
「それが、何故女性になってしまうんですか…?」
「それは私も分からないんですよ…ごめんなさいね、ジェラルド君」
メルクリスさんは申し訳なさそうに頭を下げる。ジェラルドさんは「いいんです」と慌てていた。そう言えばメルクリスさんは一国の女王か…ジェラルドさん騎士だもんな。戸惑いもするよね。
「では、私は一度エルディオ君達と本を買いに行きます。チアちゃんとテイシ君もジェラルド君に構い続けてないで、早く休んでくださいね」
「お気遣い感謝致しますわ」
「ありがとうございます」
メルクリスさんが退室すると、チアさんは突然ジェラルドさんを見つめ始めた。
「チア?」
ジェラルドさんも流石に様子がおかしいと感じたのかチアさんの様子を伺う。
なんだか…チアさんの鼻息が荒いような…。
「はああああなんでこんな美人になっちゃったのよジェラルド!!私ずっと貴方のこと好きだったのに!!」
「はあ…??」
「やっぱり!?」
チアさんの突然のぶっちゃけに初めて出会った時の感想はあながち間違いでもなかったんだ!?と僕は唖然としてしまった。
一方のジェラルドさんは困惑しているけれど、素で気づいていなかったのだろう。チアさん、残念な事にジェラルドさんは鈍感だよ…。
「ジェラルド…でも…私…」
「ま、待てチア。本気で待て…お前は何を考えてるんだ」
「女の子でもいいかも」
「チアが壊れた…」
ジェラルドさんは困惑を極めて呆然としている。チアさんはジェラルドさんの寝ているベッドに乗り上がろうとしてジェラルドさんに止められている。
「待てチア、俺はこんな体になっても男だ。馬乗りになるのは流石にやばい」
「今は女の子同士じゃない」
「テイシが見てるからやめろと言っているんだ…!それにチアは好みにまったくそぐわないんだよ!」
「最低な答えですね!?」
僕も流石に突っ込まざるを得なかった。
ジェラルドさん、割とナンパ男傾向だったもんね…好みだったらチアさん既に口説いてるもんね…。
「ったく、こんなことでここで休憩もしていられな…」
チアさんの猛攻を押しのけてベッドから起き上がろうとしたジェラルドさんはある違和感に気づいた。僕もずっとシーツを被せてあったから気づかなかったけれど、ジェラルドさん、スカート、はいてる。
「なっなんなんだこの服は!」
「これまでと同じ服着せられる訳ないじゃない。胸なんてボタン飛んじゃうわよ」
ジェラルドさんは元々シャツの上に簡易防具を着ていた。確かにシャツを着せるとボタンは…うん、飛ぶ。これは飛ぶ。
慌てて立ち上がったジェラルドさんは慣れないスカートや胸を見て天を仰いだ。チアさんはそんなジェラルドさんにみとれていたけれど。
「…こうもしていられん、体を慣らしに行く」
「じ、ジェラルドさんまだ動くのは」
「暫く戻れないというなら、俺はこの体のままでお前を守らないといけないんだ。お前、まだ弱いだろ」
「うっ…」
ジェラルドさんがこんな姿になったのも僕のせいだ。
それは十分に分かってる。僕がまだまだジェラルドさんにかなわないくらい弱いってことも。
「それにしてもお前ほんとちっこいな。まだお前を見下ろす視線じゃねえか」
「ジェラルドさんが!大きすぎるんです!見上げ方ほぼ変わんないじゃないですかバレー選手ですか貴女!?」
「ばれー…?まあともかく、俺の体慣らしに付き合え、テイシ」
「はいはい」
「はいは1回だ」
チアさんが口を挟む間もなくジェラルドさんは片手剣を担いで部屋を出た。
あれ、男だった時と同じ奴だよね…?力変わってなくない…?何なのあの人…。
僕も自分の武器である両手剣を持って部屋を出て行った。チアさんは落ち着いたのか黙って見送っていた。
ミステリアスな人だと思ってたけど、想い人が女の人になった挙句自分に興味なかったって知って、落ち込んでないかなあ。
ちなみにジェラルドさんの筋力は殆ど変わっていませんでした。女になっても馬鹿力が変わってないよあの人。
流石に僕も落ち込んだけど、ジェラルドさんに「そら俺とお前10程歳が離れてるだろ、お前も10年後には俺に勝てるようになるさ」と言われて少しだけ、元気が出た気はするけど。
僕だって勇者なのに、ジェラルドさんが強すぎるせいで出番ないなあ…。
拝啓、お母様、お父様。そちらの世界は平和でしょうか。
僕はこれから、どうなってしまうのでしょうか。
ジェラルドさん、出会ったときほど怖くはないんですけど、今は別の意味で心臓に悪いです…。