一話:ジェラルドさんの災難
僕達勇者一行は、ヘリティア大陸アンヘリア帝国に滞在していた。僕が召喚された国のあるホラスト大陸から海を越えたところにある国であり、一番魔術について詳しい国でもあるのだとか。
「ここならば、テイシが魔術を操作するに必要な情報も手に入るだろう」
「ありがとうございます、ジェラルドさん」
「ごめんなさいね、誰も貴方の使う現代魔術に詳しくなくて。このアンヘリア帝国ならば、現代魔術に関する本が大量にあるの、すごいわあ」
メルクリスさんはアンヘリア帝国の本屋で様々な魔術書に関心を示している。だがしかし、一番重要な問題を皆さんは忘れている。
「あの…皆さん、僕、文字が読めないんですけど」
悲しいかな、召喚されたときに言語はちゃんと通じるのに文字が通じないという不具合が発生してしまっている。ジェラルドさんは眉間にしわを寄せて僕の方を見る。怖いですよその顔。だからナンパ成功しないんですよ。僕、ジェラルドさんがナンパ成功したところ見た事ないんですけど。
「…はあ、チア、教えてやれ」
「私そもそもテイシの言語をよく理解してないのだけれど」
「…そうか」
仏頂面なジェラルドさんはため息をつく、メルクリスさんも流石に文字までは知らないらしく、理由を聞くとメルクリスさんが共にいた前の勇者は文字も相互変換されていたらしい。なんで僕には適応されてないんだ。
「…おれが、教えましょうか?」
「エルディオ、お前ニホンの言葉が分かるのか?」
「妹の通う学校が、教師がニホン人だった。富裕層…しか、買えない、ものですけど…俺の家なら、買える筈…です」
ここでエルディオさんがこの国で名家の出身であることが役に立つとは!ジェラルドさんはこの世界の文字についてはエルディオさんに丸投げすることにしていた。ジェラルドさんは国語系が苦手なのかもしれない。
「わ、わたしも、テイシの言葉知りたい」
「じゃ、その間オレはジェラルド君と…」
「黙れ」
アシェリーも申し出る横でジオードさんがジェラルドさんの腰に手を回す。鬱陶しそうにジオードさんの手を叩き落とすジェラルドさんはもうこなれた仕草だ。同性愛者の人って、異性愛者好きになっちゃったらどうするんだろう…口説き倒すのかな、身を引くのかな。ジオードさんは口説き倒しそうな感じだけど。ただジオードさん、チアさんの視線にも気づいた方がいいと思うんだ。チアさんの視線がすごく怖いんだ。
「今日はとりあえずそれでいいとして…次はどこに向かうんですか」
「お前の力を制御できるような魔法具を探すしかないだろう。お前の力の制御が一番の優先事項だからな。この魔術大国であるアンヘリアに来たならば尚の事」
流石はジェラルドさん。なんか考えてある。
「でも、今んとこ坊主の力が暴走しそうな兆候ないだろ?暴走する条件ってなんだよ」
「それは俺も知らん。だからこそ模索しなければならないだろう」
その件については本当に面目ない。見ていたジェラルドさんでも僕の力の暴走の原因が分からないのだ。まあ、ジェラルドさんは剣術専門だから魔術について知らなくて当然だとチアさんが言っていたけれど。
「お、おれ…魔法具のある遺跡、いくつか噂聞いたことある」
「エルディオさん、本当にくわしいんですね、いろいろと」
アシェリーに褒められてエルディオさんは照れ臭そうに笑う。エルディオさんの示した地図では、今僕達がいるアンヘリアの帝都の直近に一つ遺跡があるのだとか。こうしてはいられないのでは?と僕はジェラルドさんを見つめる。ここまで仲間と合流することに重点を置いていたせいでまともに冒険らしいことをしていない。せっかく異世界に来たのなら冒険したいじゃないか!
「ねえジェラルドさんお願いだって、僕そろそろ冒険したい!」
「テイシお前…」
「テイシ君もまだまだ子供ですもの、冒険したい年ごろでしょうに。ほらジェラルド君、行きましょうよ」
「メルクリス女王陛下まで…」
ジェラルドさんはチアさんやジオードさんに目配せするも、2人とも僕に賛成なのであった。本を読むのはひとまず置いておいて、冒険に出ようじゃないか!
帝都を意気揚々と出たのは良いものの、僕には付け焼刃の剣術しかない。ちょこちょことジェラルドさんに教えてもらっていたがまだあまり身についていないのだ。
「テイシ君、あまり無理はしないでくださいね」
蝙蝠型のモンスターに襲い掛かられて逃げ惑う僕を助けるようにメルクリスさんが何かしら文字を書いた紙を放つ。それはモンスターにまっすぐ飛んで行ってフラッシュになる。光の元素を使った古代魔術らしい。書いていたのはルーン文字。これを媒介にして魔術が発動する。
蝙蝠型という特性上、光には弱いらしく炭のようになって消えて行った。敵と同じ闇元素を操るアシェリーは若干苦労していたようだけれど。
「遺跡の最深部に基本魔法具が置いてある」
「勇者の身に何かあったら大事だからな。俺が先に魔法具の様子を見よう」
エルディオさんとジェラルドさんが話し合いをしている。なんだかんだでジェラルドさんやさしいんだよね。
遺跡は大して深くなく、だが普通の人間が潜るには敵が強すぎる。僕1人では辿り着けなかっただろう。ここは皆に感謝しなければ。アシェリー以外皆年上の子のメンバーでやっていけるか心配であったが何度かモンスターとエンカウントして分かったのは僕が圧倒的お荷物である事だけだった。そりゃそうだよね!僕召喚される直前までそんじょそこらにいる男子中学生だったし。
「ジェラルドさん、そろそろ最奥になると思う」
「む、早いな」
僕は少しへとへとになってしまっていたが皆の手前あまり休めない。だって皆体力凄いんだもん。メルクリスさん僕のお母さんより年上なのに僕のお母さんより動いてる。
一番奥の扉を開けると、腕輪が壁がに埋め込まれているようだった。僕が無心で手を伸ばそうとするとジェラルドさんに叩き落される。
「だからお前に何かあったら困ると言っているだろう」
「ジェラルドはテイシの事が心配なのね」
「うるさい」
むー、そんなに僕は頼りないのか。まあ、確かに事実そうかも知れないけど。そんな変な事が起こりそうには見えないんだけどなあ。
ジェラルドさんがやれやれと言いながら魔法具に触れた途端、異変が起こった。そんな、嘘でしょ!?
「ジェラルドさん!」
「くっ何か仕込まれていたか!?」
ジェラルドさんの左腕に絡みつくように魔法具が勝手に装着され、光り始める。左腕を抑えるようにして蹲るジェラルドさんに、さらに異変が襲い掛かる。
あまりの出来事に皆言葉を失ってしまっていた。
ジェラルドさんの体が華奢になっていき、髪の毛が伸び始める。体の輪郭が丸くなって、まるで女の人みたいになっていく。胸も膨らんでるように見えるんだけど…。
「これ、は…何だこの声!」
「ジェラルド…さん…?」
前言撤回。まるで、ではなく本当にジェラルドさんが女の人に成っている。呻き声をあげながら体の変化を受け入れるしかないジェラルドさんに、僕達は何もできなかった。
変化が一通り終わったのか、暫くするとジェラルドさんはよろよろと立ち上がり、僕に向き直った。
「だから言っただろ…お前に大事がなくてよかった…」
「あ、あの…」
僕が何か言おうとする前にジェラルドさんは意識を失い、僕の方に倒れてきた。結構おっぱいおっき…じゃなくって、女の人とじかに触れあうという事が新鮮すぎて僕は少しだけ思考を放棄した。だが、僕の無茶ぶりのせいでジェラルドさんはこんなことになってしまったのだ。僕はもっと力をつけないといけない。
「ひとまず、ジェラルドを休ませましょ。テイシ、ジェラルドを運べるかしら」
「え、は、はい」
お姫さま抱っこがいいのかな…どうしよう、女の人との触れ合い方が分からない。元が男の人であってもなんか、こう…心の準備ができてない!
でも僕は何とか女性になってしまったジェラルドさんを宿へ運ぶことができた。
これから、どうすればいいんだろう…一番困るのは、ジェラルドさんだろうけども…。