序章:僕が知ってほしい大前提
「勇者テイシ・アカマの同行者を発表する!」
僕は今、夢を見ているんだろうか。
「ホラスト大陸ステラミスト王国近衛騎士、ジェラルド・エインヴィ!」
「はっ」
いかにもファンタジーな王様っぽい人が名前を呼ぶとこれまたファンタジーな騎士っぽい男の人が応える。男の人は赤い髪の毛で、ガタイが割といい。騎士だから当然なのか。他にもそれっぽいガタイのいい人がいるし。
目の前に広がるこの光景を、僕は現実として受け止めていいのだろうか。夢だったりしないのだろうか。
「同じく王宮錬金魔術師、クリスチア・アーフェン!」
「はっ」
次に呼ばれたのは女の人、華奢で外はねのショートボブっぽい黒髪をしている。いかにも大人の女性っていう感じで最初に呼ばれた騎士の人…ジェラルドさんの隣に並ぶ。うわ、この2人すっごい絵になってる。恋人関係だったりするのかな、それ僕邪魔にならないかな。
突然であるが、僕は中間くらいの学力の中学に通う、そこそこ頭のいい…?地球の日本に住む男子中学生だったはずだ。どうして目の前にこんな厨二じみた光景が広がってるのかとか、色々と突っ込みたいことはある。
ちなみに僕がいるここはホラスト大陸ってところにあるステラミスト王国という国らしい。簡潔に言えば剣と魔法のファンタジー世界。僕のいた国(僕はれっきとした日本人である)どころか星も世界も違うのだ。
そこに僕は勇者として呼ばれたらしい。さっきの2人は僕に同行する人達だ。勇者1人に投げ出すなんて世界じゃなくてよかった。と僕は少し安堵した。だって小説ではよく見るシチュエーションだもの。
ジェラルドさん、彼は厳格そうな見た目をしているが道中で女の人をナンパしたり、勇者である僕に人気を取られると嘆いていたり内面上の喜怒哀楽の激しい人間だ。内面上、というのは彼の表情自体は仏頂面が多く怖い印象を与えるからである。彼は剣術を得意とし、王国近衛騎士であるにも関わらず僕の旅にと推薦された。
クリスチアさん、彼女はミステリアスな雰囲気の大人の女性だ。錬金魔術と呼ばれる特殊な術式を使ってアイテムを生み出すことが仕事らしい。どちらも僕をサポートする為の人選だと言われている。
「以上2名を我がステラミストから送り出す!双方、くれぐれも勇者テイシに迷惑をかけないよう努めるが良い」
「仰せのままに」
「我々はこの身を以て、勇者様の支えとなりましょう」
2人は王様に傅く。僕も何か動いた方がいいのかと周囲の人を見回すも、何も答えてはくれない。渋い顔とかをしてはいないから、きっとこれでいいんだ。っていうか勇者って何するの。魔王でも倒すの?
「勇者テイシよ」
「は、はひっ!」
王様に声をかけられて僕は固まりながら返事をする。緊張が凄いよ。プレッシャーを感じる。ジェラルドさんとクリスチアさんはよくこの空間にいられるよね?
「そう固くならずともよい。我々は自分勝手に其方をこの世界へ呼び寄せたのだ。…この世界は、何十年かに一度魔族の中から邪悪な者が現れる」
「それを倒すのが、勇者の使命、ですか」
「そうとも言える。だが、この世界の創生神は勇者に世界行脚をして頂くことも望んでおられる」
「は、はあ…」
世界行脚って…世界を一周しろってこと?自分の故郷の世界ですらやったことないよそんなの!
「では、ジェラルド、クリスチア。勇者テイシと共にこの王都を発つ準備を。その後に各国の代表者と共に勇者をお守りするのだ」
「ええ、承りました」
ジェラルドさんがそう答えてクリスチアさんと共に退出する。僕もそれに続いてこの王様のいる広間を出た。調度品が多すぎて歩くのが怖いんだけど。
一旦客間らしき部屋に通された僕達は、改めての自己紹介になる。ジェラルドさんは僕を見て不機嫌そうな顔をしているけれど、これは僕のせいだから仕方がない。この世界に召喚された当初、魔王の軍勢から村を守ろうとして結果的に僕が村を滅ぼしてしまったのだから。村の人達は僕を責めなかったけれど、一部始終を見ていたジェラルドさんは僕が力を制御できなかったことを怒っているのだ。
「先ほども陛下に言われた通り、俺はジェラルド・エインヴィ。王国近衛騎士をしている。剣術は俺が教えるが…お前はそれよりも魔術関連の力を制御した方がいいだろうな」
「私はクリスチア・アーフェン。チアって呼んでくれると嬉しいわ。私の専門は錬金魔術だから…今あなたの力を制御するのは不可能ね」
「僕は、アカマ・テイシと言います。13歳になったばかりの、中学一年生です」
こう自己紹介をしても、2人にはきっとちゅうがく、なんて伝わらないかもしれない。しかし、僕のその心配は杞憂だったらしく、2人は「幼げはあると思っていたが思ったより若い」と言ってきた。
そういえばこの世界、前にも勇者が来たことあるらしいって聞いたな。海の向こうの国では地球の人間と協力して学校を作り上げたっていう話もあるらしい。
「アカマか、テイシか…どう呼べばいい」
「名前はテイシなので、テイシって呼んでください。ジェラルドさん、チアさん」
僕が頭を下げるとチアさんが「あらら、ご丁寧ね」と言う。ジェラルドさんは相変わらず不機嫌そうだ。
「さっさと買い物に出るぞ。旅は長い。物は今は多くなくともいいが…せめてテイシの武具くらいは揃えておく。お前もついてこい」
「は、はい」
ジェラルドさん、やっぱり僕に対して怒っているんだろうな。でも、僕だって好きでこんな力を手に入れたわけじゃないし…何より、ジェラルドさんだってあの場に居たじゃないかと少し憤慨する。
こうして僕の旅路は幕を開けた。
この後僕は同じホラスト大陸にあるゲンダース共和国に向かい、傭兵のジオードさんに出会った。フルネームはジオード・レルレイン・フェズ。妻子持ちなのに自称ゲイで、娘と息子を溺愛している。奥さんとは利害関係の一致で結婚したのだとか。ジオードさんのジェラルドさんへの視線が怪しいんだけどまさか…。
ゲンダース共和国の後にはこれまた同じホラスト大陸のガーレンディ王国。王宮魔術師のアシェリーに出会った。何と彼女は僕より一つ年下の12歳!古代魔術を軸にした死霊術を使うって言ってたけど、それって俗にいうネクロマンサー…?黒魔導士的なそれなんだろうか。
次はホラスト大陸の端にあるトリティーナ王国。なんとこの国で仲間になったのはこの国の女王様、メルクリス・トリティーナさん。皆びっくりしてて、ジェラルドさんのあんな顔初めて見たってチアさんが言っていた。割と仏頂面多いんだな、あの人。だからナンパも成功しないんじゃ…。メルクリスさんは56歳とのこと。年齢の振れ幅大きいなあ…メンバーの中では若い方である僕が言うのもなんだけど。
それから僕達は海を渡ってヘリティア大陸へ。ちなみに、僕の国で言うアジア辺りの人種がこのヘリティア大陸には多いらしい。ホラスト大陸は大体ヨーロッパ系だとメルクリスさんが言っていた。
ヘリティア大陸のアンヘリア帝国。ここではエルディオ・リントヴルムさんが仲間になった。なんでも錬金魔術の名家出身らしく、チアさんが対抗心を燃やしていた。無口だけど僕にはわかる。彼は人見知りだ。突然知らない集団(それも他国の女王様がいる)に放り込まれて呆然としているだけだ。
さて、ここまで長々と語っておいて何なのだけれど、これは僕の物語ではない。異世界に召喚された勇者というと、大体物語の主人公にされがちではあるがこの物語の主人公はジェラルドさんだ。
僕はただ、ジェラルドさんと共にいて、ジェラルドさんに憧れているだけの人間だ。勇者である事とかは割とどうでもいい、本気で。
ジェラルドさんにこの直後降りかかる災難に比べれば僕の旅路など記すに値しない。詳しく語るのは、この後の話からだ。これは、話を見るうえでの大前提であって、重要な事ではない。
とりあえず言えるのは…ジェラルドさんが、女の人になってしまったという事実だ。