キーホルダーを見つけ出せ
宣言どおり、投稿します。
キーホルダーてっちゃんを探して、教室を出たマリア、波川、安倍の三人はとりあえず廊下に出て、床を見た。それから窓枠の小さな隙間まで見たがそこには埃が見えるだけだった。
「そういえば、職員室前の落し物コーナーには行った?」
「あ、そういえば行ってない。今行って来てもいい?」
マリアが次に探す場所を考えている時に波川と安倍がそんなやりとりをしていた。
「え、まさかそこにも行かないで、私に手伝ってって言ってたの」
マリアは怒っているわけではなかった。ただ、紛失物を取り扱う時に最初に思いつくものだと考えていて、その場所にまだ行ってなかったことに驚いてただけだった。
「鈴木さん、ごめん。依って抜けてるからさ。あ、でも、落し物コーナーにあるかもしれないし、鈴木さんは帰ってもらってもいいかも」
「えー、無かったらどうするのさ。麻が探してくれるの」
「いえ、いいわ。私も付いていくからね」
「そっか。ありがとね」
安倍はそう言いながら、波川の腕を持って彼女たちを落し物コーナーに連れて行く。
落し物コーナーの担当教員は落し物を見せてくれたが、その中に波川が探しているてっちゃんのキーホルダーはなかった。
「あー、もう、どこ行っちゃったの」
波川の疲れは彼女が我慢できないほどになっていた。そもそも彼女は我慢ができる性質ではない。三人の中で一番先に根をあげるのは明らかなことだった。
「今日はもうやめて、明日にしようか」
「てっちゃーん。出て来ておくれよー」
安倍の話は全く耳に入っていないのか、彼女はふらふらしながら、教室のある方向に向かって行く。それを安倍が追いかけて行った。マリアもそれを追いかけるように歩き出した。
手がかりが一向に見つからない。そのことにマリアは焦っていた。学校にいることができる時間は限られている。波川のためにも今日中に見つけたいと彼女は考えているが、その足がかりになるようなことがない。
落し物コーナーに届いてなくても不思議はない。なぜなら、あの場所にあるのはほとんどが用務員や夜の見回りで拾われるものである。このことはマリアも知っていて、ミラが教師に聞いたのを教えてもらったものである。今日落としたとすれば、落し物コーナーに届いていなくても不思議はないのだ。しかし、教室に無かったというのは案外手がかりになるのかもしれない。波川は今日はあまり教室から出ていなかった。マリアと一緒にいたので、彼女はそのことを知っている。それにお手洗いに行くだけで、キーホルダーは持って行かないだろう。それと朝に落としてないと言う発言を信じれば、教室の中になければおかしな話なのである。てっちゃんと言うキーホルダーがどれだけ重いのか、マリアにはわからないが波川自身が気づくと言っているのだから、気づくのだ。それに毎朝挨拶をするほど好きならば、落としたことにすぐ気づかないというは変かもしれない。それは少し強引か。
教室に戻ってきて、やっと焦り始めたのか波川は教室の中を探し回っていた。
「依、もう帰ろう。きっと明日になったら出てくるって」
「てっちゃんがいないとだめなの。あれ、買ってもらったんだよ。大切なものなの。鈴木さんがいればすぐに見つかると思って、だらけてたけど、見つかんなかったから。今日中に見つけたいの。見つけなきゃいけないの」
波川の表情は先程のような怠けた態度ではなく、真剣な態度だった。彼女にとって、キーホルダーはとても大事なものなのだ。
「誰にも触らせたくないし。誰かに拾われたら、その人に触られちゃうでしょ!」
「誰にもって……。そんなに大切なものだったの」
安部もそのことは知らなかったらしい。彼女も今までの楽観的な態度を改めた。
しかし、マリアは探そうとはしなかった。彼女はすでに教室にないことを知っていた。少し前にあれだけ探したのに教室にないというのもおかしい。やはり、教室に落ちていないということが、手がかりなのだ。マリアはそう考えた。
それに気づいて、マリアはどこかに違和感を感じる場所はなかったかと考え始めた。今日のことなら大体思い出せる。記憶力はミラのおかげで、かなり良いほうだと自覚している。記憶力がないとミラの相方は務まらないのだ。マリアは今日という日が始まってからを思い出し、それぞれに繋がりがないかを探し、矛盾や違和感を見つけた。
まったく、人のものを盗ってはいけないのよ。
マリアはそんなことを考えて、彼女達を呼んだ。
「何。見つかった?」
波川が少し焦りながらも期待しながら問う。
「まぁ、ね。ただの予想だけど」
そもそも落としたと思い込んでいたから、見つからなかったのだ。波川の言葉と安倍の言葉には確実に矛盾するところがあったのだ。
「そもそも落としたわけじゃないわ。だから、探しても見つからない」
「ちょ、ちょっと待って。じゃ、誰かが盗ったって言うの」
阿部は少し怒ったようにそう言った。
「そうね。そうなるわ。それにもうわかっているんでしょ」
「な、何が。私は盗ってない」
「今、私は貴方が、と言ったわけではないのに。そんなこと言うなんて、少しでも心あたりがあるのかしら」
マリアは意地悪く、阿部を責める。
「ちょっと待ってよ。麻がなんで盗るのさ。麻が盗ったっていうなら、その証拠とか見せてよ。何もないのに何でそんなこと言うのさ」
波川が怒りを露わにして、マリアを責めた。しかし、マリアは余裕をもって顔を俯け目を瞑り、こう言った。
「そろそろいいんじゃないの。波川さんが庇ってくれてる。今のうちに話しなさい」
「だから――」
波川が声を上げて、マリアに怒鳴ろうとしたその言葉を遮って、阿部は言う。
「ごめん。……ごめん、なさい。私が盗ったの」
阿部は制服のポケットから金属製のキーホルダーを取り出した。
「あ、てっちゃん」
波川はそれをそっと受け取った。彼女の顔には怒りはなかった。ただ、それが返ってきた安堵と何故、彼女が盗ったのか、それだけがあった。
「あと、これとこれも返す」
阿部がポケットから取り出したのは定規とコンパス。
「どうして?」
ついに、波川の口からその言葉が出た。抑えきれなかった言葉が漏れたような、そんな呟き。
「どうしてって。依が千円返してくれないからでしょ!」
「あ、ごめん。今返すよ。だから、怒んないで」
「あー、もう。一週間に一回、それももう四週目。すでにそれだけ待ってたの。早く返してくれればこうならなかったのに」
「でも、私のもの盗っても解決しないじゃん。てっちゃんまで盗ってさ」
「だから、早く返せばこんなことにはならなかったんだってば!」
「いいじゃん。今返すんだからさ!」
二人の言い争いをマリアはただ黙って見ていた。ここでお互いに言いたいことを言うことでしっかりと仲直りできると考えたのだ。しかし、マリアも人間だ。いつまでも言い争いを聞いていて、いい加減不愉快になってきていた。
「はいはい。もう終わり。良いでしょ、もう。それぞれ返したんだし、いい加減仲直りしなさい」
波川と阿部は顔を見合わせて、どちらが先に謝るのか出方を窺っていた。しかし、その読み合いは長くは続かなかった。
「悪かったよ。まさか、そのキーホルダー、そんな大切なものだって知らなくて。ごめん」
「ううん。私も悪かったよ。今度からちゃんと返す。じゃなくて、借りなくてもいいようにするから」
二人は照れくさそうに抱き合って、仲直りした。
ま、これにて一見落着って感じね。
マリアは二人を眺めながら、満足げに頷いた。
「そう言えば鈴木さん。なんで私が盗ったってわかったの」
「あ、確かに。いつまで経っても見つからないのかと思ったけど」
仲直りした二人はマリアの推理が気になったらしい。
「わかったっていうか。そもそも勘違いをしてたのよ。キーホルダーは落としたものだって思い込んでたでしょう」
確かに、と二人は頷いた。
「それで、いつまで経っても見つからないし。そもそも波川さんは今日、教室からほとんど出てないし、なのに教室で見つからない。それはおかしいと思ったの」
それで、と話の続きを促すのは波川だ。
「それで、まぁ、今までの話を振り返って、食い違ってた話があったからそれでわかったのよ」
「なんか、変なところあったっけ」
波川は首を傾げ、今日のことで変なところが無かったかを思い出そうとした。しかし、マリアほどの記憶力がない彼女は何も思い出せなかった。
「あったわ。そのキーホルダー、誰にも触らせてないって言ったわね。それが本当かどうかはわからなかったけど。それでも阿部さんはそのキーホルダーが重いってことを知っていた。それもまるで持ったことがあるかのように話してたし」
「そんな、日常会話でそんなおかしなところなんて覚えてないな」阿部は苦笑した。
「ま、そんな感じかな」
マリアはその言葉でこの話題を閉めた。と思っていたのだが。波川にはまだ疑問が残っていたらしい。
「ね、麻。定規とコンパスはなんで盗ったの」
マリアは笑って、阿部の言葉を盗った。
「定規は線を引くもの、コンパスは円を描くもの。定規とコンパスで線と円。つまり、千円を意味するといったところかしら」
「おお。流石だね。あたりだよ。でも、定規盗っても、コンパス盗っても、全然気づかないし、どうしようかなって思ってね」
そう言った阿部を見つめて、波川は納得したような顔をしていた。その瞳はまるで小学生の中で一番高い跳び箱を飛べる人を見るようなものだった。
つまり、凄いなぁと。
「どした、依。てか、帰ろうか。下校時刻になるわ」
教室で起こった窃盗事件は解決された。教室を出るころには誰も、この事件のことを気にしていなかった。マリアは廊下を並んで仲良く歩く二人はまるでミラと自分だと思った。私たちと少し似たような関係である気がして、彼女たちももしかしたら、二人で何かしているのかもしれないと考えた。
マリアとミラ、この二人の関係は特別だ。どちらが欠ければ何もできなくなるだろう。
ミラ、早く元気にならないかなぁ。
そう考えながら、マリアは二人と共に帰路に着いた。
キーホルダーの事件を解決してから、二日経った。ミラは風邪が治って、登校している。マリアにとっては騒がしい日常が始まっていたが、これはこれで楽しいと思っている。そして、今、二人は学校を彷徨いていた。
「ミラ、ここまで来て、何かあるの」
「来ないと何かあると思っちゃうじゃん」
そんなことはないとマリアは思ったが、何も言わなかった。
彼女たちが今いるのは校舎裏だ。夏でも寒いと言われていて、この校舎裏側にある教室の窓を開けておけば、その教室は涼しいどころか、寒くなるのだ。その寒さのせいか、この場所で何かしようと言う人はいない。
「二年三組、背賀華さん、職員室まで来てください。繰り返します。二年三組、背賀華さん、職員室まで来てください」
突然なったスピーカーに二人は驚いた。そもそもこの学校では校内放送での呼び出しはかなり珍しい。校内放送を行うのは年に四回ある防災訓練のときくらいだ。それにこの場所はスピーカーの近くなので、かなり大きな音として聞こえる。だから、彼女たちは驚いたのだ。
「スピーカーで呼ばなくてもいいと思うんだけど。びっくりした」
「そ、そうね。私も驚いたわ」
二人とも胸に手を当てて、落ち着こうとしている。
「というか、もういいでしょ。ここには何もない。もう戻りましょう」
「えー、まだ、なんもしてないのに」
「寒いの。夏でも寒いって噂はあながち嘘じゃないわね」
マリアは両腕を抱いて、寒そうにしている。
「そうだけどさ。でも、なんにもしないで戻ったら気になっちゃうよ」
「あー、はいはい。じゃ、少しだけ待ってるから」
ミラはありがとー、と言いながらもすでに何かを探す素ぶりで辺りを見ていた。彼女なりの調べ方で、まず目につくものを調べ、気になるものがあれば手に持ってじっくり観察する。そもそも気にならなければ、彼女は少しも気にしないのだ。
「マリア、終わったー。戻ろう」
「まったく。そうね、戻りましょう」
気が済むまで調べたミラと寒さに耐えていたマリアは教室に戻った。
「日差しってあったかいわね」
窓側の席に座っているマリアは窓の外を見ながら呟いた。彼女の近くにミラはいない。ちょっとトイレと言って、教室を出ていった。しばらくは戻って来ない。なぜなら、彼女の興味を引くものが教室の外には多くある。彼女が興味をひかれるということは、それに構わずにこの教室に戻ってくるということはない。あまり、とか、ほとんど、とか、そんな確率的な話ではなく、すぐ戻ってくるということは絶対にない。この世界に絶対はないと言うが、これだけは言える。ミラは絶対にすぐにこの教室に戻ってこない。
マリアが予想した通り、ミラが戻ってきたのは授業が始まる直前だった。彼女はマリアにその興味を引かれたことを話したそうにしていたが、教師が彼女を睨んでいたため、マリアが手ぶりで座ってなさいとやると大人しく言うことを聞いた。しかし、彼女は授業に身が入らず、ずっとマリアの方を見ていた。
「まったく。次は何をさせられるのかしら」
マリアはそんなことを小さな声で呟いて、ミラを見ていた。
「マリア、ちょっと付き合ってくれない?」
授業を終えた直後、ミラはすぐにマリアの元に移動した。授業終了のチャイムが鳴り終わる前にフライング気味に彼女は自分の席から飛び出した。それから何事もなかったように、今のセリフを言ったのである。マリアは少しだけ警戒した。
「何。もう寒いところにはいかないわ」
「いや、違う違う。いや、違くもないか」
「い・や」
「待って待って。話だけでも聞いて。面白い話なんだよ。学校の怪談なんだよ」
もしや、とマリアは思った。なぜなら、同じような話を少し前に聞いた気がするからだ。
「それでね――」
ミラはマリアの返事も聞かずに、彼女が聞いた話をした。マリアはやっぱりと思いながら、聞いていた。犯人はあの二人だろうか。まぁ、他の人も知っているだろうから、必ずしも彼女たちとは限らないだろう。
「ミラ、深夜の学校に侵入なんて駄目。犯罪よ」
「うーん。でも、このままじゃ眠れないし、気になって仕方ない」
「まったく。じゃ、先生と話してみるから。それで駄目だったら諦めなさいよ」
「無理だと思う、諦めるのは。だから、何とか説得してほしいです」
ミラは丁寧にお辞儀をしていた。
その日の全ての授業を終え、マリアは一人で職員室に向かっていた。ミラは付いていくと言っていたが彼女を連れていくと、説得なんてできないとマリアは考えた。なぜなら、まずは何かしらの失言をする。そして、それに対して教師は怒る。たった二工程だけで、深夜に学校に入ることを拒否されることは目に見える。それにミラの商店街などでの活躍は教師達も知ってはいるが、それ以上に校内での問題行動が目立っている。彼女は好奇心にだけは勝てない。そのため、どんな時間でも気になってしまうと、マリアが制することがない限り、必ずそのときに調べようとする。マリアが制しても時々我慢ならない時もある。それに制したところで授業が終わればすぐにそれを調べてしまう。そんな好奇心の塊のミラを連れていくのは本当に愚策と言える。策以前の問題ではあるが。
ミラを教室に留めておくための説得に労力を割いた彼女は職員室に着いた。
「あの、済みません。先生」
「お、どうした。優等生の方の鈴木」
「その呼び方、私じゃない方に失礼ですよ」
彼女が話しかけたのは、マリアのクラスの担任の教師だ。担当教科は体育で、長身である。細身だが筋力はあるようで、その気安さも手伝って力仕事があるときは、一番始めに駆り出されるような人である。しかし、素でふざけた言葉を話す男性でもある。今の優等生の方の鈴木も彼がふざけている証拠であった。マリアはこの担任なら少しは希望があるかもと考えていた。そもそも夜遅くに学校に入るなんて言うのは一般的な教師ならまず駄目だというだろうが、この担任なら少しは可能性があるかもと思って、交渉しに来たのだ。
「少しお話が合って」
「お、何の話だ?」
マリアは彼がしっかりと授業用のプリントを作っているところを見て、ふざけた態度だけど、しっかりと教師としての仕事はしているんだなと思った。しかし、それを言うためにここに来たわけではない。
「えっと、今日の夜なんですけど。ちょっと学校に入ってもいいですかね」
「何だ。季節外れの肝試しか?」
「まぁ、そんなところですかね。もちろん、私だけじゃないんですけど」
「俺も高校の時にやったなぁ。部活の顧問と一緒にやったわ」
「そうですか。じゃ、私たちのも認めて下さるんですか」
「そうだな。でも、俺だけで決めて良い事じゃないしなぁ」
やはり、そうか。どの教師だろうと、生徒を暗くなった学園にいれて、怪我でもしてしまうと問題になる。それを避けるために、根本から止めるのはどの学校でも同じだ。しかし、ここで引き下がればミラが本当に不法侵入してしまう。
「なんとかなりませんか」
「ま、ちょっと聞いてみるよ。それに俺が付いていけばなんともないかもしれないし。ちょっと外で待ってて」
そう言って、担任は他の教師に話に言った。外というのはこの職員室の外の事だ。当たり前だが、校舎の外側の事ではない。マリアは言われた通りに職員室から出て、担任が出てくるのを待った。マリア自身はもしかしたら今日中には無理かもしれないと考えていた。当日に急に校舎内に入れてくれと言われても、どうしようもないだろう。不法侵入を助けるしかないか。
「あれ、鈴木さんだ」
「どしたの、職員室に用事?」
マリアの前に二人の女子が立っていた。波川と阿部の二人だ。
「いえ、ちょっとね。ミラがどうしても夜の学校に入りたいっていうから、その許可を取りに来ただけよ」
「夜の学校?」
波川は首を傾げて、阿部はどこか納得したようにしていた。
「もしかして、依が学校の怪談のこと話したからじゃない?」
マリアはやっぱりと思った。しかし、いずれはミラ自身が見つけるだろうし、きっと彼女が言わなくても、誰かから聞くだろうから、時間の問題だったに違いないと彼女は考えていた。
「あー、もしかして、今日のあれかな」
「そうだよ。やっぱりこうなった。……ごめんね、鈴木さん。こいつが余計なこと言ったから」
「ああ、それはいずれミラ自身で見つけてきたと思うから、別に気にしてないわ」
「そう。ならいいんだけど」
阿部がそれじゃとその場を立ち去ろうとしたとき、波川はマリアをじっと見ていた。
「ほら、どうしたの。依、帰るよ」
「いや、ちょっと待って。鈴木さんと佐藤さん、もしかして、夜の学校に入るの。もし入るんだったら私も行きたい」
「あー、もう。あんた図々しいな。あんたのせいでこうなってんのに、余計な手間をかけるな」
マリアは少しの間考えて、こう言った。
「そうね。まず入れるかどうかわからないけれど、入れるなら、来てもいいわ」
阿部はその言葉に驚いていた。
結果として、担任が付きそうと言う条件で夜の学校に入ることは許可された。担任に夜の学校に入る人数を知らせて、夜の十時頃に校門前に待ち合わせになった。波川は喜んでいたが、阿部はどこか気乗りしない風だった。しかし、彼女は波川の面倒を見なくてはいけないと言って、付いてくることになった。探検の人数は担任を含めて、五人だ。
夜の学校というのは昼とはまた印象が違う。そこがまるで昔ながらの悪党のアジトのような雰囲気を感じる。
「みんな、揃ったー! じゃ、行こう!」
ミラが先に行こうとしたのを、マリアが無言で服の首の後ろを掴んで止めた。ミラ以外の三人は随分と強引な止め方だな、と思ったのだった。
「......よし、改めて。全員揃ったな。勝手に行動するのは無しだぞ。特に佐藤!」
担任がミラを指さしてそう言った。
それから、注意事項を話して五人は学校の中へ。
「結構暗いね。昼はあんなに明るいのに」
波川が辺りを見回してそう言う。校舎の中には月の光と非常口の電光だけが頼りで、かなり視界が悪くなっている。そのため、担任が懐中電灯を持っている。しかし、表面上は肝試しということになっているので、それは今、点灯していない。
「じゃ、一つ目。幽霊のいる部屋。改めて、話すと――」
幽霊のいる部屋。華彩園高校のある教室で幽霊が生活しているという噂で、夜にその場所を訪れると冷気に当てられて、魂を持っていかれるという話。そして、翌日の朝になるまでにその魂を抜かれた体は溶けてなくなると言われている。
「――っていう話だね」
ミラはその話を少しも怖がらずに、むしろ、楽しそうに話していた。マリアは自分が聞いた話はもう少し短かったかなと思った。まぁ、怪談に限らず人の話には尾ひれがつくものだからとマリアは自己完結した。
「というか、麻。私の服掴むのやめてくれない」
波川が阿部に向って言った一言である。
「あ、ああ。ごめん。無意識にその、掴んでた」
阿部ははにかんでそう言ったが、その手は服を掴んだままだ。
「あれー、もしかして怖いの、麻」
「意地悪しなくても良いでしょ。そうなの、怖いの」
「え、もしかしなくてもマジなやつ?」
「ふざけてないって。ほんとに怖いの。暗いの苦手」
「あ、あ。そっか、じゃ、手繋ごう」
波川の差し出した手を阿部が握った。
「こういうの見ると、ほっこりするよなぁ」
担任は二人を見て呟いた。
そんなやり取りをしている間にミラは進んでいた。ある教室がどこなのかすでに検討はついていたので、その足に迷いはない。ミラの後をマリアが、その後ろを担任が、更にその後ろに波川と阿部がいる。
「あと少しで幽霊の教室に着くよー」
後ろに続く四人にミラは声をかけた。
「ここだと思う」
その教室は校舎の二階にあり、現在は空き教室で、どのクラスも使っていないし、特別な時に使われるような場所でもない。つまり、普段は使われることのない空き教室だ。しかし、放課後なんかには生徒が友人と集まって話していたり、恋人同士がイチャイチャしていたりする場所でもあるので、規則では立ち入ってはいけないと言っている割には管理が甘い教室でもある。鍵はもともとついていない教室で出入りが自由という点も使ってしまう理由なのだ。
というわけで、彼女たちは鍵のかかっていないのを確かめるまでもなく、扉を横にスライドさせて開けた。
「さむっ」
その寒さに思わず、口に出したのはマリアだった。校舎裏に行った時もそうだったが、彼女は寒いのが苦手である。
「噂に違わぬ寒さね。もう出たいわ」
寒がりの彼女がそんなことを言う。実際、今いる五人ともその寒さを感じていた。寒がりの彼女だけでなく、全員が感じている。つまり、本当に寒いのだ。
「私、もう出る。幽霊いるよ、ここ」
阿部が入ったばかりだというのに限界を迎えていた。ここまで怖がっている友人をこのままにできないと思ったのか、阿部の手を引いて、波川は教室を出た。
「ほんとに寒いな。ジャンバー着てんのに寒い。なんか問題があるんだろうな。学校に報告しておくか」
担任はスマフォをつけ、問題をメモするようだった。マリアは、この人は意外と几帳面なのかもしれない、と思った。
「そう言えば、佐藤は商店街とかでなんか手伝ってるらしいな。その力でこの教室の問題ってわかりそうか」
担任はいたって真面目にそう問うた。
「すぐにはわからない。なんかきっかけがないと」
ミラはあたりを見回すのをやめて、黒板に近寄ったり、窓に近寄ったりしてきっかけを探す。マリアも何かないかとミラが探さなかった場所を探す。しかし、寒すぎて体が震える。何かを見つけられる状態ではなかったのだ。
今日からこの話が終わるまで、毎日投稿します!




