探検9
1-9
バザー会場は、予想を上回る喧騒だった。照りつける日差しが厳しい。自分の体力が無限ではないことを、ノームはよく知っていた。日差しにやられないように、大きい帽子をかぶってきた。ここで倒れたりしたら、将来の一人暮らしは夢に終わる。
「お嬢ちゃん。東の国の織物があるよ」
「そこの皆さん。歩き疲れたでしょ?飲み物を買っておいきよ」
客引きの声を聞きながら、アリスと手をつないで広場を散策する。牧草の香る町で育ったノームには、これだけの人混みは初めてだった。アリスは時々に立ち止まって、バザーに出品された魔女道具を値踏みする。
「このバザーはね、魔女道具が一番集まってくる市場なの。魔女学校があるからね。あら、珍しいお茶の葉が売ってるわ。買って行って、ステファンに淹れてもらおうかしら。いい?ステファン」
「ああ、これは北の台地で取れる葉っぱだね。鼻をツンと抜けるような風味があるんだ」
「買って行きましょう。おじさん、お金置いてくわね」
そう言うと、アリスは銅貨を置いて商品を取り上げる。その様子を見もしないで、店主が毎度ありと返す。随分と適当な仕組みだ。
「ノームは何か欲しいものはある?」
「私、本を見たいわ」
「学術書から神話まで、古今東西の本があるわよ。シリーズ物が中々揃わないのが難点だけど。この市場は一期一会だから、狙ったものを買うっていうのは難しいの」
アリスの言う通り、色々なものが揃っていた。その中からノームは、伝説の魔女ヒートの伝記を二冊買った。ヒートの伝記はいくつか持っている。ヒートの伝記は、色々な場所で色々な時代に、色々な人が書いている。新しいものが手に入り、ノームは上機嫌だ。鼻歌交じりで歩いていると、奥の露店から声が聞こえてきた。
「さあ皆さん。伝説の魔女ヒートの魔術書が入ったよ。今だけだ」
声を聞き、アリスの顔色が変わる。三年の付き合いになるノームも、初めてみる表情だった。ステファンが様子を察して、声をかける。
「どうしたんだい。アリス」
「あの露店の言葉が本当なら、調べないといけないわ。ヒートの魔術書には便利な魔法から強力な魔法まで書かれてる。偽物も多いけど、危険だから有志の魔女たちが収集してるのよ。悪いけど、木陰のベンチで待っていてくれる?」
真剣な言葉に、ノームとステファンは一も二もなくうなずいた。
「すぐに戻ってくるから。体調を崩したら筒を開けるのよ」
「分かったわ。お仕事頑張ってきてね、アリス」
軽く手を振ると、アリスは小走りで露店の方へ向かって行った。