探検7
1-7
パン屋に着く頃には、辺りは暗くなっていた。アリスが下宿していた頃から変わりがなければ、そろそろ店が閉まる時間だ。
「失礼します」
律儀に挨拶をしながら、アリスがパン屋の扉を開ける。ノームの鼻腔を、パンの香りがくすぐった。カウンターで本を読んでいた女性が顔を上げ、その顔をほころばせる。
「久しぶり、アリスちゃん。待ってたわよ。手紙が来て嬉しかったんだから。先月も東の岩山に来たっていうのに、顔も出さないんだから。でも、元気そうでよかったわ。一年ぶりだものね」
「すみません。先月は余裕がなくて。来よう来ようとは思ってるのですが、中々時間を作れずに」
「いいのよ。あなたが魔女の仕事に責任を持っているならそれが一番。この町から出て行ったときはあんなに緊張していたのに、馴染めたみたいでよかったわ。あ、こんなところで立ち話させちゃ悪いわね。夜ご飯は食べてきた?」
「夜ご飯はまだです。頂いてもいいですか?お金は支払いますので」
「何言ってるのよ。お金なんて、水くさい」
「でも、私だってお給金をもらっているんです。ものを貰ったなら払わなくちゃ」
「いい?アリスちゃん。礼儀正しい事と思いやることは同じじゃないのよ。あなたがお金を払わないでいてくれれば、私たちとあなたは家族として居られる。でも、あなたがお金を払うのなら、私たちはお金で繋がった関係になるの。お金で繋がって、お金がなければ離れちゃう関係。私たちはあなたを娘のように思ってるつもりよ。それとも、あなたはそんなつもりはなかった?」
「でも……」
続けて、おばさんはノームに視線を向けた。
「あなたも、私の娘の親友として、食べて行ってくれるわよね」
ノームはおばさんを見ながら、くすりと微笑んだ。
「そう言われたら仕方ありませんわ。おば様の料理の美味しさは、アリスから何度も聞いています。頂いてもよろしいかしら」
目上の人間と話すとき、ノームはとても丁寧な言葉遣いをする。それで居ながら、大人の庇護欲をそそる程度にいたずらっぽく、図々しい。これは大人に囲まれて育った、彼女の処世術だった。
「それじゃ決まりね。ほら、食卓に向かないさい。荷物は部屋において来ていいわよ。あなたが住んで居た部屋、今も空いてるから」
こうなるともう決まりだ。人の良さと押しの強さは、昔から全く変わらない。アリスがそんなことを考えていると、住居のある二階から降りて来る気配があった。
「アリス、来てたのか」
「ステファン!」
細長いのっぽに眼鏡をかけた、パン屋の息子だった。