探検5
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魔女学校の町へ向かう馬車の中で、アリスは一人ため息をついた。先月も町を空けていたのに、また暇をもらってしまった。町の魔女がこれでよいのだろうかと不安になる。三日間の滞在とはいえ、町のことを思うと気が気ではない。とはいえ、一番の心配の種であるノームは自分の側にいるのだ。非常時のための薬も、十分に町に置いてきた。よっぽどのことがない限りは問題はないはずだ。
ノームの親は、魔女学校の町へ行きたいという彼女の願いを快諾した。彼女の父であるヘクターは、元々聡明な人物だ。ノームがいつまでも箱入りのままでいいとは思っていない。嫁ぐにしても、最低限の見識は必要になる。不幸があったならば、自分一人で生きて行く技能も必要になる。これまでは病気で安易に連れ出す訳にはいかなかったが、今はアリスがいるのだ。ヘクターにとっても、これはノームに成長を促す良い機会だった。ヘクターは町の有力者で、町民からの信望が厚い。ノームも、町中の人から実の娘のように可愛がられている。だから、今回の旅でアリスのことを悪く言う町民は誰も居なかった。
「ねえ見てアリス、羊が居るわ。ここは羊毛の産地なのね」
生まれて初めて乗る馬車に、ノームは上機嫌だ。田舎町と魔女学校の町をつなぐ数少ない定期便で、他の乗客はまだ乗っていなかった。夏の始まりを予感させる乾いた風が心地いい。
「そうよ。羊の乳も取れるの。この辺りは水が少ないけど牧草が豊かだから、牧畜が盛んなの。首都で使われる羊毛は、大抵この辺りのものなのよ」
「羊の乳?飲んでみたいわ」
「いいわよ。帰りに買っていきましょう。搾りたての羊の乳の美味しさ、あなたも知っておかなきゃね」
そう言うと、ノームは幼少の子どものように喜んだ。無邪気に喜ぶノームの様子を見て、アリスは目を細める。ノームの体は、あの町に赴任してからずっと診てきた。彼女の発作がどれだけ苦しいかも、日常生活の中でどれだけの不便を強いられるかも、彼女の体が雄弁に語ってくれる。それなのに、彼女は泣き言一つ言わずにそれに耐え続けていた。親に心配をかけないように、町の人に心配をかけないように、彼女はいつでも何でもないような顔をし続けた。そんな彼女が、感情を剥き出しにして喜んでいる。それは、アリスだけに見せる表情だった。