探検1
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ノックの音が部屋に響く。部屋の主であるノームは、読んでいた本を閉じる。
「入ってください」
「失礼します」
いつもの事とはいえ、よそよそしい挨拶が少しおかしい。アリスは診療道具の入ったバスケットを机の上に置く。
「大丈夫だった?何か変わったことはない?ごめんね、一ヶ月も留守にして。隣町のお医者様に頼んだとはいえ、あなたの病気は繊細なのに」
アリスは手際よく、それでいて穏やかに、ノームの体を確認する。魔女の診察は医者の診察とは種類が違う。自分の患者を医者に任せるという事自体、アリスは気が気ではなかったのだ。一年程前に彼女が二週間ほど町から離れたとき、ノームが発作を起こしたことがある。アリスの帰還があと二日遅ければ、ノームは今ここには居なかったかもしれない。
「アリス、今度の旅はどうだったの?」
「よくないわね。相変わらず、ヒヤクソウの原産地は荒らされたまま。なんの動物が原因なのかも分からない。あなたを置いてまで行ってきたのに。情けないったらないのだけど」
隣町の医者が置いていったカルテをパラパラと見ながら、アリスは申し訳なさそうに答える。
「あなたの分のヒヤクソウが失くなることはないけど、このままでは値段が高騰するかもしれない。あそこはかなり大きい原産地だったから」
ヒヤクソウは薬草の原料だ。魔女の薬草は、大体全てヒヤクソウを使って作られる。ヒヤクソウを乾燥させ、粉にして、すり鉢に入れて混ぜながら魔法を込める。ヒヤクソウを媒介にすることで、魔女の魔法は体に届くのだ。
「今度の旅の話聞きたいな。ヒヤクソウの原産地ってどんなところなの?」
「魔女学校の更に東、突き出した岩山の更に上に原産地があるの。ヒヤクソウっていうのはたくましい草だから、高地の岩と岩の間にひょこっと生えてて、取りに行くにはかなり体力が必要なのよ。魔女学校の生徒がバイト代わりに取りに行ったりするわ。私も学校にいた頃は、よく行ったの。イノシシが出たりして大変だったんだから」
「いいなあ、私も取りに行きたい。ヒヤクソウ」
「もうちょっと体力つけて、原生地が安全だって分かったら、私と一緒にね」
アリスがノームの歳には、アリスはそんな冒険をしていたのだ。魔女学校に通って、岩山を登って、薬草を集めて、イノシシと対峙して。そんなアリスが、ノームは素直に羨ましかった。