4. 宙を舞う
「何?」
「あの、新橋さんから伺ったんですけど、フルコン空手とテコンドーをやっていらっしゃるんですよね。
もし、よろしければ、お時間あるときに、蹴りを見せていただけないですか?」
「蹴り?」
「あ、よろしければ、で、いいんですが」
和希が少し考えこんだのを見て、彼は少し慌てたようだ。
「すみません、道場を離れてらしたんですよね。
ごめんなさい、無神経なことを…」
「いや……ケガでやめたとかじゃないから」
どちらかというとその時和希が考えたのは、
(どの蹴りが一般人から見て『映える』んだろ?)
ということだった。
ただ、『映える』蹴りをして見せるには、複数人で試割の板を支えてもらったり、高いところに的を固定する器具なんかが必要だったりするのだ。
的がないと単なる足上げ回転ジャンプに見えてしまったりする。
まぁでも、いま見せられる蹴りを見せるしかないか。
そう和希が心中で割り切ったとき、部室から河原に持ってきた、練習道具の袋が視界に入った。
そういえば、捨てるつもりのものが、まだあった。
「今、少しなら時間あるから」
「え?」
袋のそばに寄ると、和希は中身をひっくり返した。
「蹴りを少し、見せてあげる」
しゃもじの、すくう面が大きくひらたく膨らんだような形の、黒く平たい物体ふたつを拾いあげ、慶史に渡した。
少し弾力がある。
「な、なんですか、これ……」
「キックミット。
ここを握って持って。
こっちのまるいところを蹴るの」
しゃもじの持ち手部分にあたるところを持ちながら、蹴る個所をぺしぺしして見せた。
「これを縦に持ってさ。体から離し気味に、片方は自分の顔より高い位置でキープ、もう一つは中段に。
適当に後ろに下がっていってくれないかな」
「え、えええ? あの、このミット、俺が持つということですか…?」
「大丈夫。
こっちで距離調節して、全部的を外さずに蹴るから。
こんなふうに」
そう言って彼にミットを1つ、顔の高さで持たせる。
和希は、前後に広げ気味に足を置くと、背中側からくるんと回って後ろに高く高く振り上げた足のかかとで、
パアアン……
と音を響かせて蹴って見せた。
「わぁぁ……
綺麗な蹴りですね……!!」
目の前を通りすぎていった蹴りに、後輩は感嘆の声をあげる。
「すごいです……!!
後ろ回し蹴りがこんなに高く蹴れるんですね!!」
もっと高く蹴れるけど、という言葉を和希は飲み込んで続けた。
「これを入れた連続蹴りをしたくて、さっき言ったみたいにミット持っててほしいんだ。
それで、もしできるなら、一番最後はこう持ってくれる?」
と、前方に手を伸ばして頭の高さより高くミットを持つ真似をして見せた。
そうして2つのミットを渡されて、まだやはり戸惑い顔の慶史だったが、和希はかまえた。
彼がどんなに下手にミットを持っても、外さずきちんと蹴る自信はあったから。
前後に足を開いて体を横向きに。両手は下げる。
慶史は慌てて、言われた通りにキックミットを持つ。
「ゆっくりめに蹴るね。
一発めが回し蹴り、二発めが360°回転しての回し蹴り、三発めが上段後ろ回し、で左右両方蹴るから。
できるようだったら最後はミットを正面に」
慶史がうなずくと同時にスタートした。
パアン、
パアン…
……といい音を立てる和希の蹴りに、おたおたしながら、後ろに下がっていく慶史。だが、上段への後ろ回し蹴りの際にはちゃんと中段のミットを引いていたのに和希は感心した。
もちろん、和希もジャンプなどしながら距離の調節はしたのだが……。
最後はかかと落としで締めようと思ったのだが、思いのほか慶史が正面にミットを構えた 位置が低くて(慶史の顔の高さぐらい)、ちょっともの足りない感じがした。
そのとき、ふと思いついたことがあって……
「ミット、できるだけ体から離して」
声をかけるなり和希は後ろを向く。
その背中方向、つまり慶史の方に向けて。
背面跳びのように高く、跳躍した。
「わっ!」
今井慶史が驚きの声をあげる。
空中で余裕でバック宙すると足の甲でミットに蹴りを落としていた。
ちょっと強すぎたか、音を立ててミットを叩き落とす形になった――――。
すとっ、と、地面に着地する和希。
きれいに蹴れた気持ちよさを味わいながら。
「……あ、ごめん」
手をおさえている慶史に気づいて、和希は謝った。
やはり少し痛かったか?
「あ、や、いえ、大丈夫ですけど……
さ、最後の、びっくりしました……
なんですか、あれ……?」
「いや、まあサマーソルトキックだよ」
『サマーソルトキック』。後方に宙返りする見せ技である。
型や基本蹴りのけいこはさぼりがちな和希だったが、この手のアクロバティックな技は大好きでよく練習していたのだ。
実際今も楽しかった。
後輩の目がキラキラしているのを見て、和希は静かな満足感を得た。
(今井くんがもし望むようなら、またやって見せてあげても………)
…………ふと、気づいた。
他の部員と見学者たちが、ぽかーんとして和希たちを見つめていた。
(………………あ…………)
しまった。
一瞬おいて、和希は己の失敗を痛感した。
思い切り注目をあつめている。
新年度早々、こんなに目立つ曲芸キャラになるつもりは皆目なかった。
地味に隠れていたかったのに。
その原因となった慶史は、ひっそりと後悔する和希の内心には気づく気配もなく。
微笑みながらキックミットをそろえてこちらに手渡してくる。
「ありがとうございます。すごいですね!
始められてどれぐらいなんですか?」
「あ、その……12歳の時から」
「黒帯なんですよね?」
「いや、テコンドーは赤帯。黒の前。
フルコン空手の段は持ってるけど……」
やや引きながら、和希はキックミットを袋にしまう。
「キックミットは、道場とかで使っていらしたんですか?」
「いや、違うけど……これはもう捨てるから」
「え?」
ハッとしたときにはもう言葉は口から出てしまったあとだった。
どうも自分は動揺していたらしい。
勢いで、余計なことまで口を滑らせてしまった、と内心舌を打ちながら、和希は道具袋の口紐をキュッとしめた。
怪訝そうな目でこちらを見る後輩。
とはいえ、隠すつもりもないことではあるし。
和希のことは部内の誰かが1回生に言うかもしれないし。そうだ、大したことではないだろう。これぐらい。
和希は続けた。
「元カレからもらったものだから」
◇◇◇




