サツキのオトモダチ
―タチバナ サツキ―
「いってきます」
例の不審者事件から1週間後。
今日は学校再開初日であると同時に、家族会議が開かれる日だった。
やっぱりわたしは警備団に入りたい。
わたしだってお母さんの娘なのだから頑張ればきっとなんとかなる。
最初は反対されるかもしれないけどわたしが真剣だっていうことをきちんと訴えればわかってもらえるはずだ。
あの時のわたしのように怖くて怖くてたまらなくて・・・助けを求めている人がこれから現れるかもしれない。
そんなときにただ見ているだけなんて嫌だ。
手を差し伸べるためには強くならなくてはならない。
それにしても瞬間移動ってどうやるんだろう・・・。
考え事をしながら歩いていたからだろうか。
曲がり角から人が来ていることに気づけなかった。
ドンッ!
人にぶつかった衝撃でわたしはしりもちをついてしまった。
「いたた・・・」
「ごめん、大丈夫かい?」
見上げるとフードを被って顔がよく見えないけど、わたしと同年代くらいの男の子?が手を差し伸べてくれていた。
声が少し高くて正直男の子なのか女の子なのかわからない。
・・・・・?
「あ、ありがとうございます」
その子は軽く手を振るとそのまま歩いて行ってしまった。
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教室へ着くといきなり声をかけられた。
「サツキちゃんおはよう!」
わたしの親友、カエデちゃんだった。
髪を側頭部で結っている、いわゆるサイドテールで元気いっぱいのわたしたちのムードメーカーだ。
「ん、おはよう」
「ねえねえ、サツキちゃんのお母さんすごかったね!」
きっと不審者を撃退・・・というか吹っ飛ばしたときのことを言っているのだろう。
尊敬するお母さんのことを褒められてわたしも鼻が高かった。
「今日サツキちゃんの家に遊びに行ってもいいかな」
「もちろんいいよ」
二つ返事で了承した。
話の流れからしてわたしのお母さんに会いたいのかな。
唐突なのはいつものことなので特に気にはしなかった。
「ねえ、アオイも一緒に行こうよ!」
カエデちゃんが声をかけた先には真っ黒ショートヘアで少し大人しめな雰囲気のアイザワ アオイちゃんが座っていた。
「わたしもいいの?」
「おっけー」
トモダチを家に招待するのを拒む理由が見つからなかったのでもちろん了承した。
やっぱりみんなお母さんに興味があるよね。
なんたって学校を救ったわたしたちのヒーローなんだから。
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放課後になり、わたしたち3人は校門をくぐって早速わたしの家に向かっていた。
すると前方に見覚えのある人影が見えたので声をかけた。
「ワタルくーん」
「ん?」
クラスメイトのワタル君がこちらを振り返った。
せっかくだし誘ってみようかな。
「今からサツキちゃんの家に遊びに行くんだけど一緒に行かない?」
カエデちゃんが勝手に誘っていた。
まったくいつもいつも・・・。
そう思いながらもわたしはフフッと笑っていた。
「僕がお邪魔してもいいのかい?」
「いいよいいよ大丈夫」
どうせいつものことだし。
結局わたしたちは4人で下校することになった。
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「ただいまー」
「「「おじゃましまーす」」」
「お?おかえり・・・」
家に着くといつも通りお母さんが出迎えてくれた。
少し驚いているようだけどどうしたのだろう。
「えーと、この子たちは・・・」
いくらなんでも忘れっぽいにもほどがあるよお母さん!
「カエデちゃんとアオイちゃんとワタルくんだよ、クラスメイトの」
「あ、あー・・・サワノさんとアイザワさんと・・・」
「カワノですよ」
ワタルくんがそう答えていた。
トモダチ3人は笑っていた。
きっとお母さんの様子が可笑しかったのだろう。
というかみんなお母さんの髪の色については全く触れないんだ。
以前授業参観に来たときは黒髪だったのに1週間後にあったら真逆の色になってたら多少のリアクションがあっていいはずだけど。
それにしても・・・少し、ほんの一瞬だけお母さんが目を細めたのは気のせいだろうか。
お母さんがスナック菓子とジュースを用意してくれるというのでみんなでリビングのテーブルに着いた。
するとカエデちゃんが飾ってある写真を指差しお母さんに問いかけていた。
わたしが生まれたばかりの写真で、お父さんとお母さんとわたし、そしてもう一人。
赤みがかった髪の色をしており、身長はお母さんよりも少しだけ高く、すごく柔らかい表情の優しそうな女性が写っていた。
「この写真のこっちの人って誰なんですか?」
「え?えーとこの人は私のお姉さんみたいな人で・・・昔すごくお世話になっていてね、ビデオカメラで私のことをひたすら撮るのが趣味みたいな人で・・・あ、でも怒るとすごく怖いよ」
右手人差し指を立てながら説明していた。
「へぇ」
カエデちゃんは聞いておいて全く興味を示していないようだった。
お母さんは「あ、興味なかったかー」とでも言いたそうに困り笑顔を浮かべていた。
「あ、こっちの人は?」
しかし、立て続けに別の質問。
今度は・・・
「そっちは私の旦那で・・・今はお仕事で家にしばらく帰ってきてないけどね」
「そうなんだー!どこに行ってるんですか?」
あれ、さっきとだいぶ反応が違う。
あ、男の人に興味が・・・ってだめだよそれわたしのお父さんだよ。
ひとしきり話した後にお母さんは洗濯機の方へ洗濯物を取りに行った。
なんでこんな時間に洗濯しているのかというと、わたしが学校に行っている間、お母さんも出かけていたからだった。
本部には最近顔を出していたばかりだし、いったいどこに行ってたんだろう。
「サツキー、ちょっと手伝って―」
「あ、呼ばれちゃった・・・。みんなわたしの部屋で待ってて」
お菓子もなくなったのでみんなにわたしの部屋の場所を教えてお母さんの元へ向かった。
「お待たせ。この時間から外には干せないから部屋干しかな」
「ねえサツキ」
あれ、どうしたんだろう。
「どうして・・・」
え?
「どうしてお母さんに嘘をついたの?」
なにを・・・。
お母さんなにをいっているの・・・?
わたしが動揺している間もお母さんはまっすぐこちらを見つめている。
「出席番号1番」
「・・・え?」
「アイザワ アオイちゃん・・・あの子、あの日男の人が刺されたところを直接目にしていたみたいだけど、無事に立ち直れたようでよかった」
・・・?
「出席番号8番、サワノ カエデちゃん・・・元気な子だよね。あんな子がサツキの友達で、家にまで連れてくる仲だなんて知らなかったけど・・・お母さんはうれしいよ」
・・・え?・・・え?
「でもねサツキ」
やめてよ・・・。
「もう一人の子」
やめてよお母さん・・・。
「あの男の子はいったい誰なの?」
何が言いたいの・・・?
「サツキはあの子をクラスメイトだって説明してくれたよね」
説明したよ・・・だってトモダチだもん・・・。
「でもお母さんが授業参観に行ったとき、あんな子はどこにもいなかった」
「あの日はたまたま欠席で・・・」
そう、休みだった。
たしかワタルくんはその日風邪で・・・。
「あの日欠席だったのはね、出席番号9番と11番なの」
・・・うるさい・・・。
「そしてあの子の名字はカワノだったよね」
うるさい。
「サツキの番号が10番だから11番はまずありえない」
うるさいうるさいうるさいうるさい。
「残る9番だけど、8番がサワノだから頭文字がサからタの間じゃないとおかしい」
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
「だからねサツキ・・・」
「うるさい!なんでそんなこというの!?わたし嘘なんてついてないもん!お母さんなんて知らない!大っ嫌い!!!」
わたしは駆け出した。
途中でお母さんに呼び止められたけど無視した。
お母さんなんて・・・
お母さんなんて・・・
―――――――――しんじゃえばいいんだ――――――――――