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専業主婦になります!  作者: まとまと
第一章 これが専業主婦の日常
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偽りの自分

―タチバナ ヤヨイ―


「っていうことがあって・・・」


サツキが自分の部屋に入ったことを確認してから私も自室に入り、ベッドの上でタツミ・・・私の夫と電話をしていた。

話の内容は、今日魔薬中毒の疑いがある不審者がサツキが通う小学校に侵入してきたこと、その不審者がサツキを襲おうとしていたのでぶっ飛ばしてやったこと。

そして、サツキが私の姿を見て強いあこがれを抱いてしまったこと。

ついでにジンに悪態をつかれたことも話してやった。


「やっぱそうなったかー」


伸びをしながらタツミはそう言った。


「やっぱってなに」


こうなることを想定していたのか、私は問いかけたけど帰ってきた言葉は「なんとなくだけど」

えー、なんとなくなんだ・・・。



私たちはサツキが生まれる前からあることを決めていた。

そのあることとは子供の好きなようにさせるということ。

なにかやりたいことがあればやらせてあげるし、将来の夢ができたら全力で応援する。

もし・・・能力者の強制入団制度が廃止された今、それでもなお入団を希望した場合は背中を押してあげると。


「それにしても・・・ヘマしたな」


笑いながら彼はそう言った。

なんだかんだ言ってサツキはお母さんっ子だ。

これは決して自意識過剰というわけではなく、小さいころからいつも夫ではなく私の後ろを着いて歩いていた。

そんな子が私のかっこいい姿を見てしまったら憧れを抱いてしまうのも無理はない!

そう!普段のアレはすべて演技で・・・!!


「おーい、どうかした?」


私の様子が変なことに気づいたのか声をかけてきた。


「別に・・・」


口を尖らせてささやかな抵抗を見せた。

何に対して抵抗しているのか自分でもわからないけど。



サツキが「お母さんみたいになりたい」と感じた時点で団に興味を持つのは時間の問題だった。

まさか「お母さんみたいな普段はすごいドジだけど誰かのピンチに颯爽と駆けつけるかっこいい無職のヒーローみたいなことがしたい!」という意味ではないだろうから。


両親が能力者の場合、ほぼ確実にその子供も能力を発症する。

そのため、入団を希望すればおそらくサツキは晴れて団の一員になることだろう。


私は正直反対だった。

一生私があの子の傍にいて守ってやりたい。

どんな危険が襲ってきても私が盾になって守ってあげる。

そのために団を抜けることを決意したのだから。


でもそれだとあの子の為にならないし、守られるだけの人生なんてきっといつか後悔することになる。

そのジレンマが私の精神を蝕んでいた。


そんな私に対して夫はすごく楽観的に見えた。

やりたいことができたら好きにやらせてあげよう。

言いたいことは理解できたから反論できなかった。


恐らく私と夫では子供時代に育った環境が違うからだろう。

私は幼いころから父親や周りの人間からひどい仕打ちを受けていた。

夫は生まれた時から能力を発症していたため、入団を強制され、選択の自由がなかった。

そのため、私は自分と同じ思いをしてほしくなかったからサツキが物心つく前から構い倒していたし、夫は基本的に放任主義だった。

両親ともに「こういう生活を送りたかった」という希望を自分の子供にさせてあげようという思いでサツキに接していた。


「まあとりあえず次の休みは一週間後だな」


彼はそう言った。


「そんなに忙しいの?体の方は大丈夫?」


私がなぜこんなに心配しているのかというと、某テロ集団の残党処理が今の夫の仕事だったからだ。

他の団員と交代で休みを取っており、夫の休みの番が来るのが一週間後ということだった。


「・・・」


なぜ黙る。

もう一度私が口を開こうとすると


「そんなに気になるか?」


え、なに?

それは確かに気になる・・・っていうか気になるから聞いたんだけどそんなにもったいぶるようなことが今おこって・・・


「草刈り」

「・・・は?」

「草刈り」

「いや、聞き取れなかったわけじゃなくて」


なにを言っているんだ私の旦那様は。


「今日一日草刈りやってました」


聞くところによると暇で暇でしょうがないらしい。

夫の能力は偵察には向いておらず、基本的には出番が来るまで警備団支部待機。

あまりにも暇だったので運動がてら身の丈ほどもある剣をぶん回して草をひたすら刈っていたという。


「そんなに暇だったら帰ってくればいいのに」


私は笑いを堪えながらそう言った。


「いや、俺が離れたときにやつらが現れたらどうするんだ。ていうか笑うな」


堪え切れていなかった。

どうやらまた家族三人同じ屋根の下で生活できるようになるのはまだまだ先の話になりそうだった。



「絶対無事で帰ってきてね、じゃあおやすみ」


あらかた話したいことは話したので私はそう言って電話を切った。

あの人なら大丈夫だとは思うけど・・・。


私はいつものようにケータイのアラームを確認してから眠りについた。



--------------------


夫との電話から2日後、私は本部に足を運んでいた。

昨日美容院に行って本来の色に近いものに髪を染めたので周りから少々注目されていた。

サツキにはああ言ったけど、10年以上も黒かった髪をいきなり白にしたせいか、やはり周りからの視線が少し気になる。

元の髪の色を知らない人も今では大勢いるということも分かっていたため余計気になった。



現在警備団は能力者の人手不足に陥っている。

理由は入団が志願制になったこと、これに尽きる。

やめたいひとはやめていったし、能力を発症しても入団しない人はいくらでもいた。

その代わりというわけではないけど、入団せずに能力で好き勝手やってる人がいれば、団によるきついおしおきが待っていた。


私も一応能力者の端くれとしてこれまで何度か団の、いわゆるお手伝いに来ている。

今日の任務は・・・


「ま、また闘技場の耐久テストか・・・」


闘技場とは警備団にある施設の一つで、簡単に言うととんでもなく丈夫で地面が石のタイルでできた小さめの野球ドームみたいなものだった。

ただ、一般的な野球ドームと違う点は、魔力による結界があることだった。

正確には場内と観客席の間に強化ガラスで挟まれた結界があり、今回お呼ばれされた理由はこのガラスの耐久テストだった。

ちなみに野球ドームで例えただけあって実況席もあったりする。


「さて、サクッと終わらせますかね」


私は用意されてい魔石でできたボールを手にし、強化ガラスに向かって投げ続けた。



--------------------



「いったた・・・これ筋肉痛確定かな・・・」


300回もボールを投げ続けたため右肩がかなり痛い。

報酬は弾んでもらはなくては・・・。


「っていうかこれってやっぱり専業主婦ではなく・・・」


そんなことを考えながら食堂に来ていた。

たくさん運動したのでお腹が減っている。

お昼にするにはまだ早いけど少しだけ何か食べていこうかな。

とりあえずいつもここに来ると食べているサンドウィッチとプリンの食券を買おう。

そう思って券売機の前に来たところで少々背が高く小太りで眼鏡をかけた男性に声をかけられた。


「お、久しぶりだなぁ」


(げっ・・・)




私は後悔した。

さっさと任務を済ませて家に帰ればよかった。

聞こえなかったふりをしてこのまま立ち去ろうか。


「今からお昼?よかったらおごるよ」


いや、券売機の前で財布を持っている時点でその手は通用しない。

そもそももうすぐそばに来てしまっているわけだからさすがに「聞こえませんでした」は無理があった。

ここは・・・。


「あ、どうもお久しぶりです!ではお言葉に甘えて・・・」


両手を合わせ無理やり笑顔を作って見せた。



私はこの人のことが苦手だ。

今日はたまたま機嫌がよかったみたいだけど、この人は日によって人への当たり方に天と地ほどの差がある。

特に私に対してはなにかと構ってくることが多く、周りの人からも憐みの目を向けられていた。

名をハセガワ ミチル と言い、魔力こそ使えないものの警備団の重役として活躍している。

仕事ができる方なのでなおたちが悪い。

そして、今は魔薬取り締まりの責任者を務めているらしい。


食事をしながらいろんなことを話した。

というより一方的にいろいろ聞かれていただけのような気もする。

娘や旦那はどうしているか、髪の色のこと、体の調子。

私は時には大げさに反応してみたり、わざと少し薄めの反応をとってみたり、相手を飽きさせないように緩急をつけて返事をしていた。


嫌いだった。

もちろんこの人のこともだけどそれ以上に私自身のことが。

こんなに人のご機嫌をとったり自分を偽って人と接したりなんてこと本当はしたくない。

しかし、長年この人と一緒にいて導き出した一番の答えが今の私の姿だった。

もしここで私がこの人のことを蔑ろにし、そっけない態度をとれば今後の私への当たりは強くなってしまうし、周りの人にも迷惑がかかる。

自衛のためには仕方のないことだった。

こんな姿、サツキには絶対に見せたくない。


「ところで・・・ご両親は元気にしているかな?」


両親・・・ね・・・


「どうでしょう・・・実家をでてかなり経ちますし、連絡もとっていないので」


・・・あれ?なんでこの人私の親のことなんて気にするんだろう。


「そうか・・・それにしても君、お母さんに似てきたなぁ」


この人今何て言った・・・?お母さん?


「母のことを知っているんですか!?」


思わず立ち上がっていた。

私が物心つく前に行方不明になった母さんのことをこんなところで耳にするなんて思いもしなかった。

ハセガワさんは目を見開いて驚いてしまっている。


「ご、ごめんなさい・・・。私の母は・・・私が小さいころにいなくなってしまって・・・その・・・」


自分でもどう言っていいのかわからなかった。

何が言いたいのかすらわからなかった。

この人から母さんの情報を聞いて探し出したいのか、そもそも30年近く前に失踪しているので生きているのかすらわからない状態で私はなにがしたいのか。


「すまない・・・」


申し訳なさそうにハセガワさんはそう答えた。

この人はなぜ今謝ったのだろう。

嫌なことを思い出させてしまってすまないということなのか、君に与えてあげる情報は何もないという意味でのすまないなのか。

とりあえずここは悲しい顔をして早々に立ち去るのが正解かもしれない。


「ご、ごちそうさまでした。その・・・おいしかったです。ではまた今度・・・」


「今度」なんて二度と来なくてよかったけど一応付け加えておく。

そんなことを考えている自分に嫌気がさした。

それに、ここにいるのが嫌だからと言って母さんを出しにして立ち去ろうとするなんて最低だ。

私は大きくため息をついて食堂をあとにした。

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