かつて見た悪夢
―タチバナ ヤヨイ―
「ここで間違いないんだよね」
「たぶん・・・ね・・・」
道場の内部が怪しいと踏んだ私は、サツキと共に入り口まで来ていた。
この建物は外観からして、すでに主を失って数十年は経っている空き家を思わせるほど老朽化が進んでいた。
入り口前の柱や樋にはツタが巻き付いており、窓に付いている格子は錆び切って所々折れてしまっている。
こんな建物が町や村の外れにあったら、近所の子供が肝試しのスポットの候補としてあげられること請け合いだろう。
「あ、あれ・・・。お母さんここ鍵が掛かってるよ」
サツキが言う通り、木製の両開きの扉には鍵が掛けられていた。
扉の取っ手に錆びた鎖がかけられており、その中央を南京錠で繋いでいるという状態。
いくら錆びているとは言え手でこじ開けるのは骨が折れそうだし、かといって鍵がどこにあるかなんて私が知るはずもない。
だったら・・・
「サツキ。ちょっと離れてて」
「う、うん?」
サツキが扉から離れたことを確認してから睦月を召喚し、扉を傷つけないよう鎖を目掛けて振り下ろすと思ったよりあっけなく破壊することができた。
「扉は傷ついた様子なし・・・っと。よしよし、さすがにそこまで鈍ってはなかったか」
「よしよし。じゃないよ!なんでいきなり壊しちゃうの!?」
両腕を掴まれて愛娘に詰め寄られていた。
必死になってるサツキも可愛いけどやっぱり先に私がこの行動を起こすに至った理由を説明するべきだったか。
「いいサツキ。これは異常事態だよ。だから私たちはなぜ魔力が地下に充満しているかどうかを調査しなければならない」
「う、うん」
「お母さんは鍵の在り処を知らないから姉さんに訊くしかない。でもそのために起こすのも悪いし、この中に何があるかわからないから姉さんを危険に晒すような真似はしたくない」
「うん」
「そしてわざわざ鍵を開けるのがちょっとめんどくさい」
「・・・なんか最後に全てが集約されてる気がするんですけど・・・」
うんうん。
これで少しはサツキの不安や緊張を拭えたかな。
緊急時でのそういった感情は判断を著しく鈍くさせる。
適度な緊張は感覚を研ぎ澄ますというけど、それが行き過ぎるとここぞというときに頭の中が真っ白になって身動きが取れなくなる。
この中に何があるのかわからない以上、本当は一人で入りたかったところだけどサツキも今は団員。
この先団員として生きていくうえで同じようなことがあるかもしれないし、これも一つの経験だと思いながら慎重に扉を開けた。
ギイという古びた木製の扉から出る独特な音を聞きながら道場の中を見渡す。
この建物の中に魔力は感じられない。
気になったところと言えば、入ってすぐ横にある下駄箱が蜘蛛の巣だらけだということと、いつも隅や端の方に畳んであった布団が今は跡形もないことくらいだった。
「・・・」
「お、お母さん大丈夫?」
「大丈夫だよ。お母さんが先に入るからね」
「わ、わかった」
ここまで来てやっぱり入りたくないなんてかっこ悪すぎる。
それに何があるかわからないのにサツキを先に行かせるわけにはいかない。
・・・と思いながら入ったけど見た感じ怪しいところは何もない。
「何もないねお母さん」
「うーん・・・」
見渡す限りでは何もないけど念のためもう少し調べるために畳の上を歩き出した。
ここは昔、癒えることのない傷を負った場所。
体の傷は時間が解決してくれたけど心の傷はそういうわけにもいかなかった。
一歩、また一歩と進んでいくにつれて嫌でもあの日々が思い出される。
かつての私が自分の体を守るためにうずくまっている姿が目に浮かぶようだった。
何もできずにただ姉さんが帰ってくるまでアザを増やし続ける私の姿が。
その幻のはずの私が
なぜか私を見ていた
「ねえ、どうして?」
無表情だった。
「あなたが何もしなかったから」
いや、口元だけは笑っていた。
「ほら、こんなにも傷ついて」
目は大きく見開かれて。
「あの子供たちが悪いのかな」
ゆっくりと立ち上がってこっちに向かってきている。
「いや、お前のせいだ」
無表情だと思っていた顔はいつのまにか憎悪に満ちていた。
「お前のせいだ!お前のせいだ!!なんで何もしなかったんだ!!!」
違う。
好きで何もしなかったんじゃない。
あの時の私には何の力もなかった。
逃げることも隠れることも立ち向かうこともできなかった。
私が悪いんじゃない。
「お前も同じ目にあえ」
もう私は目の前まで来ており、私のことを見上げていた。
手を伸ばせば届く距離。
嫌だ、もうあんな目にはあいたくない。
嫌だ・・・嫌だ・・・違う、違う。
私じゃない。
私は悪くない。
「い、嫌ぁ!!!」
「うわぁ!」
耐えきれずに目の前の私を突き飛ばした。
倒れた拍子に畳で体を擦って、ただでさえボロボロだったその小さな体に新たな傷を刻んだ。
倒れる時に体を庇うために使った右腕は赤くなってしまっている。
そして、突き飛ばされてもなお、目の前の少女は私のことを見ていた。
「お、お母さん・・・」
「・・・え?」
いつの間にか私は消えていた。
代わりにそこにいたのは・・・。
「サ、サツキ・・・?え・・・もしかして私・・・今サツキのことを・・・」
今この両手で突き飛ばしたのは私ではなくてサツキ。
娘に怪我をさせたのは私。
幼いころ何度も見てきた悪夢なんかを今更になってまた見て、それをサツキに重ねてあまつさえ怪我をさせるなんて・・・。
「ご、ごめん・・・。だ、大丈夫・・・?」
いきなりの出来事にあっけにとられていたサツキは赤くなった自分の腕と私の顔を交互に見て、すぐいつもの笑顔に戻っていた。
「だ、大丈夫大丈夫!ほら、こんなの大したことないから。それよりもお母さんこそ大丈夫・・・?」
怪我をしたことではなく、その怪我させた張本人である私のことを真っ先に心配するなんて。
私はサツキに駆け寄り抱きしめていた。
「ごめん・・・ごめんね・・・。お母さんが弱いせいで・・・」
「だ、大丈夫だって、ね」
ギィ
「こんなの・・・母親失格だよ・・・」
「ね、ねえお母さん」
ギィギィ
「もう・・・こんなこと絶対に・・・」
「ちょ、ちょっとお母さん!ここ!この下!」
ギィギィ
「うん・・・うん・・・」
「なんか変な音が!おーい!しっかりしてー!」
そう、さっきから何か足元で変な音が鳴っている。
でも今はそんなことよりも・・・
ん?
変な音が鳴っている?
足元には畳があるだけ。
でもこの一枚だけ他とは明らかに踏んだ時の音が違う。
入口から見て一番右奥。
そこから左に2枚、手前に3枚行ったところにある畳だけおかしい。
私は一度深呼吸をした。
今は落ち込んでいる場合じゃない。
子供がこんなにもしっかりしているのに親である私がこんな調子でどうするの。
「サツキ・・・。すこし離れてて」
「嫌だ。わたしもここにいる」
即答だった。
「ど、どうして・・・」
「今のお母さんが一人でいるのは危険な気がするから。だからわたしもここにいる」
確かにさっきの私は傍から見たら異常者だったんだろう。
いきなり呆けたと思ったら発狂して手まで出て。
かつて起こった出来事が記憶に根付いていつまでも苦しめられる。
こんなの全て忘れ去ることができたらどれだけ楽になるんだろう。
そう思ってしまうのは私が弱いせいなのか。
「わ、わかった。でもせめてお母さんの後ろに・・・」
さっきの悪夢やサツキに怪我をさせてしまったこと、一枚だけおかしい畳、地下に充満している魔力。
様々なことが重なり余裕がなくなっていた私は気づかなかった。
いつの間にか背後に人が一人立っていたことに。
「あなたたち、こんなところで何をしているの」




