薪割り選手権
―タチバナ サツキ―
「この辺り・・・か・・・」
軽めの朝食を済ませたわたしは昨晩お母さんが倒れていた場所に来ていた。
ナツさん達が寝ている部屋の正面の廊下。
「この部屋かな」
倒れていた時、お母さんが向いていた方向は暗がりが続く廊下でもなくナツさんがいる部屋でもなくこの部屋。
わたしたちが居た襖の部屋とは違って障子の扉の部屋。
なにかあったのだとしたらきっとここだ。
生唾をゴクリと飲みゆっくりと障子を開けた。
そこには・・・
「まぁ・・・何もないか・・・」
当然のごとく何もないし、誰も居ない。
他の部屋と同じで畳が敷き詰められた何の変哲もないただの和室。
念のため押し入れの中も見てみたし窓のカギも確認してみたけど、どこも埃が薄くかぶっており誰かが出入りしたような形跡もない。
こうなってくるとお母さんは何か夢でも見ていた、というのが一番自然な流れな気がする。
でもそれだと不自然な点が一つある。
「違う・・・お母さんが驚いた時はあんな風に大声を上げたりしない・・・」
そう、お母さんがビックリした時は絶叫するのではなくまず体を硬直させ、それから体を震わせながらその正体を確認しようとする。
そして耐えられなくなったら気絶してしまう。
そういう人だ。
とりあえずナツさんが目を覚ましたらダメもとで何か心当たりがないか聞いてみようか。
「サツキー!ちょっと来てー!」
「はいはーい今行くー!」
外からお母さんの声が聞こえてきたけどいったいどうしたんだろう。
いつまでもここにいてもしょうがないしわたしも外に出よう。
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「姉さんの様子はどうだった?」
「まだ寝てたよ」
「そっか・・・さすがにお昼になったら一度起こそうか。お腹もすいてるだろうし」
「そうだね。えーっと・・・さっきから気になってたんだけど・・・お母さんそれは・・・?」
「それ?あぁこれ?斧だけど」
「いやそれは見ればわかるんだけど・・・それで何するの?」
「昨日お風呂を沸かしてる時に見たんだけど薪が少なくなってきてるみたいだから補充しておこうと思って」
それで斧と隣に置いてある大量の木材か。
それにしてもお母さんって斧が絶望的に似合わないな。
あまり似合ってもらっても反応に困るけど。
「でもお母さんやり方わかるの?危なくない?」
「大丈夫。テレビで見たことあるから」
いやそんな決め顔されても。
逆に不安なんですけど・・・。
「コンコンコンと・・・。よしはまった。ここからちょっと振りかぶってー・・・」
初めは軽く叩くようにして木材に斧をはめた。
「よいしょっと」
首のあたりまで持ち上げた斧を切り株に叩きつける。
するとパカンと耳障りの良い音と共に木材が真っ二つに割れていた。
見た感じそこまで力を入れなくても、ある程度持ち上げた状態で振り下ろせば斧の重量で勝手に割れてくれるようだった。
「おぉちょっとおもしろいかも。サツキもやってみる?」
「う、うん。じゃあ・・・」
同じ要領でやってみよう。
コンコンパカン
「あぁできたできた。こういう感じか」
「うーん・・・」
「あれ?お母さんどうかしたの?」
「いやぁもうちょっと早くできないかなーって」
「早く?まだ全然慣れてないのに無理に早くやろうとしたら危ない気がするけど」
「えっとね・・・まぁつまりはこういうこと」
お母さんはそう言うと睦月と如月を召喚していた。
わたしの隣にいたお母さんはスタスタと歩き出し5メートルほど離れたところで止まり、こちらに振り向いた。
「ちょっとそこの木を投げてもらえる?」
「え、投げるの?じゃあ・・・ほい」
傍に置いてあった木材を一つ拾って放物線を描くような形でお母さんの方へと投げた。
ってこれはもしかして。
「っふ」
お母さんは目にもとまらぬ速さで木材を真っ二つにしていた。
適当に投げたせいでクルクルと回転していた上に何の押さえもない状態なのにあんな風に斬れるものなんだ。
わたしが真似しようとしても多分吹き飛ばすだけで斬れなかったと思う。
「あぁやっぱりこっちの方が早いね。どんどん投げてー」
「どんどん・・・?」
言ったな?
よーしじゃあお望み通り投げまくってあげよう。
どれくらいのスピードまで付いてこれるんだろうか。
ちょっと見てみたい。
手に取った木材を次から次へと投げ込んでいく。
でも・・・
「うーん・・・。これだったら睦月だけでいけそうかなぁ」
ぐぐ・・・。
まだまだ余裕のようだった。
よし、さっきまでは左手だけだったけど今度は両手で。
両脇に木材を置いた状態でかがんで両手を使って交互に休みなく投げ込む。
「っふっはっほっよっとっほっほっほっと」
こ、これはもう一人くらい助っ人呼んでこないとお母さんに勝つのは無理そうだ。
別に勝負してたわけではないけど。
「あ、あっちゃー・・・」
「ん?どうしたの?」
「いやーこっちとあっちに転がってるやつちゃんと斬れてないね。ほら、これ」
お母さんが手に取った木材は確かに完全に真っ二つにはなってない。
一つは角が削れている程度、そしてもう一つは中央がへこんでいるだけだった。
まぁ20個以上投げた結果なんだけど。
「うーむ・・・。よっと」
手に取った木材を真上に投げ改めて一刀両断していた。
もうお母さんにできないことなんてないんじゃないかな・・・そう思っていた時だった。
「あーでもそろそろ薪割り・・・というか薪斬りはいいかなー。数もそこそこ揃ったし少し疲れてき・・・」
お母さんの顔から表情が消えたのは。
「た・・・し・・・」
空を見上げて汗を拭きとっていた動きがピタリと止まった。
かと思ったら今度はゆっくりと地面の方へ視線を移していた。
「う・・・ぐ・・・おぇっ・・・」
「ちょ、ちょっとお母さん!?」
うずくまって口を手で押さえ目は大きく見開かれている。
なんでこんないきなり・・・。
久しぶりにこんなに体を動かしたせい?
それともここに来た時の原因不明の体調不良が原因?
まさか昨晩の出来事がなにか関係しているのか。
いや、今はそんなことよりも・・・
「は、早く家の中に・・・!横になって・・・!」
「だ、大丈夫。原因はわかってるから。それよりもサツキ。落ち着いて聞いて」
原因はわかってる?
それよりもって言われても今わたしにとって『それ』が一番重要なんだけど。
そんなわたしの心配をよそにお母さんは地面を指差しながらこう言った。
「この下に・・・なにかいる」




