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専業主婦になります!  作者: まとまと
第二章 イツキ家の悲劇
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暗い廊下

―タチバナ ヤヨイ―



人生において『後悔』というものは切り離せないものだと思っている。

いくら後悔しない生き方を心がけていても必ずどこかで「あぁ、あそこであの選択をしなければこうはならなかったのになぁ」と思う時がくる。


それは、もう少し速く歩いていればこの信号が赤になる前に渡れたのになぁと、日常にほんの少し影響を与えるだけのものかもしれない。

もっと体を鍛えておけば守れた命もあったのにと、枯れるまで涙を流し挙句の果てには自分を見失うこともあるかもしれない。


そして今、私は人間としての尊厳を賭けた絶望の淵に立たされている。


「はぁ・・・はぁ・・・」


みんなが寝静まった後、カエルや虫の声が鳴り響き、微かに窓から入ってくる月明かりが唯一の光源になった部屋の中で私は後悔していた。


「あ・・・あの・・・と・・・き・・・」


そう、あの時。

今から3時間前・・・あの時サツキと・・・サツキと一緒に・・・!







(サツキと一緒にトイレに行っとけば良かったぁぁぁぁぁぁ!)






~3時間前~



「ぐちゅぐちゅ・・・っぺ。よーし歯磨き終わりっと。ねえお母さん。トイレってどっちだっけ?」


「ん?ほほはははっふふふぃっふぁふふぃふぁふぁふぃふぉふぉ・・・(ん?ここからまっすぐ行った突き当りの・・・)」


「あ、あぁここまっすぐ行けばいいんだね。ありがとう」


台所に二人並んで歯磨きをしていたのだけど先にサツキが磨き終わり暗闇の中を進んでいった。


今私がいる台所は玄関へと続く廊下と姉さんたちが寝ている部屋に続く廊下に繋がっている。


トイレや台所の位置関係としては、姉さんたちがいる部屋の方に続く廊下を進むと部屋が・・・部屋が・・・確か廊下を挟んで左右に部屋が合計で10くらいある。

ちなみに私や姉さん達が眠る部屋は襖なのだけど、向かい側の部屋、つまり玄関側の扉は全て障子になっている。

お日様がよく差し込むようにということだろうか。


そのうち台所から見て一番手前にある部屋が私たちが寝る予定の部屋。

そしてそこから突き当たるまで直進するとトイレがある。

だから場所を説明するのは口の中が泡だらけの状態でも指差すだけで可能だった。



(・・・ま、今別に尿意なんてないし私も早いとこ歯磨き終わらせて部屋で待ってよっと)




サツキが部屋に戻ってきた後は二つ並べた布団にそれぞれ入って数秒で眠りについた。

横になった瞬間サツキの方ににじり寄って二人そろって熟睡。




しているはずだった。








―そして今に至る。




(まずいまずい・・・。尿意で起きちゃったけど暗い廊下を歩いてトイレまで無事に正常な精神状態でたどり着ける自信ないよ・・・。何あれ・・・。ずっと廊下が直線で続いてるせいで遠くの方真っ暗で何も見えないし・・・。それだけじゃなくてなんかこう・・・和服の髪が長い女の人とかでてきそうで何となく襖とか障子って怖いし・・・。木造建築ってだけでもうね・・・。いっそのこと我慢してなんとか寝てみようか・・・。いやいや現時点でもうそこそこ込み上げてきてるのに今寝ちゃったら明日の朝には大洪水だよ!娘の隣でダム決壊しちゃってるよ!じゃあやっぱり行かなければいけないのだけど何かの衝撃でもう出そうだよ!行くなら早く行かないと・・・。もうサツキを起こして一緒に行ってもらおうか。いやそれは親としてどうなの!普通立場逆!それにこんな気持ちよさそうな寝顔をしているのにこっちの用事で起こすなんて私にはできない。あぁずっと眺めていたい。ってそんな現実逃避してる場合じゃない。ああああああもう足をくねくねして我慢するのも限界が・・・!しょうがない・・・ここは・・・)



「・・・やるしか・・・ないよね・・・!」



掛け布団を押しのけて私は立ち上がった。

一つの目的を達成するため。

大人の威厳を守るため。

私は・・・今から・・・。



「トイレに・・・行く・・・!」



枕元に置いてあった懐中電灯を手にこの部屋の入口へと向かった。


まずはサツキを起こさないように襖をゆっくりと開ける。

どれだけ慎重に開けようとしてもやはり音は出てしまうため、開けるのは必要最低限私の体が通るだけにしよう。



・・・。



よし、これだったら首と体を横に向ければギリギリ通れる。


まず右腕を通して次に右足・・・それから頭を・・・通そうとした。





ガタン!!!





「イ゛っ!?」




何かがつっかかったと思ったらしまった胸の厚みを考えてなかった!



サツキは・・・?



「すぅ・・・すぅ・・・」



良かった、今の音では起きなかったみたい。

ちなみに今の衝撃では奇跡的に決壊には至らなかった。

もう少しあれだったらやばかった。



左手を体と襖の間に入れて少しずつ開け、今度こそ部屋からの脱出に成功した。

とりあえず襖は開けたままにしておこう。


さあ、ここから長い戦いの始まりだ。



まずは進行方向に向けて懐中電灯を向けてみよう。



「み・・・見えない・・・」



遠すぎて今持ってる懐中電灯じゃ奥まで照らしきれない!

しょうがないから少し下を向けて足元を照らすようにしよう。


よし、勇気を出してトイレへ向かう一歩を踏み出そう!





ギシ





「う゛っ!?」




ギシって!

ギシって!!

ちょっと出るかと思ったよ!



床が軋む音に飛び上がった瞬間に何かが崩れ落ちそうになりつつもぎりぎりのところで耐えた。

こんなことが続いてたら本格的にやばい!



この軋む音でみんなを起こしてしまったら悪いのでなるべく音は立てないようにしながら進もう。

決してこの音でよくないものが寄ってきたりしないか不安ということではなくね。


まず右足を出してかかとを床に着け、そのあとゆっくりと足裏全体を着け、その次は左足を。

こうすることによって音をほとんど立てずに進むことができる。



・・・でも。



「こんなことやってたらいつまでたってもたどり着けないよ・・・」



姉さんたちが眠る部屋を通り過ぎたあたりから普通に歩き始めた。


相変わらずギシギシと耳障りな音が鳴る床を憎らしく思いながらも奥へ奥へと進み続ける。



「も、もうそろそろ着いてもいいんじゃ・・・」



もう感覚的に100mは歩いているような気がするんだけどまだトイレに着かないのかな・・・。

実際にはその三分の一も歩いてないんだろうけど。



「まだ・・・なの・・・?」



そう言って今まで少し先の床を照らしていた懐中電灯を進行方向へ向けると・・・。



「あ・・・あぁ・・・!」



正面に扉があった。

そこは後光がさしたように光り輝き、溢れんばかりの存在感を放っている。

扉に付いている鉄製のドアノブは美しい宝石を思わせた。




まぁ宝石なんて興味ないし、そもそも木製の扉に懐中電灯の光が当たってるだけなんだけど。



「サツキ・・・お母さんやったよ・・・!」



こうしてなんとか大洪水の危機は免れた。








「んでまたここから戻るのね・・・」



何とも言えぬ解放感を抱いて上機嫌で扉を開けた瞬間また恐怖のどん底に叩き落された。

相も変わらず先は何も見えない。


でも行きとは違って帰りは前に進む意気込みが違う。


「ま、待っててね・・・サツキ・・・!」


そう、布団の中で愛する娘が待っているのだから。

この暗闇を進んだことで擦り切れてしまった心を癒してもらうためにも、明日生きるための活力をチャージするためにも早く戻らないと。

そう考えると足取りも軽くなるもんだ。



「さてさて、早いところ戻ってまた抱き着かないと。癒し効果癒し効果~」




私は月明かりに照らされた廊下を意気揚々と進んでいた。

お月様のおかげで懐中電灯で足元を照らさなくても歩ける。

なんだこれだったら行きもそんなにびくびくしなくて良かったなぁ。






・・・。






・・・ん?





・・・あれ?





ちょっとまって・・・。





トイレに行くときは真っ暗だったのになんで今は月明かりが差し込んでいるの・・・?




さっきまでは雲がかかっていて、今はたまたま月が出ていなかっただけ?




いや違う。

この廊下の両脇には部屋があるから廊下がこんなにも照らされるほど明るくなるなんてことはない。

じゃあなんで・・・。



私は今まで廊下に向けていた視線を右に見える部屋に移した。



そこには・・・。



障子越しで姿は確認できないけど確実に何かがそこにいる。

影しか見えないので正確な形は定かではないけど『それ』を中心に青白く発光しているのがわかった。



あれは人影・・・?それともたまたま縦長の物がそこに置いてあるだけ・・・?

いや、無機物であるはずがない。

それは確実にゆらゆらと揺れ動いているのだから。



先ほどまでの余裕なんて消え去った。

それどころか体の震えが止まらず足に力が入らず、その場にへたり込んでしまった。





暗闇や幽霊は確かに怖い。

それは認める。


でも心のどこかで「まさか自分が幽霊に遭遇することなんてない」と思い込んでいた。

決して霊の存在を完全に否定しているわけではない。

だって存在するという証拠を見たわけではないけど、存在しないという証拠を見たこともないのだから。





もうすでに私の体は金縛りにあったように動かなくなってしまった。


それだけじゃない




「あ・・・いぎ・・・な・・・に・・・?」



頭の中に流れ込んでくる。

誰かの声を耳で聞いているわけじゃない。



「やっ・・・?あえ・・・?まって・・・。や・・・くそ・・・?」



自分の意志とは関係なく勝手に脳に刻まれていく感覚。

耳を塞いでも途切れる様子はない。



「あ・・・あぁ・・・あああああああああああああ!!!」





あと少しで部屋までたどり着いたのに。

そうしたらスッキリ爽快な状態でサツキに抱き着いて夜を明かせたのに。




いや、逆に部屋までたどり着いていたらサツキも巻き添えにしてしまったのかもしれない。

あの子にこんな思いはさせられない。

そう考えると暗闇におびえて無駄に時間を使ってしまった甲斐があるというものだ。



そんなことを思いながら私はその場に倒れて気を失った。

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