大人な子供
―タチバナ ヤヨイ―
「ええ・・・。ちゃんと・・・生きているわ」
この男からはまるで生気を感じられない。
この部屋自体が薄暗いからより一層顔色が悪いように見えるだけ?
それとも骨が剥き出しになっていると言われても納得できるほどやせ細っているからそういう風に見えるだけなのか。
どちらにせよ今この瞬間に息を引き取っても不思議ではないほど衰弱しているのは誰が見てもわかるほどだった。
隣にいるサツキの表情を見る限り、この子もそれを理解しているようだ。
だとしたら原因は何?
こんな状態になってしまったのはいったいいつから?
「ね、姉さ・・・」
意を決して姉さんに問いかけようとした。
そして、父親に気を取られていた私はそこでようやく姉さんの様子がおかしいことに気づいた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
荒い息を上げ
「あ・・・れ・・・わた・・・し・・・」
虚ろな目をした姉さんは
「姉さん!?姉さんしっかりして!」
ドサリと音を立て力なく畳に倒れこんでいた。
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「姉さん本当に大丈夫?」
「長時間の移動でちょっと疲れちゃったみたい。少し休めば問題ないから」
「そ、そっか・・・。じゃあ晩御飯は私たちが用意するから姉さんは休んでて」
「ええ。ごめんなさい」
「謝らないでよ。お粥でいいんだよね?」
姉さんが倒れた後、私たちが駆け寄り声をかけると辛うじてまだ意識があった。
今は本人の要望で私の父親のとなりに布団を敷いて横になっている。
「お願いね」
「任せて。じゃあサツキ行こっか」
私とサツキは晩御飯の用意をするために台所へ向かった。
「こ・・・これは・・・。小学生の時にやった農業の体験学習を思い出すね・・・」
こんな電気すら通っていない田舎にガスなんかあるはずもなく、そこにあったのはコンロではなく竈だった。
「お母さん使い方わかる?」
「え、えーと・・・。そこの下にある小っちゃい扉みたいなのを開けて火をおこして・・・。たぶんそっちにある釜でお米を炊くんじゃないかな」
「あーここが開くんだ。そしてこっちは・・・なるほど、井戸水をここで汲み上げてるんだね」
ん・・・?
井戸水?
井戸?
井戸。
「い・・・井戸・・・。井戸・・・。・・・井戸・・・?」
「あれ、お母さんいきなり念仏唱えだしてどうしたの?」
サツキの手が肩に触れた瞬間
「ひゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「うわあああああああ!なになにどうしたの!?」
辺りの薄暗さも相まって『井戸』という危険ワードを耳にしてしまった上にいきなり体に触れられたら誰だってこうなる。
うん・・・誰だってこうなる!
「うぅ・・・サツキなに・・・?」
「いや、それはこっちのセリフだけど・・・」
「うっ・・・またこの前みたいに脅かしてきたらお母さんは・・・お母さんはああああああああ!!」
「わかったから落ち着いて!大丈夫!わたしが付いてるから!よしよーし怖くないよー」
それから娘になでなでされて私の精神状態が正常に戻るまで5分の時間を要したそうな。
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落ち着きを取り戻した後は早速お粥作りに取り掛かった。
慣れない器具での調理になったのだけど意外と何とかなるものだ。
私たちの分は後回しにしてまずは姉さんたちの分を用意することにしよう。
「んー・・・。あと少しかな?」
お粥がそろそろ出来上がるころ、サツキが声を掛けてきた。
「ねえお母さん。この後どうするつもりなの?」
その声はさっきまでとは違い、私に対して真剣に何かを訴えかけてきているようだった。
「この後って・・・。とりあえずお粥ができたら姉さんのところに持って行って・・・そのあとは・・・」
「違う。そういうことじゃなくて、これからのことだよ」
「これからのこと?」
「そう・・・お爺ちゃんと・・・ナツさんのこと。お母さんはなんでナツさんがあんなに疲れてるかわかってる?」
「そ、それは・・・さっき長時間の移動でって・・・」
使う食器を探していたサツキはいつの間にか手を止めて私を見ていた。
「・・・過労だよ」
声が出なかった。
「考えてみてよ。この家にはあの二人しかいない。そしてお爺ちゃんはお金がないっていう理由で病院にもいけずにずっとあの調子」
少し考えればわかるはずだったのにずっと目を背けていた。
「ナツさんは生活する為に一人で町まで出て働いて、その上家事全般に介護まで」
もうこんな家と関わりたくないという理由だけで。
「それでお母さんは・・・」
結局私は・・・
「どう・・・するの・・・?」
さっきと同じ質問。
でも今度はこの質問の本当の意味が分かる。
サツキが言いたいのは・・・
『お母さんはあの二人を見捨てるの?』
姉さんを見捨てるなんてことするわけない。
それにこの家で起こったことなんてもう昔のことですでに終わったこと。
父親に関しては・・・そう、人助けだと思えばいい。
私はお粥を食器によそってお盆に乗せて姉さんが待つ部屋へ歩き始めた。
「え・・・お、お母さん?」
「サツキ・・・。その話は明日にしよっか。長旅で疲れてるっていうのも嘘ではないと思うから早く持って行ってあげたいし。あとね・・・」
背後にいる娘に対して首だけ振り返った。
この時の私はどんな顔をしていたんだろう。
「ありがとう」
その言葉を聞いたサツキは何か安心したような表情をしていた。
きっとこの子が居なかったら私は全てから目を背けて明日には何事もなかったかのように家に帰っていたことだろう。
結局のところ私は体だけは大人になっただけの子供だったんだ。
『あんな嫌な目にあわされた実家のことなんて知らない』
ただ単にいじけていただけ。
今になってサツキに言われた言葉が胸に突き刺さっていた。
『わたしのお母さんはそんな人じゃない』
『元の優しいお母さんに戻ってよ!!』
あの時の私はサツキから見てどういう風に映っていたんだろう。
平気で他人を見捨てる人でなしか。
それとも一度でもこんな人間に憧れた自分が馬鹿だったと後悔したか。
どちらにせよろくなものじゃない。
思い返してみると私自身、そう思うのだから。




