イツキ家へ
―タチバナ サツキ―
「よーしじゃあしゅっぱーつ!」
「な、なんかサツキ元気いっぱいだね・・・」
わたしたちは始発電車に乗るべくまだ日が昇る前に家を出ていた。
お見舞いに行くのにこんなテンションでいるのは少しばかり不謹慎な気もしたけど半日以上の長旅になるのに初っ端からお通夜気分だったら気が滅入ってしまうので、アオイからもらった元気とマモルをからかった・・・からかった時の何とも言えない高揚感を駆使して場を少しでも和ませられるように頑張ろう。
「それにしても姉さん荷物少ないよね。手提げ一つなんて」
「こっちに長居する予定はなかったから。あと買い物して帰らないと食べるものがないからなるべく荷物を減らしておかないと持てなくなっちゃうの」
「なるほどねー」
電車を乗り継いだ後にバスでの移動、そしてそこから徒歩。
バスに乗る前に買い物を済ませるという予定で、これだけ言うと単純に思えるのだけど・・・。
「えーとまずなんだっけ・・・。特急で13駅だっけ?それから・・・えーっと・・・?」
「もうお母さん・・・各駅停車に乗って1駅、そこから純快速で7駅。そこからまた乗り換えで・・・」
「ああああああああああああああ!もう無理!覚えらんない!大体何1駅って!それ乗る必要あるの!?」
「まぁ線が違うとか純快速に乗るためなんじゃないの?」
「その通り。1駅ずつ止まってたら時間がかかるから一度乗り換えた方が早いのよ」
お母さんとの会話を聞いていたナツさんがわたしの頭を撫でてくれていた。
こ・・・これは・・・ちょっとくせになるかも。
「むー・・・。サツキもそうだけど姉さん相変わらず記憶力よすぎ。なんで一回しかこっちに来たことないのに覚えてるの?しかもサツキが生まれてすぐの時だから12年くらい前のことなのに・・・」
「でも最近はそうでもないのよ。歳のせいかしらね」
「いやいや姉さんまだ40もいってないじゃん。まだまだこれからだって」
そんな話をしながら駅に着いた後に特急券と切符を購入し、電車に乗った。
平日ということもあって自由席でも3人とも無事に座ることができた。
さぁ、これから長旅の始まりだ。
~1時間後~
「そう・・・サツキちゃん頑張ってるのね」
「あはは・・・。でもまだ入団して一週間ですけどね」
「あ、そうだ!サツキすごいんだよ!入団テストの時ね・・・」
~2時間後~
「思ったんだけど飛行機の方が早いし安いんじゃないの?」
「飛行機はだめよ。絶対に」
「姉さん高いところだめだからね・・・」
~3時間後~
「うー・・・。お腹すいた・・・」
「あ、お母さん。ちょうど車内販売の人周ってきたよ」
「お弁当を買って腹ごしらえしましょうか」
~5時間後~
「ん・・・ん・・・?んあ・・・。んー・・・」
「お、お母さん・・・。乗り換えの時起こすから寝てていいよ」
「ほらほら。お膝貸してあげるから」
そんなこんなで電車を乗り継ぎ寝ているお母さんを起こして電車を降りた。
駅から出て辺りを見渡すと、そこは市街地には違いないのだけどわたしたちが住んでいる町よりはいくらか建物の数や道行く人の数が少ない気がした。
うちの周辺・・・というより本部周辺はかつて魔物討伐が重点的に行われていたらしいので、他の地域よりも住民の安全が保障されていて人口が多いからそう見えるだけかもしれないけど。
「こっちよ」
ナツさんに連れられて歩いていくと小さめのスーパーマーケットにたどり着いた。
わたしが想像していたよりも閑散としていて、商品は所々売り切れているのか、値札はあるのに何も置いていない場所があった。
それでもナツさんは特に気にした様子もなくカゴを取って店内に入っていったのでここではいつものことなのかもしれない。
「わたしが持ちますよ」
「あら、いいの?」
「大丈夫ですよ。こう見えても普段からそこそこ鍛えているので・・・」
そこまで言うとお母さんがいないことに気づいた。
どこに行ったのだろうと辺りを見渡すと少し離れた場所で何か商品らしきものを手に取ってそれを呆然と見つめるお母さんの姿があった。
あの手に持っているのは・・・ソーセージ?
「お母さん?どうしたの?」
「・・・」
「お母さん・・・?」
「えっ?あぁサツキ。どうしたの?」
「いやどうしたのって・・・。それ食べたいの?」
「う・・・ん・・・?どうなんだろう」
「ちょ、ちょっとお母さんだいじょうぶ?」
体調でも崩したのかと思って顔を見てみたけどいつもと変わらない様子だった。
むしろ「なんで私こんなの持ってるんだろう」とでも言いたげな表情にもみえた。
「まぁ買っちゃえばいいんじゃない?ほら」
そう言ってお母さんの方へカゴを差し出すと
「う、うんじゃあ・・・」
買い物かごの中にソーセージが追加された。
それから30分くらい買い物をした。
米や調味料は家にあるらしいので野菜や肉、飲み物なんかを適当にカゴへ入れてレジへ向かった。
量で言うとわたしが持っているカゴがいっぱいになる程度のものだった。
これくらいの量で済むってことは今、お母さんの実家には・・・
「サツキの分の荷物はお母さんが持つね」
「うん、ありがと」
レジ袋を両手に持っている状態では自分の荷物を引っ張るだけでも大変だったので助かった。
これから先はバスでの移動。
それから徒歩になるのだけどそこからが問題だった。
なんとバス停から1時間以上も歩かないといけないらしい。
いくらなんでも不便にも程がある・・・。
「あ!バスが来たよ!」
そうして買い物を済ませたわたしたちはバスに乗り込んだ。
~20分後~
「・・・すぅ・・・」
「あらあらこの子ったら」
「お母さんって乗り物に乗るとすぐ眠たくなっちゃうみたいなんですよね。この振動が心地よいんでしょうか」
電車の中で寝ていたにもかかわらずお母さんはまた落ちていた。
ナツさんはそんなお母さんの頭を愛おしそうに撫でている。
「ん・・・えへ・・・」
「え、えへって・・・」
「この子は本当に昔から変わらないわね」
昔・・・か・・・。
昨日お母さんからあの話を聞くまで何も知らなかった。
それまでわたしの中ではドジでおっちょこちょいでそんなところがちょっと可愛くて、でも実はすごくかっこよくて頼りになる、それがお母さんの全てだった。
だから幼少期にそんなにつらい思いをしてきたなんて想像だにしなかった。
アオイやマモルだってそうだ。
アオイは父親を亡くしマモルは両親とも入院中。
両親が共に生きていてこんなにも愛されて育ってきたわたしはそれだけですごく幸福だったのか・・・。
「サツキちゃん?何か考え事?」
気づけばナツさんが心配そうな顔でわたしの顔をのぞき込んでいた。
無意識のうちに難しい顔をしてしまっていたのかもしれない。
「あーえっと・・・。お母さんって小さいころどんな子供だったのかなーって」
うん、嘘は言っていない。
これはものすごく気になる。
「んー。小さいころかー。少しやんちゃな女の子って感じかしら」
「え、やんちゃ?」
「そうね。カエルとかヘビとか見つけ次第わしづかみにして「ねえねえ姉さん私このヘビさんとお友達になったの!」って・・・」
「えぇ・・・」
「遊び相手が欲しかったのねきっと。私が居ないときは・・・いつも独りぼっちだったから」
厳密に言えば独りではない。
あの家には他にも人間が住んでいたのだから。
「そういえば・・・その・・・お母さんに酷いことをした人たちって結局何だったんですか?なんでお母さんの実家に・・・」
わたしは自分でも気づく程にいじめっ子に対する憎しみを込めた声になっていた。
決して意識したわけではないのだけど・・・。
「訳あってうちで預かっていた子たちなの。もう・・・みんな自立して居なくなってしまったからうちにいるのはあなたのお爺ちゃんと私だけなのだけどね」
買い物の量からして想像してはいたけどやっぱりその人たちはもう家にいないのか。
お母さんをあんな目に合わせた人間をお目に掛かれなくて残念が半分、そもそもそんなことをする人間なんて会いたくもないのでほっとしたのが半分といったところだった。
・・・ん?
・・・っていうか家?
「あれ、今ってお母さんの実家に向かってるんですよね?」
「そうよ?」
「病院とかではなく?」
死の淵に立っている人間のお見舞いに行く=病室だと完全に思い込んでいたので今まで疑問にすら思っていなかった。
一度荷物を家に置いてからまた出かける、という可能性はほぼ無いに等しい。
バスを降りた後徒歩で1時間以上かかるのに、それを往復することになることを考えるとそのまま病院に行った方が100倍楽のはず。
「えぇ。ずっとうちの布団で横になっているのよ」
「え・・・?な、なんで入院してないんですか?」
あれからお母さんを気遣ってほとんど何も聞いてなかったので事故にあったのか病気なのかすら知らないのだけど、どちらにしろ病院で治療を受けたものだと思っていた。
それがずっと家で寝たきりになっているなんて・・・。
「お金がないの」
「お、お金?だったら借りるとか誰かに相談するとか・・・」
「そうね・・・そうできたら良かったわね。けど残念ながら保険に入っていない上に頼れる人間なんて私たちにはどこにもいないの」
だったらうちに・・・!
そう言おうとしたけどその言葉を飲み込んだ。
昨日の会話を聞いていたらわかる。
『電話で話してもあなたは来てくれないでしょう』
『そうすると私を家に入れてくれなかったんじゃないの?』
昨日のお母さんの反応を見る限りお爺ちゃんの容態を初めて知った様子だった。
つまりナツさんはこれまで一度もお母さんに助けを求めてはいない。
わかってたんだ。
仮に話したとしてもお母さんは手を差し伸べてはくれないということが。
でも・・・。
「わたしが・・・」
「え?」
「わたしがお母さんを説得します。今からでもお医者さんの診察を受けましょう」
現実的な話、今のわたしだけでは経済的な意味で問題にすらならない。
だったら大人の力が必要になってくるのだけど、金銭面で頼れる人なんてわたしには両親くらいしかいない。
「・・・ありがとう・・・」
少しの間の後、ナツさんはわたしにお礼を言った。
でもその表情にはどこか諦めの色が映って見えたのはわたしの気のせいだろうか。
「だ、大丈夫ですよ。わたしが何とかしますから」
やっぱり相手が誰でどんな扱いを受けてきたとしても見て見ぬふりをしていい理由にはならない。
それに普段のお母さんを知っているからこそ言える。
お母さんは・・・絶対に協力してくれる。
「ん・・・ぐ・・・」
声がしたのでお母さんの方へ視線を移すと、少し苦しそうに眉間にしわを寄せていた。
まだ寝息を立てているので今の会話を聞いていたわけではないだろうから、なにか良くない夢でも見てしまっているのか。
「お、お母さん大丈夫?ねえ」
悪夢を見ているのだとしたら起こしてあげよう、そう思って肩を揺らして声をかけた。
「ん・・・あ・・・。あれ私・・・また寝ちゃって・・・」
片手で頭を押さえてゆっくりと起き上がっていた。
「もしかして乗り物酔い?大丈夫?」
「んー・・・かなぁ・・・。確かにちょっと気分悪いかも・・・」
「ちょうど着いたわね。降りたら少し休憩しましょうか」
「あぁ、大丈夫大丈夫。大したことないから」
荷物を持ち降りるとバスは元来た道を引き返していった。
(よくこんな場所にバス停があるな・・・)
降りた瞬間に辺りを見回した後の感想がそれだった。
背の高い木々に囲まれて、バスが通れそうな舗装された道は今わたしたちが立っているここ一本のみ。
バスがUターンできるだけの最低限の広さを確保している卵型の場所が一つだけあるだけで、それ以外は対向車がきたら擦ってしまうんじゃないかと思うほど狭い道だった。
更に最終的に乗客がわたしたち以外にいなかったこともその感想に拍車をかけている。
「ヤヨイ本当に大丈夫?やっぱりちょっと休憩してから・・・」
「本当に大丈夫。それにあまりのんびりしてたら文字通り日が暮れちゃうよ」
すでに時刻は午後5時を回ろうとしてるので辺りは夕焼けに照らされ、虫の鳴き声がこれでもかというくらい聞こえてくる。
確かにこのままだと日が長くなってくる季節とは言え、目的地に着くころには真っ暗になってしまっているかもしれない。
「あぁでもこんなの持ってきたよ。ここをにぎにぎするだけで充電できる懐中電灯!」
「あらあら。ふふふ」
充電式の懐中電灯を手にしてちょっとテンションが上がったお母さんを見てナツさんは笑いを堪え切れていない様子だった。
言いながらすでにお母さんはにぎにぎ充電を開始していた。
「回すタイプもあるよ!」
ハンドルを回して充電するタイプの懐中電灯をナツさんに渡していた。
わたしは今レジ袋で両手がふさがっているので充電には参加できなかった。
・・・いや別に参加できなくてちょっと悔しいわけではないですけど。
そうしてお母さんとナツさんがブイブイとモーターを回す音を聞きながらひたすら歩いた。
そしてブイブイさせること約1時間。
「ほら(ブイブイ)、あの辺りよ(ブイブイ)」
ナツさんが指を指した先には・・・何も見えない。
わざわざ「あれ」ではなく「あの辺り」と言っていることから察することはできると思うけどすでに日は沈んでしまっており、遠くの方は真っ暗でもう何も見えない。
「や、やっと・・・(ブイブイ)着いた・・・疲れ(ブイブイ)たー・・・」
「お疲れ様です(ブイブイ)。もう少しの辛抱よ(ブイブイ)」
体力には自信がある方だけど、さすがに両手にレジ袋を持っている状態で1時間も歩いたので少し疲れてしまった。
「・・・うーん(ブイブイブイブイ)」
「お母さんどうしたの?」
何を呻っているのだろう。
「うーんなんだろうこの感じ・・・(ブイブイ)・・・まぁいっか(ブイブイ)うん大丈夫だよ(ブイ)」
バスを降りる直前もそうだったけど相変わらず顔色がいいとは言い難かった。
もしかしたら無意識のうちに嫌な思い出がある実家が近くなるにつれて気分が悪くなっていってるとか?
嫌なことが近づいてくると体調を崩したりすることは考えられるので十分にその可能性はある。
「気分悪くなったら言ってよね」
「うん、ありがと(ブイブイブイブイブイブイ)」
結局家に着くまでブイブイが鳴りやむことはなかった。
そこまでずっと充電し続ける必要はなかったと思うんですけど・・・。
ナツさんが先頭に立って鍵を開けて引き戸をガラガラと開けていた。
お母さんの方は十分に充電された懐中電灯で照らして辺りをキョロキョロと物珍しそうに見物していた。
とても自分の実家に来た時の行動とは思えないけど、25年も帰ってきていないとなると当然の反応かもしれない。
カエルとかヘビとかいないか探しているのだろうか。
「く・・・暗い・・・。あれ何・・・?あぁなんだ木か・・・」
違った。
物珍しそうに見物してるんじゃなくて警戒してるのか。
・・・お化けがいたら大変だもんね。
せっかくだしわたしもちょっと辺りを見回してみよう。
近くでは川が流れているのか、心地よい水の音が聞こえてくる。
そしてさっき通ってきた道の脇に見えたのはきっと畑だ。
といっても全く手入れをされていないのか背の高い雑草で埋め尽くされていて、もうその役目を終えているようだった。
玄関の近くには井戸らしきものがあった。
更にその奥に続く道のようなものがあり、その道を進んでいくと例の道場があるのかもしれない。
もうすでに暗くて見えないからここからでは確認できないけど。
「う、うわ・・・あれ井戸・・・?そういえばあんなのあったね・・・。井戸とかマジでやばいんですけど・・・」
ごめんねそれわたしが借りてきたDVDのせいだよね。
普段全く使わない若者チックな言葉が出てくるくらい余裕がなくなりつつあるみたいだった。
「こ、これ便利ね。ロウソクがなくても明かりが確保できるなんて」
少しでも気を逸らせてあげようとナツさんが声をかけてくれていた。
「あぁじゃあそれ姉さんにあげるよ」
「本当?助かるわ」
電波も来ていなければ電気も通っていないらしいので電灯なんてものもあるはずなく、夜の明かりを確保するには火が必要らしい。
そんな演歌歌手もびっくりな環境でずっと暮らしているナツさんは本当にすごいな。
慣れたらどうとでもなるものなのだろうか。
「じゃあ・・・早速で悪いけど」
「わかってる。どこにいるの?」
わたしたちは荷物を置いた後にお爺ちゃんが眠っているであろう部屋に向かった。
ミシミシと床がきしむ音を立てながら長い廊下を懐中電灯で照らしつつ進んでいくと襖の前でナツさんの動きが止まった。
「ここよ、すぐに明かりをつけるから」
ゆっくりと襖を開け、慣れた手つきで吊るされたロウソクに火を灯していた。
ロウソクを囲っている傘のおかげで明かりが拡散されて、ようやく部屋の全貌が明らかになった。
部屋の広さはわたしの部屋とほとんど変わらないくらいで、床は畳だった。
わたしたちが入ってきた襖の正面には大きな窓があり、今は雨戸が閉まっているようだ。
そして部屋の中央に敷かれている布団に横たわっている人間が一人。
お母さんの髪とは違って黒髪と白髪が入り混じっており、顔は日頃まともに日光を浴びてないのだろうか、人間としての肌の色を失っており、皮膚や皺のつき方からして80歳は越えている印象を受けた。
掛け布団の上にだらんと乗せられている両腕はやせ細っており、骨の形がくっきりと浮かび上がるほどだった。
「こ・・・この人は・・・」
この瞬間、わたしとお母さんは同じことが脳裏に浮かんだ。
それはあまりにも残酷で言葉にするには相当な覚悟が必要なものだったけど、お母さんは敢えてそれを口にした。
「この人は・・・本当に生きているの・・・?」




