イツキ ヤヨイ2
―タチバナ ヤヨイ―
理不尽な暴力に晒されるようになってから約一年。
私の心身は限界に近づいていた。
もしかしたらすでに取り返しのつかないところまで壊れてしまっていたのかもしれないけど、それでも辛うじて正気でいられたのは姉さんと交わした約束のおかげだった。
私だってこの状況を何とかしようと考えなかったわけじゃない。
相手は大勢いるからどうしようもない。
だったら一人でいるところを狙って仕返しをしてやろう。
そう思ったけどあの子たちは一人の力でも私より何倍も強いから無理な話だった。
それに仕返しが成功したとしてもそのあとが怖い。
集団で来られるとどうあっても勝ち目なんてないのだから。
じゃあ立ち向かうでも隠れるでもなく逃げてしまおうか。
さすがに家の外に出てしまえば闇雲に探しても見つからないだろうから、適当に時間を潰して姉さんが帰ってくる時間に私も家に戻ればいい。
・・・なんてことも無理な話だった。
辺り一面山に囲まれているせいで一度迷うと家に帰れる保証なんてどこにもなかった。
唯一バス停へと続く舗装された道は一本だけなので私が逃げたことがばれて追いかけられたら絶対に追いつかれる。
私は今置かれている状況を受け入れるしかなかった。
いつかこの地獄が終わることを信じて。
どうあがいても自分の力じゃどうしようもないことがわかってからはなるべく何も考えないことにした。
逃げ出そうとか立ち向かおうとか、いろんなアイデアが浮かんではそれは無意味だということに気づかされる。
だったら最初から何も考えないようにした方が何倍も楽だった。
今日もいつもの男の子らしき子供に腕を掴まれ道場に連れ込まれていた。
すでに人の顔なんて見る気力すらなかったのでこの子供が例の子かどうかなんてわからなかった。
それがわかったところで何も変わらないのでどうでもよかったのだけど。
入り口が開けられ中に入れられる。
中にいる子供の人数自体は変わっていないのだけど、一つだけ変化があった。
それは私に直接暴力を振るう人数が少なくなってきているということ。
でも人数が減ったところで殴られたり蹴られたりすることには変わりないので大した変化ではなかった。
(今日はこの人だけか・・・)
なるほど、他の子供は律儀に体操座りをしていて観戦とでも言ったところか。
(・・・ふざけるな)
掴んでいる腕を大きく振って中央あたりまで投げ飛ばされた。
それから準備完了と言わんばかりにゆっくりとこちらに歩み寄ってきている。
(・・・悪いことなんてなにもしていないのに)
男の子は私の顔の下に腕を伸ばしてきている。
どうやら首を絞めるつもりらしい。
(・・・私なんて生きているだけで罪だとでもいうのか)
首を掴んだ手に力が込められていく。
(・・・じゃあお前たちはどうなんだ)
相手の腕を掴んで抵抗したり走って逃げることもできたのかもしれないけどそんなことしてもどうせ無意味だ。
(・・・大人数で寄ってたかってこんなことして、そこでただ見ているお前たちも同罪だ)
そう、もう何も考えないことにしたのだから。
(・・・この理不尽な暴力を受けることが自分の運命だと受け入れざるを得ない状況に置かれている私の気持ちがお前たちにわかるのか)
でも、それだとさっきから頭の中に渦巻いているこの感情は何なんだろう。
(・・・わからないのなら教えてやる)
これまで考えては消えて考えては消えてを繰り返していたものが何故か今ははっきりとイメージで来ていた。
(・・・復讐だ)
無抵抗のまま下げていた右手で、私の首を絞めている腕の手首を力の限り握った。
「ゲホゲホ・・・」
ミシミシと骨がきしむ音と共に首絞めから解放された私は
「ふー・・・ふー・・・!」
この感情に逆らうことなく
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
雄たけびをあげ、目の前の敵に向かって掴みかかった。
顔面を掴んでそのまま畳に押し倒し、髪を掴んで何度も叩きつけた。
踏みつけ投げ飛ばし、馬乗り状態で何度も殴りつけた。
これまで私がやられてきたことをそのままやり返してやった。
その間も周りにいる子供たちが手をだしてくることはなかった。
お仲間がやられているにも関わらずただ見ているだけか。
でも今日いじめに加わっていないからと言って私はお前たちにやられたことを決して忘れない。
この人への仕返しが終わったら次はお前たちの番だ。
それから日が傾き始めるまで同じ人への仕返しは続いた。
それもそのはず。
一年間で私が受けた苦痛の全てをこんな短時間で味わえるはずもない。
今日の仕上げと言わんばかりに右腕を大きく振り上げた瞬間、入り口の扉が大きな音を立てて開いた。
夕日に照らされながら肩で息をしている姉さんは扉を閉めることなく小走りでわたしの方へと駆け寄ってきた。
「あ!姉さん!」
慌てた様子で入ってくるけどどうしたんだろう。
それよりも・・・
「姉さん!私こんなに強かったんだよ!」
今まで私の体のアザを見るたびに辛そうな顔をしていたのは知ってる。
でももう自分の身は自分で守れるからそんな姉さんの顔を見ることもない。
きっといっぱい褒めてもらえる。
「偉い偉い」「頑張ったね」「すごいね」
そんな言葉を期待していた私に向けられた姉さんからの言葉は
「なんで・・・こんなことをしてしまったの・・・」
「・・・え?」
酷く辛そうで
「あなただけは・・・違うと思っていたのに・・・」
「ねえ・・・さん・・・?」
私のことを責めるような口調だった。
「な、なんで!?私いっぱい頑張ったのに!」
「あれを見ても同じことが言えるの?」
姉さんが指を差した方向を見るとそこには・・・
「ヒッ・・・!?」
目が開けられないほど顔が腫れあがり、歯は何本か折れて体はあちこちすりむいて血だらけで倒れているいじめっ子の姿があった。
そこでようやくさっきまでの私の精神状態が異常だったことに気づいた。
「い、いや・・・!いやぁ・・・!」
「ちゃんと見なさい!」
両手で姉さんに顔を抑え込まれて強制的にそちらへ向けさせられる。
「わかる・・・?これはあなたがやったの!」
「ご、ごめんなさい・・・!ごめんなさい!」
いじめっ子の血で真っ赤になった両手で頭を抱えて謝り続けた。
でもそれからしばらくの間、今その人の口から洩れている呻き声にうなされる毎日が続くことになる。
そこからのことは記憶が曖昧だった。
覚えていることと言えば声が枯れるまで謝り続けたことと、車に乗せられて長時間移動したことくらい。
それがどれくらい長い時間だったのかまでは覚えていない。
目的地に到着したのが朝だったのか昼だったのか夜だったのか、それすらも記憶になかった。
そして放心状態の私がまず目にしたのが・・・
『魔力警備団』
いじめっ子たちの理不尽な暴力から解放された私は、その日から今度は魔物の脅威と戦うことになった。
そこでいろんな出会いと別れを繰り返して今の私がいる。
結局あれからいくら考えてもなぜ私が1年間あんな目に合わなくちゃいけなかったのかわからなかった。
あのいじめっ子たちは何を思って私に暴力を振るっていたのか、そうすることで何かを得られたのか、私の何が気に食わなかったのか。
その答えは子供を授かって成人して・・・大人になった今でも見つかっていない。




