屋上で先生を気絶させた後のお話
―タチバナ サツキ―
「ちょ、ちょっと君!」
「屋上にわたしの母がいるので詳しいことはそっちに訊いてください!」
わたしは屋上から校舎内に戻って階段を駆け下りていた。
何人かの先生に声を掛けられたけど全部お母さんに丸投げしよう。
正直お母さんに詳しい話を聞いたところで何か有益な情報を得られるとは思えないけど。
でも今はそんなことよりもアオイのことが心配だった。
「ご、ごめんなさい!あんなことになるなんて思わなくて・・・」
教室の前まで戻ってくると女生徒がアオイに謝っていた。
大粒の涙を両手で拭いながら。
それでも涙は止まることなく床にぽたぽたと落ちている。
「だ、大丈夫。あの時は仕方なかったんだよね。それにわた・・・」
そこまで言ってわたしと目が合った。
「わ・・・わた・・・ボ・・・」
あれ、目をそらしたぞ。
「と、とにかく気にしてないから!」
なんだったんだろう。
とりあえず教室の中に入ろう。
「アオイ、保健室に行こう」
あの男に何をされたのか知らないけど体を打ったと言っていたのでまずは治療が必要だった。
「ボ・・・わ、わた・・・えーと・・・実はもう全然痛くないんだよね」
「ボ」とか「わた」とか・・・さっきから明らかに様子がおかしい。
「えーと・・・あなたは?」
アオイの隣にいた先生らしき女性がこちらを見ていた。
「わ、わたしは・・・」
「この子が助けてくれたんです」
「そ、そうなの・・・」
怪しまれてる?
まぁいきなり見覚えがないジャージ姿の子供が教室に入ってきたらそうなるか。
これは早めに退散するのが得策かな。
でもその前に
「ちゃんと保健室の先生に診てもらってね。あと今日は一緒に帰ろう。学校が終わったら教えて。校門まで迎えに来るから」
「うん、ありがとう」
帰り道にまた不審者に遭遇したら大変だ。
あんなのそうそう居てたまるかって言う感じではあるけど。
ていうか今気づいたけど窓から入ってきたから土足のままだった。
とりあえず急いで靴を脱いで足早に教室から出た。
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「相手の懐に飛び込んで低姿勢からのアッパー・・・そのままの回転力を活かして回し蹴りか・・・いいなこれ・・・」
時刻は午前11時。
わたしはアオイが通う中学校の近所にある古本屋でバトル物の少年漫画を立ち読みしていた。
実戦経験がほとんどないわたしはこうやってゲームや漫画から技を盗んでいるのだけどこれがなかなか楽しい。
創作物の中だけの動きだと思っていたのにまさか自分ができるようになるなんて思ってもみなかったからかもしれない。
「!?こ、これは・・・かっこいい・・・!」
なんと吹き飛ばした相手の背後に回り込んで蹴って吹き飛ばして背後にまわりこんで吹き飛ばしてを繰り返している。
「お・・・おぉ・・・。おぉ・・・!?」
そ、そんな!
今度は空中で!?
やばいこれは目が離せない。
これ買って帰ろうかな。
そんなことを考えていると
ブー・・・ブー・・・ブー・・・
今朝はメールだったけど今回は通話だった。
「もしもし」
「あ、サツキ。今から下校するよー」
「はいはーい」
ブツッ
なぜこんなにも短い間しか通話しないのかというと公衆電話からかけてきているから。
10円だけで用事を済ませようとすると今みたいな会話になる。
ていうか学校から出てケータイからかけてくればいいのに。
同じ会社のケータイを使っているから通話するの無料なのに本当に律儀なんだから。
まぁそこがいいところなんだけど。
「これくださーい」
さっき読んでいた漫画をレジに持っていき、お代を払って学校へ向かった。
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校門の前までくるとアオイが隣に自転車を停めてこちらに手を振っていた。
「あれ、早かったね」
「さっきまでそこの本屋にいたからね」
「お、なにか買ったんだ」
「うん、参考書」
手に持っていた紙袋を持ち上げて言ったら
「さ、参考書・・・」
笑われた!?
「なんで笑うのー!?」
「ご、ごめんごめん」
「もう・・・早く行こ」
それから二人で並んでまずはアオイの家に向かった。
それにしても・・・
「学校終わるの早かったね」
「職員会議があってね。そのあとのホームルームでもう下校してくださいーって」
またこのパターンか。
一年前のあの出来事を思い出す。
一年の間隔があいたとはいえこんなことが二度も起こるものだろうか。
「どうしたの?」
「え?あぁ、いやなんでもないよ」
アオイが不安がるだろうしこの話はやめておこう。
「そういえば体を打ったって言ってたけどあの人に何かされたの?大丈夫だった?」
「う、うん?えーと・・・ちょっと投げられたって言うか・・・」
「はぁ!?投げられたって・・・本当に大丈夫!?ど・・・どの辺打ったの!?ここかな・・・こっち!?」
「ちょ、ちょっと周りの人みんなこっち見てるから・・・。なんかさっきからヤヨイさんみたいだよ」
「うっ・・・」
気づいたらアオイの体をペタペタと触っていた。
「ゴ、ゴホン・・・とにかくうちに着いたら体ちょっと見せてね」
「わかりましたー。あ、その前に一回チヨさんのとこに行くからね」
なんでちょっと嬉しそうなんだろう・・・。
チヨさんの家に寄るってことは内職を受け取りに行くっていうことかな。
ランニングをするわけではないのでアオイは自転車を押して帰ることになるのだけどそれでもアオイの家に着いたのはだいたい20分後くらいだった。
「じゃあちょっと荷物取ってくるから待ってて」
それだけ言ってアオイは玄関のカギを開けて中に入っていった。
「おまたせ」
と思ったら出てきた。
「いや、全然待ってない」
いつも事前にお泊りの荷物はまとめているらしい。
中学校のカバンとお泊りのカバンを持ち替えただけだった。
そのままお隣のチヨさん宅のチャイムを鳴らした。
「おや、早かったね」
「こんにちは」
「おやおやサツキちゃんも一緒かい。本当に仲が良いね」
わたしとアオイは顔を見合わせてふふっと笑った。
「ちょっと学校早く終わったんだ。今からサツキの家に行くんだよ」
「そうかいそうかい。はい、じゃあこれよろしくね」
「うん。終わったら持ってくるね!」
そういってアオイは段ボールをひと箱受け取っていた。
「いいよ、わたし持つから」
「ありがと」
アオイはお泊りカバンを持っているからわたしが持とう。
アオイから段ボールを受け取りチヨさんにお別れの挨拶をしてわたしの家に向かった。
家に着くとまず荷物を置いてアオイが体を打ちつけたであろう箇所を見た。
どの辺りを打ったのか聞くと背中の右肩付近だと言っていたので一度制服を脱いでもらったのだけど
「うーん・・・やっぱどこもおかしいところはないなぁ・・・」
「だから大丈夫だって言ったのに」
アザにでもなっているのではないかと思ったけどそんなこともなかった。
肩をまわしたり腕を動かしたりしてもらったけど痛がっている様子もない。
とりあえず何事もなかったようでなによりだ。
「ただいまー」
お母さんが帰ってきた。
両手にビニール袋を持っているところを見ると帰りにスーパーにでも寄ったのかな。
っていうかそれより・・・
「おかえり・・・」
「おかえりなさい・・・」
何か知らないけど頬を膨らませてすっごい不機嫌そうな顔になってしまっている!
「あら、アオイちゃんいらっしゃい。サツキ、明後日に書類できるらしいから本部まで取りに来てって言ってたよ」
「わ、わかりました・・・」
わたしたちに話しかける時は普通だけど・・・
「さてお昼にしますかねー。二人ともまだでしょ?」
「う、うん」
そう言って冷蔵庫に買ってきたものを入れて包丁を握って野菜を切っていた。
「えーと・・・お母さん何かあったの?」
やっぱり訊かずにはいられなかった。
「きいてくれる・・・?」
包丁を握る手がぴたりと止まっていた。
なんだろう・・・。
「ジンったらなぁにが『まぁそういじけるな』よ!子供扱いするのも大概にしろっての!!ねえ!?」
「「・・・」」
何があったのかは知らないけど子供みたいな理由だった。
アオイとわたしはなんて声を掛けたらいいかわからず黙ってしまった。
「え・・・二人ともどうしたの・・・?」
あ、まずい。
ここでストレートに「子供みたいだね」なんて言ってしまうと下手をすれば号泣しながら玄関から飛び出しかねない。
えーとここは・・・
「お、お母さん今日も綺麗だなーって見てただけ―・・・なんちゃって・・・」
咄嗟に出た言葉とはいえ何を言ってるんだわたしは。
脈絡なさすぎだしさすがのお母さんもこんな言葉に惑わされたりは・・・
ボッ!!
・・・ボッ?
なんだボッて。
「サ、サツキったらいきなり何を・・・き、きれいだなんて・・・うぅ・・・」
ちょろかった。
さっきの変な効果音はお母さんの顔が真っ赤になった時の音だった。
両手を頬に当てて明後日の方向を向いてしまっている。
ていうか包丁を持ったままそのポーズするの危ないからやめてくれませんかね。
「ヤヨイさんかわいい・・・」
手を口に当ててアオイが笑っていた。
そういえば明後日には正式に団員になるということはこうやって3人でいられる時間も減ってしまうのか・・・。
「ねえアオイ。お母さんのもっとかわいい姿見たくない?」
お母さんには聞こえない程度の大きさで聞いていた。
「え?それは見てみたいけど・・・どうするの?」
「ふふ・・・じゃあ明日日課が終わったらレンタルショップに行こうか」
「わ、わかった」
日課とはいつものランニングのこと。
終わったらDVDのレンタルショップに寄ってから家に帰って来ることにしよう。
お母さんには悪いけど・・・
わたしたちの思い出作りのための犠牲になってもらおう。




