3文字のメッセージ
―タチバナ サツキ―
「はぁ・・・はぁ・・・」
現在時刻は午前7時30分。
日課である早朝ランニングの真っ最中だった。
正直最近強化にしても召喚にしてもあまり特訓の成果が見られていない。
特訓始めたては日に日に強くなっていくのが自分でもわかったのだけど、その成長も次第に緩やかになっていった。
当たり前といえば当たり前だけど。
基礎体力はあるに越したことはないと思うのでランニングは毎日かかさず行っている。
あらかじめ通るルートはいくつか事前に決めており、その日の気分によって変えている。
ちなみに今日は・・・
「ここがアオイが通う中学校か・・・」
ここを通るルート。
少し立ち止まって校舎を見上げていた。
わたしが学校に通うことはもう二度とないだろう。
団員としての道を進むことを後悔しているわけではないけど、わたしの選択次第ではアオイと一緒に中学校に通う未来もあったのだろうと思うと少しだけ切ない気持ちになる。
そんなセンチメンタルな気分を味わいながらも次の休憩地点である公園に向かって走り出していた。
「ふぅー・・・」
公園に着き、自動販売機でスポーツドリンクを買ってウォーキングをしていた。
アオイが自転車で付き合ってくれるときは家から飲み物を持ってきているのだけど、一人じゃ何か持ちながらだと走ることに集中できないので休憩するときに買うようにしている。
ちなみにもう一日の走る距離のノルマは達成しているのでここからは家に向かって歩くだけだった。
なんでも走った後にいきなり止まって休憩するよりも歩いていた方が疲労回復に良いとのこと。
詳しくは知らないけど。
ブー・・・ブー・・・ブー・・・
ん?
ポケットに入れたケータイが鳴っていたので見てみるとアオイからメールが届いていた。
・・・アオイから・・・?
この時間はすでに学校にいるはず。
学校にケータイを持ってくることは禁止されていないけど、校則に従って必ず電源はオフにしておかなければならない。
何かあったときのための緊急連絡手段としてケータイの持ち込みは許可されているのだけど、アオイは何か電話する用事があってもケータイは使わずにわざわざ校内にある公衆電話を使うほど律儀なのにどうしてメールしてきたんだろう。
とりあえずメールの内容を確認してみよう。
『たすけ手短に正拳突き!』
・・・は?
これはあれかな?
この前一緒に見たお笑い番組のコントで爆笑したネタを意味もなくお互いにメールで送りまくったやつの名残だろうか。
でもその時のメールとは少しだけ違うところがある。
冒頭の3文字。
『たすけ』
嫌な予感がする。
学校にいる時間にもかかわらずアオイがケータイを触っている。
しかも素早くやり取りができる通話ではなくメールを送ってきた。
そしてこの3文字。
この時わたしは一年前の不審者事件のことを思い出していた。
不審者がこちらに近づいてきたときにわたしが思わず呟いた言葉。
『た・・・たすけ・・・』
こんな心配は杞憂であってほしいと思いながらも今まで走ってきたルートをダッシュで引き返していた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
再び校門の前まで戻ってきたのだけどパッと見、何も変わったところは・・・
・・・ん?
不審者でもどこかにいるのだろうかと思って辺りを見回したけど、校庭には人間の姿はどこにもなかった。
その代わりではないけど落とし物を拾った。
「これ・・・アオイのケータイ・・・?」
試しに電源ボタンを押すと確かにアオイの物であることがわかった。
なぜこんなところに。
ほんの数分前にメールを送ってきたばかりなのに持ち主が近くにいないというのはどういうことだろう。
というかなんでこんなところにボトッと落ちているのか。
ふと校舎の方に目をやると一か所だけ明らかにおかしい教室があった。
窓が割れている。
少し遠いので確認しづらいけど、2階にある教室の窓が一枚割れているのがわかる。
・・・行ってみるか。
この程度の高さなら跳んで行けなくもない。
真下まで移動して垂直に飛び、勢いを殺さず手すりを掴んで体を持ち上げた。
なんとかベランダに着地することができた瞬間
「サツキ!ヤヨイさん助けて!!!!!!」
アオイの叫び声が聞こえた。
声がした方を見るとアオイが尻もちをついて後ずさりをしており、目の前にいる背の高い男が顔を真っ赤にして今にも襲い掛かろうとしていた。
・・・させるか・・・!
一枚だけ窓が開いていたのでそこから中に入り、咄嗟に水無月を召喚してすぐそばにあった誰も座っていない机を踏み台にして跳び、アオイの前に着地した。
そして、あの時お母さんが言っていたセリフを少しだけアレンジしてみた。
「わたしの親友に触れるな」
すると目の前にいた男が怪訝そうな顔をしていた。
「何だいきなり窓から入ってきて!お前どこの生徒だ!?」
一昔前のヤンキーかあんたは。
「あいにくわたしはもう学生ではないのでどこの生徒でもないです」
「あぁ不良か」
「ふ、不良・・・」
不良なんて生まれて初めて言われた。
ここにお母さんがいたらきっと発狂しながらこの男を蹴り飛ばしていたことだろう。
「アオイ大丈夫?」
「う、うん・・・来てくれてありがとう」
声が震えている。
どれほど怖い思いをしたのかが伝わってくる。
あの時のわたしみたいに。
目の前の男がじろじろこちらを見ているけどとりあえず無視しよう。
「お母さんに連絡は?」
「その前にケータイを外に投げられちゃった・・・」
この教室から投げられても壊れてなかったのか。
軽く奇跡な気がする。
わたしは男から目を離さずに片膝をついて床にケータイを置き、スライドさせるようにアオイの方へ渡した。
意図を汲み取ってくれたのか受け取ると同時にお母さんに電話をしているようだった。
「ところでこの人だれ?」
「先生だけど・・・」
「あ、やっぱりこれ先生なんだ!?」
薄々は気づいてたけど。
スーツを着て教室にいるってことはそういうことなんだろうなぁとは思ってはいたけどこの人の表情を見るとゆでだこかその辺のチンピラにしか見えない。
「教師に向かってこれとはなんだ!あと子供がそんなものを持つんじゃない!こっちに渡しなさい!」
しびれを切らしたように怒鳴り散らかしていた。
そして「そんなもの」というのはたぶん水無月のことかな。
渡せと言われて渡す人がどこに・・・
と思ったけどちょっと渡してみようかな。
「これを渡せばみんなに危害を加えないって約束してくれますか?」
「・・・あぁ、約束しよう」
絶対嘘だなこれ。
とりあえず口元のにやけっぷりを何とかしなさい。
嘘をつくならもっとバレないようにやらないとね。
「じゃあ・・・」
さっきアオイにケータイを渡した時と同じ要領で前にスライドさせた。
「ほう・・・?」
水無月を軽く持ち上げて眺めていた。
わたしの宝物をそんな風にじろじろ見られるのはいい気はしないな。
「だが・・・悪い子にはお仕置きしてあげないといけないよなぁ・・・?」
やっぱそうくるか。
とりあえず会話でなんとかできないということが分かっただけでもよかった。
今にもこちらに向かって襲い掛かってきそうな勢いだ。
「あ、やっぱりそれ大事なものなので返してください」
「は?え・・・?」
水無月を収納すると先生は間抜けな声を出して自分の手や周辺の床を交互に見ながら混乱している様子だった。
すかさず先生の懐に潜り込み、テストの時人形にやったようにサマーソルトキックで顎を蹴り上げ、相手が打ち上がった隙をついて着地と同時に回し蹴りを腹にお見舞いした。
「んぶ!ぐぇ!!」
・・・なんだ・・・?
腹を蹴った時、まるで鉄板でも仕込んであるんじゃないかと思うほど硬かった。
それでも向かい側のドアまで吹き飛ばされて激突した先生は動かなくなった。
危険人物の無力化に成功したわたしはアオイの元に駆け寄り抱き寄せた。
「無事でよかった・・・。どこか怪我はない?」
「うん、大丈夫。ちょっと体を打っちゃったけど。助けに来てくれてありがとう」
「それにしてもなんでこんなことに・・・。いったいなにが・・・」
「サツキ!後ろ!!」
わたしが言い終わる前にアオイがわたしの名前を叫んでいた。
後ろ・・・?
急いで振り返るといつの間にか男が立ち上がりドアを開け教室から駆け出していた。
「ま、待て!」
騒ぎを聞いて駆けつけてきた先生を強引に押しのけて男は廊下を走っていた。
人を避けたり飛び越えたりしながら追いかけたけどなかなか追いつけない。
「っち・・・」
階段の前までたどり着いた男は下を見て舌打ちをした後に階段を駆け上がっていた。
わたしも階段の前まで来て下を見てみると何人かの先生が階段を上ってきている。
あの男はこの先生たちが邪魔だと判断して上に行くことにしたのか。
結局最上階まで追いつけず、ドアを開け屋上に侵入していた。
そして、屋上には男以外にもう一人誰かがそこにいた。
誰か知らないけど今この興奮状態の男と接触したら下手をすれば命はない。
「どけええええええええええええええええ!」
男は叫びながら突進していた。
「そこの人!早く逃げ・・・!・・・なくていいです」
なぜ逃げなくても大丈夫なのか。
それは・・・
「睦月」
そこにいたのがお母さんだったからだ。
・・・あれ?
お母さんいったいどこから屋上に入ってきたんだろう。
先回りするという意味だったとしても普通に扉から来るんだったらわざわざ屋上で待っていなくても廊下とか階段で捕まえればいいのに。
まさか壁を垂直に走ってきたりしたんだろうか。
そんなことを考えていると、お母さんは男の胸と腹の間を柄の部分で強打し、さっきまでやかましかった男を一撃で沈めていた。
気絶させたいときはああやればいいのか。
今度教えてもらおう。
「お、お母さん」
「サツキ、怪我はない?」
さっきアオイにかけた言葉が今度はわたしに向けられていた。
怪我はない・・・。
怪我はないけど・・・。
「わたしなら大丈夫。でも・・・ごめん、お母さん。気絶させたと思って完全に油断してた・・・。危うく誰かが危ない目に合うところだった・・・」
もし途中で遭遇していた先生に対してあの男が攻撃していたら?
屋上にいるのがお母さんではなく生徒だったら?
あの男が教室から逃げるのではなく生徒を人質にしていたら?
わたしのせいで下手をしたら誰かが命を落としていたかもしれない。
わたしのせいで・・・。
わたしの・・・せいで・・・?
そっか・・・。
あの時のお母さんはこんな気持ちだったんだ。
カワノワタルの件があった時。
状況こそ違うけど一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
しかもわたしの場合は油断が原因で。
今回はたまたま運が良かっただけだ。
お母さんは無言でわたしの頭を撫でていた。
言葉で慰めるでもなく叱るでもなく。
「ここはお母さんに任せてサツキはアオイちゃんのところへ行ってあげて」
「お母さん・・・ごめんね・・・ありがとう」
この言葉にはいろんないみが込められていた。
油断してごめん。
こんなことを押し付けちゃってごめん。
不甲斐ないわたしの尻ぬぐいをしてくれてありがとう。
アオイのことを気にかけてくれてありがとう。
お母さんに謝罪と感謝の言葉を伝えてその場を後にしようと振り返って走り出そうとしたけどもう一つ言い忘れたことがあった。
「あ、お母さん。その男の人、お腹の下あたりになにか仕込んであるかもしれないから気を付けてね」
何があるかはわからなかったけど一応伝えておこう。
わたしはそれだけ言ってアオイの元へ戻るべく駆け出した。




