サツキの特訓
―タチバナ サツキ―
現在時刻は午前5時。
お母さんと一緒に特訓するため近所の公園に来ていた。
なぜこんな早朝に始めたのかというと一つは人目をあまり気にする必要がないこと、もう一つは気温が低い方が身が引き締まるんじゃないかということだった。
大きく分けて能力の種類は肉体強化・魔装召喚・その他の三つに分類される。
検査の結果は「肉体強化C 魔装召喚B」
なんだか個人的にパッとしない感じだった。
肉体強化は文字通り。
魔装召喚は魔力を帯びた物質を体に吸収させ、任意のタイミングで取り出して使用できるというものらしい。
「ねえお母さん。『その他』ってなに?」
なんだかざっくりしすぎな気がしてならない。
「基本的に強化と召喚の二つは多くの能力者が使えるものなんだけど三つ目のその他は種類が多すぎてね。あの時の男の子が使ってた『洗脳』なんかがそれに当たるかな。『奥義』って呼ぶ人も多いね」
なるほど・・・あれ、でもそうなるとわたしの三つ目の能力ってなんなんだろう。
「わたしは強化と召喚の結果しか教えてもらってないけどもう一つは?」
「わかりません!」
わからんのかい!
「そればっかりは自分で見つけるしかないね。多くの能力者が使える強化と召喚は適性検査でわかるけどその他については種類が多すぎて検査のしようがないから」
聞くところによるとメジャーな二つの能力が低いほど奥義とやらが強力なものである可能性が高い傾向があるらしいけど実際のところはかなりあやふやらしい。
「それにしてもCとかBってなんだか微妙な気がするよ」
お母さんがあれだけすごい動きができるんだったらその娘のわたしもそれなりに高い適性を持ってるものだと思ってたからちょっと拍子抜けだった。
「十分すごい方だと思うよ。特に召喚Bなんてそうそういないからね。お父さんに至ってはEだし」
Eランクは適性が全くない、すなわち無能力らしい。
その辺の一般人を捕まえて検査を受けさせるともれなくダブルEランクになるということだった。
「でもいきなり『あなたの適正はBです』とか言われてもあまり実感わかないんだけど」
「ん?んーそれもそうか。あ!だったら自転車で例えて説明するね」
お母さんなんでわざわざ乗れない自転車で例え話をしようとするのだろう。
「Eはあなたは一生かけても自転車に乗ることはできませんって言われてるようなもの。Dは・・・2~3か月練習すれば人並みに乗れるようになるかな。Cは1週間くらいかなぁ。Bは頑張って練習すればその日のうちに乗れるようになる。Aは・・・」
「Aは・・・?」
「初っ端から両手放し目隠し立ちこぎができるレベルかな」
「すごっ!?」
Aだけ明らかにレベルがおかしいんですけど。
なんか急にわたしの適性が妥当なものだと思えてくるほどだった。
「まぁその頭おかしいのがお母さんの身近に何人かいたんだけどね・・・」
いたんだね・・・。
「・・・お母さんの適正気になる?」
「え・・・」
唐突にお母さんがそんなことを聞いてきた。
気にならない、と言えば嘘だった。
でもわたしは敢えて聞かない。
「言わなくていいよ」
「あれ、そう?」
「わたしが目標にしているのはお母さんだから。わたしより適性が高かろうが低かろうが関係ないよ」
仮に今聞いてしまうとそれによってわたしの行動が変わってくるかもしれない。
お母さんより高かったら努力を怠るかもしれないし、低かったら心のどこかで強くなることを諦めてしまうかもしれない。
もちろんそんなことをするつもりは無いけど、万が一にも変な心変わりはしないようにしたかった。
「そっか・・・あ、そうだ!サツキにお母さんからプレゼント」
プレゼント?
なんだろう。
お母さんが取り出したのは小学校で使っている30cm物差しと同じくらいの長さの刀だった。
「警備団に入って仕事するなら武器は必ずと言っていいほど必要だから。とりあえず・・・はいこれ」
抜き身の刀をわたしの方に差し出していた。
恐らくこれで召喚の練習をするということだろう。
つまりこれは魔力を帯びている物質でできた刀ということになる。
「お母さんにはもう使えないからね」
「え、なんで?」
「お母さんはもう体のキャパシティいっぱいいっぱいだからね。もうその程度の大きさの物も収納できないのです」
「ということはお母さんもなにか召喚できるの?」
いっぱいいっぱいということはそれだけなにかを詰め込んでいるということだろう。
わたしがそう聞くとお母さんは右腕を前に突き出して手のひらを上に向けて呟いていた。
「睦月」
その瞬間、お母さんの右手にはわたしが持っている物の倍の長さの刀が握られていた。
「お、おぉ・・・」
軽く超常現象だった。
「これわたしにもできるの?」
「できるよ」
迷いなくそう答えていた。
でも二つほど気になることがある。
「睦月って?」
「この子の名前」
お母さんは自分が持っている刀を指差していた。
「ちなみにこっちが如月ね」
左手にはいつの間にかもう一本同じ長さの刀を握られている。
「名前があるんだね」
「あるよあるよー。あ、その子の名前何にする?」
わたしが左手に持っている刀のことだろう。
「名前って必要なの?」
「あったほうがいいよ!」
お母さんは目をキラキラ輝かせていた。
「じゃあ・・・今6月だから水無月で」
ちなみにお母さんの睦月は『1』本目の武器だから。如月は『2』本目の武器だかららしい。
月関係ないじゃないですかーやだー。
そしてわたしがもう一つ気になることは。
「召喚もできたら便利だとは思うけど強化の特訓した方が強くなれるんじゃない?」
ということだった。
特にこの小さい刀だったら懐に忍ばせておけばわざわざ体に収納しなくても持ち運ぶことは可能だった。
お母さんはそれを聞くとフフッと笑い、睦月を逆手に持って槍投げのような構えをして振りかぶっていた。
「え、ちょっとなにを・・・」
わたしが言い終わる前にお母さんは前方に力いっぱい刀を投げていた。
「うわ!?あぶなっ・・・!」
早朝とはいえ誰かが通るかもしれないのにそんな思いっきり投げたら・・・!
なんていう心配はどうやら杞憂だったらしい。
いつの間にかお母さんの右手には今投げたはずの刀が戻っていた。
「まあこんなこともできるから身につけておいて損はないと思うけど?」
得意気に笑っていた。
一度手元から離れても収納してまた召喚することですぐに使えるようになるということか。
でもどうやればいいんだろう。
全く分からない。
「ねえお母さん。具体的にどうやればいいの?」
「んー・・・」
お母さんは少し悩んだ後に
「サツキは体を動かすときどうやってる?」
「え?えーと確か脳から命令を送って筋肉とか動かしてるんじゃなかったっけ・・・?」
そんなことをどこかで聞いたことがある気がする。
でもそれとさっきの質問と何が関係あるのだろう。
「お母さんは違うなー。お母さんはね・・・」
体の構造が違うってこと!?
「歩こうと思ったら勝手に歩いてるし、物を投げようと思ったら投げてる」
「え、どういうこと?」
「サツキだって歩くときわざわざ脳から足に命令を送って右足を動かした後に左足を―なんて考えてないでしょ?」
「まあ確かにそうだけど・・・」
「それと同じでお母さんは睦月来てほしいなーって思ったらいつの間にか右手にこの子がいる感じだね」
「えーとそれはつまり・・・?」
「なんとかして自分でコツを掴むしかないね」
やっぱりそういうことかー!
確かに歩き方とか言葉を発したりとかは誰かからわざわざ教わらなくてもいつの間にか勝手にできていたし、仮に歩き方を誰かから聞かれても教えようがない。
試しに刀を持っている手に力を込めてみても全く変化が起きる気配がない。
気づけばお母さんはブランコに乗って遊んでいた。
いつものお母さんなら手取り足取り教えてくれていたけど、それをしないということは本当に教えようがないのか他に意図があるのか。
どちらにせよ自分の力でどうにかするしかないようだ。
あれから30分は経過しただろうか。
全くコツとやらをつかめないまま時間だけが過ぎていき、疲れだけが溜まっていった。
ベンチに座って少しだけ目を瞑って休憩しようとしたらあの時の光景が浮かんできた。
『ゆっくり深呼吸して・・・ママの声をよく聞いて・・・。そうそういい子ね』
あれは例の男の子に洗脳されていた時の・・・。
『ママが今触ってるところに集中して・・・。うんうん。よしよーし・・・』
というかどさくさに紛れてママって言ってたな。
わたしが幼稚園児の頃からお母さんって呼び出してそれっきり言ってなかったと思うけど。
お母さんが言うには『ママ』の方が甘えている感じがして好きらしい。
って今はそんなことどうでもいい。
集中・・・集中か。
力むのではなく意識を集中させてみよう。
あの時は胸の当たりだったけど今度は利き手である左手に集中。
・・・お?
なんかよくわからないけどいい感じかもしれない。
それまで目を瞑って集中していたけど少しだけ目を開けてみた。
すると視界の隅になにやらとんでもなく気になる動きをしているものがあるような気がしてそっちに気を取られてしまった。
うわぁ・・・あんなにブランコ振って危なくないのかな・・・。
少しでも手の力を緩めたらそのまま遥か彼方まで吹っ飛んでいきそうな勢いだった。
・・・ん?・・・え・・・?
「うそ!!一回転した!?・・・って・・・ああああああああああああああああ!!!」
いい感じかもしれなかったのに!
完全に集中力を切らせてしまった。
「え!?どうかしたのー!?」
わたしの絶叫を聞いてお母さんがブランコに振られながら話しかけてきた。
「お母さんブランコがうるさい!!!!」
自分でも何を言ってるのかわからなかったけどわりと的を射ている発言な気がする。
もう目を開けない。
お母さんがブランコで何回転しようがもう気にしない。
さっきの感覚を思い出してやればうまくいきそうな気がしていた。
よしよし・・・手に持っているものが溶け込んでいく感覚。
なんて言えばいいのかよくわからないけど手元の刀がどこかに消えていく感じがしていた。
ここ30分くらいの努力がようやく報われる、そう思うと自然と笑いが込み上げてきた
「ふふ・・・ふふふ・・・」
「ねーおかあさん!あのお姉ちゃんなにか一人で笑ってるよ!!」
「しっ・・・見ちゃいけません!」
「・・・」
偶然通りかかった親子に見られてしまった。
幸い距離が離れていたため刀を持っていることはバレなかったとは思うので、凶器を持ったまま不気味に笑っている小学生というレッテルは貼られなくて済んだ。
というかこの特訓をするだけなら別に家の中でもよかったのでは・・・。
それにしても我ながら最近反応とか仕草がお母さんに似てきたような気がしてきた。
こういうところは別にマネしたくないのだけど・・・。
軽くショックだった。
そんなこんなでわたしは小学校に通いながら特訓に打ち込んだ。
時にお母さんと一緒に、時にアオイと一緒に。
1年後の魔力警備団入団テストに向けて。




