それでもわたしは
―タチバナ サツキ―
例の騒動から一週間が経っていた。
サワノさんとはあれから挨拶くらいしかしていない。
もともとクラスの中でも人気者でいろんなグループに入っていたので今でも他の友達と遊んでおり、わたしと目が合っても少し気まずい雰囲気になるだけだった。
いきなり目が覚めたらクラスメイトの、しかもろくに話したこともない人の家のベッドで寝ていた、なんて奇妙な体験をしてしまったから無理もない。
大きな騒ぎにならなかっただけよかった。
それに比べてアイザワさんとはあれから話すようになり、家によく遊びにきてくれている。
わたしにとって初めて友達と呼べる関係になった。
わたしがなぜ今まで友達を作らなかったかというと・・・。
おっちょこちょいなお母さんのお世話をするため。
なんてお母さんには口が裂けても言えない。
友達と遊びに行くとそれだけお母さんが家に一人でいる時間が増えるので、その間に何かあったら大変だ。
ガスの元栓閉め忘れてお昼寝してたりお風呂の水を止め忘れたりしてたらどうしようとか考えるといてもたってもいられず、学校が終わるといつも直帰していた。
・・・なんて今までは思っていたけど、たぶん実際はお母さんと少しでも一緒にいたかったからだと思う。
自分でも気づかないうちに言い訳をしていただけかもしれない。
おっと、こっちも絶対に口が裂けても言えない。
多分満面の笑みを浮かべたお母さんに襲われる。
そして例の男の子は警備団に連れていかれたらしい。
それからどうなったかはわたしは知らない。
お母さんに聞いてもわからないというだけで、何か隠している様子もないし、わたしが知ったところでどうしようもないので触れないでおこう。
でも、サワノさんやアイザワさんはあまり覚えていないようだけど、あの時男の子からされたことをわたしは覚えている。
いままでほとんど話したこともないサワノさんのことを親友だと思い込まされて、会ったことすらない男の子を当たり前のように家に招待させられた。
それをお母さんに問い詰められた瞬間、お母さんのことが憎くて憎くてたまらなくなって挙句の果てには「しんじゃえばいい」なんて思ってしまった。
それから何かの拍子で正気に戻った瞬間、あの子に襲われたけどお母さんが助けに来てくれた。
わたしだけじゃない、部屋にいたクラスメイト全員をたった一人で救っている。
やっぱりお母さんはすごい。
「私のせいで」なんて言っていたけどあの場でお母さんがいなかったらどうなっていたかなんて考えたくもなかった。
でもそんなお母さんが時々すごく疲れた顔をしていることをわたしは知っている。
それがなぜなのかはわからないけどそれなら今度はわたしがお母さんのことを救ってみせる。
そのために強くなりたい。
まずは自分の身は自分で守れるくらいに。
「そうか・・・」
お父さんが口を開いていた。
わたしはこの家族会議で初めて警備団に入りたいということを告白していた。
それなのにどうやらお父さんはそう来ると思ったとでも言いたげな反応をしている。
「サツキが経験したことよりも遥かに辛いことがこの先きっと待っている。すごく痛いかもしれない。すごく苦しいかもしれない。警備団なんかに興味を持つんじゃなかったって思う日がくるかもしれない。これからは母さんの手の届かない場所に行くことになるだろうからこの前みたいに助けてくれるなんてこともなくなる。それでも入りたいか?」
いつもは優しい口調のお父さんがこの時ばかりはそういうわけにもいかないらしい。
でも・・・。
「わからない。わからないけどもう指をくわえてみてるだけとか守られるだけなのはもう嫌。それに・・・」
「それに?」
多分これが一番大きい理由。
「お母さんのあんな顔はもう見たくないから」
お母さんのおかげでみんな無事だったのに自分を責めて涙を流している姿は見ている方もつらかった。
それにただ生活していただけでもあんな目にあったのだから立ち向かわなきゃ。
「ってうわぁ!なにどうしたの!?」
なんて真面目なことを考えていたらいきなりお母さんに抱き着かれていた。
わたしの胸に顔をうずめてスリスリしてきている。
「そうか、わかった。頑張れよ」
お父さんは笑いながらそう言った。
そういわれてもわたしも本気で・・・。
・・・ってあれ?
「いいの?」
意外にあっけなかった。
「実はな・・・サツキが生まれる前から決めていたことなんだ。母さんと話し合ってな。子供が本気でやりたいことを見つけたら応援するって。例えそれが命の危険があるようなことでも」
そうだったんだ。
あれ・・・でもあの時・・・
「わたしがお母さんみたいになりたいって言った時・・・お母さんこの世の終わりみたいな顔してたよね?」
見るとお母さんはあからさまに目をそらしていた。
「やっぱりお母さんは反対なの?」
そう聞くとお母さんは少しだけ俯いて
「そう・・・だね。正直言うと反対」
あの反応からしてやっぱりそうなるよね。
「一生こうやって抱き着いて守ってあげたいしずっとそばにいたい。でも・・・」
でも・・・?
「でもそれは私の我儘だから。あんな目にあっても前に進もうとしている娘の邪魔をするなんて私にはできない」
いつの間にかお母さんはわたしの目をじっと見ていた。
目は少し涙で潤んでいて、それでも優しく微笑んでくれている。
「とりあえずは適性検査を受けてからだな」
お父さんはそう言っていた。
説明するより実際に受けてみた方が早いと言われて詳しいことは聞けなかったけど、能力は基本的にA~Eの5段階で評価され、それを知るために検査を受ける必要があるとのことだった。
「その適正?が高かったらわたしもお母さんみたいに瞬間移動できるようになるのかな」
その瞬間この場の時間が止まったようだった。
あれ、なんかまずいこと言ったかな。
「・・・お前いつのまに瞬間移動なんてできるようになったの」
「え!?えー・・・ん?あー・・・」
あれ、もしかしてこの反応は・・・
「お母さん嘘ついたの?」
「嘘!?嘘はついてないよ!私は瞬間移動できるなんて一言も・・・!」
「でも否定しなかったよね?」
確かにわたしはあの時「瞬間移動できたんだ?」って言った
そしてらお母さんは「見直した?」って・・・
「あ、あれは・・・」
なんかいきなりモジモジし始めた
「サツキに褒められて嬉しかったの!!ごめんねえええええ!!!」
「うわぁ!?」
今度は押し倒されるんじゃないかと思うくらいの勢いで抱き着かれた。
「たぶんそれはな・・・サツキの目では追えないほど母さんが速く動いただけだ」
笑いながらお父さんはそう答えていた。
「うっそ・・・」
瞬間移動ではなく高速移動だった。
あまりの速さにわたしが勝手に勘違いしただけらしい。
・・・まあ常識的に考えて高速だろうと瞬間だろうと普通じゃありえない話なんだけど。
それでもお母さんはわたしの目の前でやってのけた。
一瞬にして不審者を蹴っ飛ばしてわたしを助けてくれた。
「わたしにもできるかな」
「努力すれば・・・きっとできるよ」
お母さんはそう言ってくれた。
わたしは自分の手を見ていた。
お母さんができるって言ってくれたんだ、頑張ればいつかお母さんみたいになれる。
今度はわたしがお母さんの支えになる。
入団の最低条件は小学校を卒業すること。
前までは年齢に関係なく強制的に入れられてたらしいけど、団長が変わってから変更されたらしい。
わたしが小学校を卒業するまで1年弱。
それまでに必ず強くなってみせる。




