疑念
―タチバナ ヤヨイ―
「待ってサツキ!」
私が呼び止めても聞く耳を持たず走り去ってしまった。
失敗した・・・。
あの様子からしてサツキは本当に嘘はついていない。
違和感を確かめるため、友達3人に聞かれないよう呼び出してこっそり聞こうと思ったけどそれがまずかったかもしれない。
最初に違和感を覚えたのはサツキが帰ってきたとき。
1つは男の子から魔力を感じたこと。
これに関してはそれほど大きい力でもなかったし、魔力を持っているからと言って必ずしも危険な存在ではないということもあってその場で言及することでもないと思った。
それでも警戒はしていたけど。
それより気になったことはサツキが当たり前のように友達を家に連れてきていたということ。
今まで家に連れてくるのはおろか、登下校すら友達と共にしているところを見たことがない。
そもそもそれほど仲のいい友達がいるのだったら不審者事件が起こった下校時、私が一緒に帰りたい子がいないか聞いたときに声をかけていてもおかしくなかったはず。
女の子二人の名前は授業参観に行ったときに覚えていたけど、男の子の方はその時初めて見た。
それを「なんで覚えていないの?」といった風に紹介していたサツキの様子はいつもの私に対する呆れ顔そのものだった。
つまり演技なんかじゃない。
それなのに私が「なんで嘘ついたの?」なんて責めるような言い方をしてしまったせいで怒って行ってしまった。
「それにしても・・・大っ嫌いか・・・」
なんて落ち込んでる場合じゃない。
去っていく直前のサツキの様子は明らかにおかしかった。
私の言い方が悪かったのもあるけど、本来のサツキはあの程度のことであんなに怒り出すような子じゃない。
早く追いかけないと・・・。
「あ、こんなところにいたー」
気が付くとサツキが出ていったドアの前にサワノ カエデちゃんが立っていた。
悪いけど今は相手をしている場合じゃない。
「ごめんね、おばさんちょっと用事が・・・」
「だめですよー、ちゃんと洗濯物干さないと。しわになっちゃいますよ?」
私を通さないようにしたいのかドアの前からどいてくれる様子が全くない。
なんだこの子は・・・。
写真のことを聞かれた時も少しだけ思ったけど自分の意思で動いていないような・・・。
まるで誰かに「こうしろ」と言われているような・・・。
「急いでるから・・・って、いつっ・・・!」
横を強引に通ろうとしたら手首を掴まれていた。
それだけじゃない。
思いっきり爪を立てて肉に食い込ませてきている。
小学生の力なのでそれほどではないにしろ、手首の皮が剥がれる程度には力が入っていた。
「だめじゃないですか、ね?ハやくせンたくものを」
その顔からは表情がなくなっていた。
目は大きく見開かれており、首に力が入っていないのか顔が斜めを向いてしまっている。
「は、離して・・・!」
早くサツキの元に行かないといけないのに!
こうなったら・・・
私は手を強引に引き剥がしてカエデちゃんを洗濯物の方に突き飛ばし、部屋を出てドアを閉めた。
サツキもそうだけどこの子も様子がおかしいどころの話じゃない。
さっき階段を駆け上がる音が聞こえてきたからおそらく自分の部屋に向かったはず。
急いでサツキの部屋の前まで来て、ドアを開けるとそこには・・・
「サツキ!?」
カワノ ワタルに片手で首を絞められ、足がつかない状態になるまで持ち上げられたサツキの姿があった。
カワノは今にも余った方の手でサツキの顔を殴ろうとしている。
「このっ・・・!」
私は首を絞めている方の腕をつかみ、強く握りしめた。
「ぐっ・・・」
痛みで手を離したところを見計らって壁に向かって投げ飛ばし、倒れこんでいるサツキを抱き起こした。
「サツキ!サツキ!大丈夫!?しっかりして!!」
「お・・・おかあ・・・さ・・・」
良かった・・・意識はちゃんとある。
もう少し遅かったらどうなっていたかわからなかった。
「ごめ・・・ごめんなさい・・・お母さん・・・お母さんが正しかったのに・・・わたし・・・わたしあんなこと思って・・・」
なぜ『あんなこと言って』ではなく『あんなこと思って』なのだろう。
でも今はそんなこと気にしている場合じゃなかった。
「だいじょうぶ・・・だいじょうぶだよ。お母さんの方こそごめんね。サツキは嘘をなんてついてなかったんだよね」
抱きしめながら安心させるように頭を優しく撫でた。
「意外と早かったね」
壁に投げつけられ、さっきまで悶絶していたカワノが話しかけてきた。
「さっき一人そっちに行かせたんだけどなぁ。あ、もしかしてサワノさん邪魔だからって殺してきたの?」
何を言っているんだこいつは。
「そんなわけないでしょう!そんなことよりなんでこんなことをするの!」
私は会話の内容がサツキの耳に入らないよう腕で包み込むようにして相手を睨みつけた。
「いやがらせかな」
「・・・は・・・?」
いやがらせ?
そんなことのためにサツキをあんな目に合わせたの?
「僕警備団嫌いなんだよ。皆殺しにしたいくらい。両親共に団員ってことで来てみたら父親の方は家にいないときたもんだ」
まさかカエデちゃんが写真のことを聞いてきたのって私たち家族の情報を手に入れるため?
それに警備団を皆殺しって・・・。
「僕も僕の家族もさんざんな目にあわされたからね。やってることはリブラの連中と変わらないかそれ以上だよね」
カワノは呆れたようにそう吐き捨てていた。
(今リブラって言った・・・?)
「あんな犯罪者集団と一緒にしないで!」
私は思わず叫んでいた。
腕の中にいるサツキが今の声に驚いてしまったので、また頭をなでた。
っていうかこんな幼い子がどうしてその名前を・・・。
決められたルールというわけではないけど、あの戦い以降この名前は禁句であるということが暗黙の了解となっていた。
いや、名前自体を知っていることは不思議ではなかった。
誰かから聞いたり、どこかで名前を目にした可能性だって十分に考えられる。
問題はこの少年が組織自体を知っているかのような口調だったこと。
「とにかく、私の娘をこんな目に合わせた上にその名前を口にした以上、野放しにするわけにはいかない。拘束させてもらいます」
するとカワノはフフッと笑った後に
「拘束?警備団らしく殺せばいいんじゃない?」
「警備団はそんな組織じゃない!それにさっきから殺す殺すって・・・あなたみたいな子供が・・・!」
「そんな組織じゃない?あんた本当に何も知らないんだね。よほど気に入られてたみたいだ。それにね・・・」
知らない・・・?
気に入られてたってなに・・・?
「僕はこう見えて今年で30だよ」
「・・・え」
そんなわけがない。
どう見てもサツキと同じか少し上くらい。
30歳っていったら私とほぼ同い年じゃない。
ガタッ
いきなり背後から物音が聞こえたので慌てて振り返ると、鉛筆を握りしめたカエデちゃんがカワノの方をじっと見つめていた。
いや、カエデちゃんだけじゃない。
サツキも部屋の隅にいたアオイちゃんも黙ってカワノの方を見ている。
そしてアオイちゃんの手にはハサミが握られていた。
(もしかしてこの子たちに私を襲わせるつもり・・・?)
私はサツキを守るべく身構えた。
でも次の瞬間起こった出来事は私が予想したものとは全く別のものだった。
「な、なにをしているの!」
アオイちゃんとカエデちゃんは手に持った物を今にも自分の喉に突き立てようとしていた。
私は近い位置にいるカエデちゃんが持っている鉛筆を掴み、そのまま握りつぶし、また何か凶器を持ってこられたらまずいのでカエデちゃんをベッドの方に放り投げた。
次にアオイちゃんを助けに行こうとしたけど・・・
(間に合わない・・・!?)
今無理やりハサミに掴みかかったり腕を払いのけようとしたらそのまま首を引き裂きかねない。
こうなったら・・・!
私は自分の左手をアオイちゃんの喉元とハサミの間に差し込んだ。
グサッ
「っつ・・・!」
間一髪だった。
そのまま左手でハサミを奪い取り、アオイちゃんもベッドに放り投げた。
ベッドの上にいる二人はもうピクリとも動いていない。
「サツキ!」
サツキだけは様子が違った。
目から涙が溢れ、両手で頭を守るように縮こまり、体は小刻みに震えていた。
「し・・・しにたい・・・しにたい・・・でも・・・しにたくない・・・い、いや・・・いやだ・・・おかあさん・・・」
死にたいって・・・どういうこと・・・?
「サツキ!大丈夫!もう大丈夫!ママはここにいるからね・・・!」
再びサツキの元へと戻り抱きしめた。
「これでもダメか。おばさんすごいね」
カワノは自分で持ってきていたのか、ナイフを手にしていた。
隙を見て私を襲おうとしたのか。
「この子たちに何をしたの!!!」
「ちょっとおばさんのことを嫌いになったり死にたくなってもらっただけだよ」
だけ・・・?
だけってなに?
私の大事な娘に死にたくなるほどの思いをさせておいてこいつは・・・!
だいたい察しはついている。
あの瞬間、全員がカワノの顔を見ていた時点でこいつが洗脳していることはほぼ確定だった。
『洗脳』というものは受ける側の魔力が少ないほど染まりやすい。
少量の白い絵の具に大量の黒を投入するとすぐに真っ黒になってしまうように。
カエデちゃんとアオイちゃんは魔力をほぼ持っていない子なので完璧に洗脳されていた。
私に対してもなにかやってきていたようだけどあの程度の力は私には効かない。
サツキの場合はすでに並みの能力者の魔力を持っているため、無意識のうちに抵抗できていた。
でもこの類の能力は中途半端に抵抗する方が何倍も苦しい。
待っててね・・・すぐにママが助けてあげるから・・・!
また洗脳させられるわけにはいかないので、まずはあいつの顔を見ないようにサツキの目を右手で覆ってあげた。
左手は今掌が血だらけなので目隠しには使えない。
「ゆっくり深呼吸して・・・ママの声をよく聞いて・・・。そうそういい子ね」
次に左手を軽く握ってサツキの心臓部分に軽く当てた。
「ママが今触ってるところに集中して・・・。うんうん。よしよーし・・・」
呼吸が落ち着いてきた。
うまくいってよかった・・・。
どうやら我が子にはやっぱり魔力を使う才能があってしまうらしい。
今だけはその才能に感謝するけどやっぱり複雑だった。
「もう泣いて謝っても許さないから」
サツキが落ち着きを取り戻したことを確認してからカワノの目の前まで来ていた。
何かまた余計なことをしでかす前に私は睦月を取り出し柄の部分で鳩尾を強打していた。
「うっ・・・!?」
この程度ではこいつは死なない。
サツキの体重がいくら軽いとはいえ、同年代の子供を片手で持ち上げるほどの強化が行える能力者なのだから。
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私はカワノの両手に手錠をかけ、タオルで目隠しをしてから本部に・・・というよりジンに報告していた。
「もしもし」
「・・・どうした?」
あれ、普通に対応してくれるんだ。
いつもみたいにいきなり切ろうとするのかと思った。
「えーと・・・洗脳の能力者の少年を確保しました」
「いくらなんでも唐突すぎるだろう。なにがあった」
~説明中~
「そうか、使いの者を送るからお前は少し休め」
お?今なんて言った?
「そんなに疲れてるように聞こえる?」
「ああ」
あぁ、だから普通に対応してくれたのか。
一応気遣ってくれているらしい。
「じゃあな」
「あ、ちょっとまって!」
聞きたいことがあった。
あの少年が言っていたこと。
「能力の代償として成長が止まることってあるの?」
「成長が止まる・・・か。心当たりならあるな」
「あるの!?」
「魔薬だ」
え?
カワノが仮に、本当に30歳だとする。
でも見た目はだいたい10歳くらい。
だとすると最低でも20年前から魔薬が存在していることになる。
「ちょっとまってよ!私でも最近知ったばかりなのになんでその名前が出てくるの!?」
「隠していたからだろうな」
迷うことなくそう答えていた。
「悪いな。俺もこの存在を知ったのは団長を務めるようになってからだ」
当時の私たちは何も知らされていなかった。
ただ「魔物・テロ組織は悪、それらから人類を守るのが仕事」それしか教わらなかった。
『さんざんな目にあわされた・・・警備団のお気に入り』
カワノが言っていた言葉が今でも頭に残って離れなかった。




