09.初めまして
……何だコイツら? つーか、他人ん家の庭で何してやがんだ?
思わず身構える。
全員が白い花粉症用のマスクを着け、手にはピンクのゴム手袋をはめていた。顔立ちも表情もわからない。
銀縁眼鏡を掛けた茶髪の男が、マスクを外してオレに笑顔を向けてきた。
紺色のジャンパーにジーンズ。
オレより背は高いが、細身。
コイツならワンパンで眼鏡を叩き割って楽勝だ。
ブランクはあっても農作業で鍛えたオレが、モヤシ野郎に負ける訳がない。
「そんな不審者を見るような顔をしないでくれる? 経済だけど、忘れた?」
そう言われて、この外人っぽい整った顔立ちに、どことなく見覚えがあるような気がしてきた。朧げな記憶を必死で手繰り寄せる。
ツネズミ……? あぁ、瑞穂伯母さんとこの次男か。
「ツネちゃん、オバケ怖いから、もう本家には来ないんじゃなかったのか?」
こいつは筋金入りのビビリで、うちに来る度に「オバケが居るから帰る」と泣き喚いては、瑞穂伯母さんのビンタで黙らされていた。
瑞穂伯母さんはオヤジの姉だ。
女なのが勿体ないくらい優秀な人で、帝都の一流企業に就職して、同じ会社の外人の血が混じってる男と結婚した。そして、オレが小六の時に交通事故で亡くなった。
瑞穂伯母さんが亡くなってから、ツネちゃんは一度も本家に来ていない。
「今年は、ちょっと事情があって来て、今はオバケを何とかする手伝いをしてるんだ」
「は?」
ちょっと言ってる意味がわかんないでちゅねー。
確かコイツはオレより四つ年下……今年三十三か三十四歳の筈だ。
流石にその年にもなって「オバケが怖いから親戚付き合いしません」ってのは世間が許さない。
そうか……つまり、ツネちゃんは、オバケを怖がっていたお子ちゃまな自分ときちんと向き合おうってんだな。
感心、感心。
暫く見ない間にすっかり大人になったんだなぁ。
「俺のことはわかるかな?」
ビニールシートから降りてマスクを外しながら、もう一人の男が言った。
二十代前半くらい。
ダウンジャケットを着ている。下はジャージ。
黒髪で中肉中背。イケメンではないが清潔感はある。中の下レベルのフツメン。
ツネちゃんみたいなインパクトのある外見ならともかく、こんな特徴のないフツメン、いちいち覚えてられるかっての。
洒農の配達員か? 密林の配達ではお世話になってまーす……?
「従弟はわかるのに、自分の弟がわかんねーとか、何なんだよ、アンタ」
男は不快そうに吐き捨てた。
……なんだ、賢治か。
「えっ? マジ? ホントに誰かわかんないの?」
「じゃあ、私ら、もっとわかんないよね?」
女の子たちのびっくりした声が続く。
二人とも高校生くらいで胸はそれなり、顔は中の上。
片方は色白で黒髪ショート、もう一方はやや日焼けした黒髪ロング。
二人揃ってウィンドブレーカーにジャージと言う色気のない軽装だ。
「あ、でも、私はホントに初めましてだから、ちゃんとご挨拶しとこっと。私、ゆうちゃん達の従妹、分家の長女の山端藍。大学一年生です」
黒髪ロングはそう自己紹介して、ぺこりとお辞儀をした。
女の癖に大学行くとか生意気な。
法律上、従兄妹同士の結婚は可能だが、こんな可愛げのない女は却下だ。
それに倣ってショートの娘も自己紹介する。
「ずっと同じ家に住んでるのに『初めまして』って言うのは、絶対、おかしいと思うんだけど……一応、ね。ゆうちゃん、私は妹の真穂、高三です。……声だけは、知ってるよね?」
「い、いや、つーか、今年は離れ小島に行かなかったのかよ?」
「俺らは大掃除するから残った。今年はジジイとオヤジだけで行ってる」
賢治が不機嫌に答えた。
「汚屋敷の兄妹」では「077.対面」https://ncode.syosetu.com/n4862cv/77/