08.玄関
……用があるならテメーで来るのが筋ってもんだろうが。
何で、この辺で一番の土地持ちの豪農・山端家の本家の跡取りであるこのオレが、ホイホイ出て行ってやんなきゃなんねーんだよ!
馬鹿にしやがって。
あ、でも、オレが行かないとメイドさんが、そいつに折檻されるのか。
行ってあげなくちゃな。
解雇せずに減給して、ねちねち嫌味言われたり、お仕置きと称してあーんなコトやこーんなコトされたり……
ダメだ! メイドさんはオレが守ってあげないと、とんでもないコトになる!
寝落ちしてしまったせいか、足がむくんでふくらはぎがパンパンになっている。
オレは思うように動かない足を精神力で動かし、何とか一階の廊下に降り立った。
寒風に煽られ、歯がガチガチと鳴る。
上腕を撫でさすり、足踏みしながら風上に目を遣った。
玄関の硝子戸がない。
鉄格子に磨り硝子をはめ、ネジ式の鍵で戸締りする日之本家屋特有の、あの硝子戸がなくなっていた。
それだけではない。
天井まである巨大な靴箱も、上に置物や水槽や枯れた盆栽が載った小型の靴箱も、靴箱から溢れて三和土に山積みになった履物類も、古新聞の山も、中身の詰まった段ボールの山も、公民館並サイズの傘立ても、そこから溢れた大量の傘も、合羽も軍手もゴム手袋も、朽ち果てたお裾分けの農産物も、何もかもが、なくなっていた。
だだっ広い玄関の壁と天井が、外の光を反射して輝いている。
また、外の風が吹きこんできた。
冷たい風に震えあがり、オレはトイレに駆け込んだ。
出す物を出して人心地付いたオレは、昨夜の衝撃を思い出した。
メイドさんが掃除したんだろうな。
流石にプロの仕事は違う。うちの耄碌ババアや、金目当ての後妻にできなかったことを完璧にこなしてる。
流石、メイドさんだ。
なんちゃって萌えメイドじゃない、本物のメイドさんだ。
豪農の跡取りに仕えるに相応しい、有能な侍女だ。
オレと彼女を引き合わせるのが、ご主人様とやらの用件だな。
まず、メイドさんの有能さをオレにチェックしてもらって、それから「彼女でよろしいですか?」って確認する……紹介予定派遣みてーなもんだろ。
後妻の美波は出戻ってるし、ババアはいつくたばってもおかしくない。
山端の本家に見合う「躾の行き届いた同格の家の女」なんて、今時なかなか居ないから、オレの嫁も未だに現れない。
メイドさんを雇うのは、当然の措置だ。
働きによっては、彼女を本家の跡取りであるオレの嫁にしてやってもいい。
玄関には、明らかにババアの物とわかる古ぼけたつっかけしかなかった。
他に何もない為、仕方なく、きちんと揃えられた女物のつっかけに足をねじ込み、外に出た。
向かいの畑には、分厚く雪が積もって見渡す限り真っ白だったが、うちの庭には一片の雪もなく、地面は乾いていた。
おいおい、雪かき頑張りすぎだろwww
農道と敷地の境界付近に、古ぼけた軽トラと、新車らしいワンボックスが駐車している。
左手に視線を巡らせる。
農機具などを収納した倉庫の前にブルーシートが敷いてあった。その上に箪笥や服等の家財道具が広げられている。
箪笥の陰から、四人の男女が一斉に立ち上がった。