78.初詣
印歴二二一四年元日。
夜明け前に起こされたが、不思議と腹は立たなかった。
全員で風鳴神社へ初詣に行く。
まだ暗い参道を提灯が仄かに照らし、帰省した人々が晴れ着姿で石段を登るのが見えた。
おっさん姿のメイドさんは、何故か石段の下で留守番だった。
マー君がババアをおんぶして、三枝がムネノリ君をお姫様だっこして石段を登る。
ツネちゃんが松葉杖を持っていたが、途中で一本だけオレに寄越した。オレは黙ってそれを受け取り、肩に担いで石段を登った。
登りきった所でマー君がババアを降ろす。
オレたちが杖を返すと、ババアはまた泣いて喜んだ。このババアが嫁いびりでオフクロを殺したとは、到底思えなかった。
一体、誰がオフクロを殺して床下に埋めやがったんだ?
黒い疑問の泡がふつふつと涌き出しては消える。
オレは、みんなに遅れないようについて歩いた。
久し振りに見た境内に心を奪われる。
地面は掃き清められ、ゴミなんかひとつもない。篝火の下に落ちた炭と灰が風に散る。松の木はおみくじの白い衣を纏って、夜明け前の空に常緑の枝を差し上げていた。
紋付姿の氏子当番が篝火に薪を足す。炎が爆ぜ、火の粉が散った。
余計な物は何ひとつない。
飾りっぽいものと言えば、注連縄と巨大な門松くらいなものだ。ごてごて飾り立ててるワケでもないのに、キレイな何かが満ちている気がした。
二十年振りくらいの初詣だったが、オレは特に祈りたいこともなかったので、形だけ手を合わせておいた。
ババアはやけに長い間、熱心に拝んでいた。
屋台の出店も何もない境内で、御神火で暖を取りながら初日の出を待つ。
集まった老若男女は、白い息を吐き寒さを堪えながら、神妙な面持ちで東の空を見詰めている。
一週間前までのオレなら、そもそもこんな時間にこの場所には来なかった。
エアコンの効いた自室でぬくぬくしながら、昼過ぎ頃にネットで初詣関連のニュースを見て「こんな茶番、くっだらねぇ」と鼻で笑って馬鹿にしていた。
床下の遺体は今、警察が身元を調べているが、まず間違いなく、オフクロだろう。
最悪の形とは言え、行方が分かったことが、オレの中の「何か」を変えた。はっきりと実感している。
オレは、オヤジたちと一緒にゴミに埋もれた家に捨てられたのではなかった。
三十年の間に感情が鈍麻してしまったのか、涙は出なかった。
悲しいのかどうかさえ、よくわからない。
一応の「区切り」がついたらしい、安堵のようなものはあった。
オフクロは、オレを捨てていなかった。
空には薄い雲が広がっていたが、新しい年の最初の光は確かに昇ってきた。
初日の出を待っていた人々は、合掌したり、感嘆の声を上げたり、ケータイで撮ったりと、思い思いに今年最初の朝日を迎えた。
今なら、何か新しいことを始められそうな気がした。
社務所でおみくじを引いたら、小吉だった。微妙な結果に苦笑する。
おみくじに一喜一憂する人々をムネノリ君が優しい目で見ていた。
分家に戻って雑煮を食ってから本家に向かった。




