77.今生の別れ
マー君の提案で、畳屋たちは廊下の端に集まって相談を始めた。
すぐに話がまとまったらしく、その内一人がケータイでどこかに連絡して戻ってきた。
「あの、夕方……七時か、八時頃でも宜しければ、支店の在庫をお持ちできるんですが……」
「そちらさえ差し支えなければ……こちらこそ、ご無理申し上げまして恐れ入ります」
畳屋の申し出にマー君が丁寧に対応した。
何で客がそんなペコペコ頭下げまくってんだよ。金払うのこっちなのに。
「では、ひとまず、搬入が終わった分の精算をお願いします。請求書と領収証はお持ち戴いてますか?」
畳屋たちがマー君に言われて車へ取りに戻る。庭から畳屋のおっさんたちの驚く声が聞こえた。大方、ムネノリ君が古畳を燃やすのを見たのだろう。あの火力は滅多に拝めるもんじゃない。
マー君は、三店に現金一括で数十万円ずつ支払っていた。
在庫があると言った店は「じゃ、すぐ戻りますんで!」と一番に出て行き、他の二店もホクホク顔で帰って行った。
「いや、マー君、太っ腹はいいけど、ボられてないか?」
オレの忠告にマー君はしれっと答えた。
「これ、ばあちゃんの金だし。ムチャ振り超特急料金上乗せしてるし、こんなもんだろ」
「はあ?」
こいつ、ババアの金でいいカッコしてたのかよ! そんなんオレでもできるわ!
「後は畳四枚だけで終わりなんだよな。じゃ、俺たちもう行くよ」
「今までありがとう。……元気でね」
賢治と真穂が揃って頭を下げた。
藍が意外そうな顔で聞く。
「あれ? お昼食べて休憩してからじゃないの?」
「早けりゃ今夜にはオヤジたち、戻ってくるし、もう行くよ」
「落ちついたらメールするね。じゃあ」
「そっか。元気でね」
「風邪引くなよ」
「幸せになるんだぞ」
口々に別れの言葉が交わされ、二人は何度も頭を下げて出て行った。
……お前ら、マジで家を捨てるのかよ。
俺は何も言えず、ただ、二人の背中を見送った。
二人の部屋はいつの間にか空っぽになっていた。
昼過ぎ、ジジイがケータイで「元日の午前中に戻ってくる」と本家の家電話に連絡してきた。
ジジイの電話に出たマー君が、分家夫婦と何か相談。予定を一日繰り上げて、ババアを退院させることが決まった。
畳の搬入はマー君と畳屋だけでやった。
残りのメンツは、本家に残っていたババアの荷物を分家に運んだ。
米治叔父さんの車で帰ってきたババアは、オレの顔を見るなり泣きだして、全く会話が成立しなかった。
他の奴らは、大掃除の合間にちょくちょく見舞いに行っていたらしい。
オレの様子も逐一ババアの耳に入っていたようで、ババアは「ほんに、ほんに、ゆうちゃんが……」と何度も繰り返していた。
顔合わせが済んでいるせいで、ババアは初曾孫の政晶も、外人もスルー。ひたすらオレに粘着した。
ババアが落ち着いた頃合いに年越しソバ。
みんなでテレビの年越し番組を視つつ、山の上から遠く響いてくる歌道寺の除夜の鐘を聞く。
こんなに親戚が集まって穏やかに年を越すのは生まれて初めてだ。
オレはただ流れに身を任せ、あるがままに年越しの夜を過ごした。
特に楽しいとは思わなかったが何故かイヤな気持ちもしなかった。




