75.反対の理由
「ゆうちゃん、あのさ、昨日の説明、聞いてたよね? ウチ、産業ロボットのメーカーなの。工学部の院卒レベルの専門知識がないと正社員は無理なの。経理はオレと、他社での経験も豊富な年配の社員で、二人とも簿記一級持ってるの。事務はベテランのパートさんに来てもらってるから、ゆうちゃんみたいな未経験者、要らないんだよ」
「いや、それは違うだろ」
マー君がうだうだ言い訳しているが、人を増やす余裕がないくらい赤字ってことなんだろ。社長だっつって威張り散らしてても、実態はこんなもんだ。
「何が違うんだよ? それに、ゆうちゃん、掃除も皿洗いもできないじゃないか。ウチに泊まってタダ飯食って散らかし放題って、今度はウチをゴミ屋敷にする気かよ」
「いや、そんなの、メイドさん居るし……」
「あれはウチのメイドじゃなくて、宗教の下僕だ。それに自分の部屋は各自掃除するのが巴家のルールだ。宗教も体調がいい時は自分で掃除してる」
庶民の分際で、王族様に掃除させてんなよ。
ああ言えばこう言う。マー君の癖に生意気な。
「まぁでも、ニートが一瞬でも働く気になったのは、よかったよな」
賢治が失礼極まりないヨカッタ探しをしやがった。
「優一君、本当に二度とここに戻らないくらい、必死な気持ちで帝都に出て、向こうで就職するのね? 本気で働く気になったのね? 頑張れるのね?」
分家の嫁が噛んで含めるような口調で聞いてきた。
「いや……まあ、オヤジたちがクロだったら、の話だ。もし、あれが本当にオ……オレのかっ……母ちゃん……で、あいつらが犯人だったら、オレはこんなクソ田舎捨ててやる。あんな家、継いでやらん。他所で働いて他所者になってやる!」
何だかもう後には退けないことを口走ってしまった気がする。
「政治、経済、宗教……叔父さんからのお願いだ。一年……いや、半年でも三カ月でもいい。優一を下宿させてやって、帝都で就職活動させてやってくれないか? 家賃と食費は叔父さんが立替えるから……置いてやって下さい。この通り……」
米治叔父さんは、上座からマー君たちの横に移動して、土下座した。
オレは呆然と見守ることしかできなかった。
そこまでしろとか、頼んでねーし。
「叔父さん、顔をあげて下さい。米治叔父さんは、ゆうちゃんの親じゃなくて、藍ちゃんと紅治くんの親です。二人の学費に専念して下さい。米治叔父さんが犯人でないなら、そんなことしないで。ウチはそんな筋の通らないお金は要りませんし、変な方向の協力はしたくないし、責任も持てません」
ツネちゃんが淡々と拒否しやがった。
オレの為に土下座までした叔父さんの顔に泥塗りやがって。何様だよコイツ。
「あーでも、ゆうちゃん本人と、じいちゃん、ばあちゃん、豊一叔父さんの誰かが、ちゃんと頭下げて金出すって言うんなら、相談には乗るよ」
マー君がオレの顔を見てニヤニヤしながら言った。
足下見やがって。
「あの者は殿下に対して敵意を抱いております。不敬罪の償いも致しておりません。不穏な輩を殿下のお住まいに同居させることは、承服致しかねます」
魔女のババアが口を挟んできた。
他人は黙ってろよ。
黒猫に変身したメイドさんは、ぬいぐるみ遊びをやめてムネノリ君の顔色を伺っている。
「就職活動ってどんなことするの?」
ムネノリ君が明後日な方向の質問をかっ飛ばした。
あーそうですね。王族サマは就活とは無縁でしょうからね。
「就職情報誌やサイト、職安とかで情報を探して、よさそうな所があったら応募して、面接受けたりするんだ。サイトや職安、派遣会社に登録して紹介を待つ方法もある。後は、縁故とかだな」
「ふーん。ずっとお家に居る訳じゃないの?」
「最近は不景気で、職安の求人検索の順番待ちだけでも、二時間とか掛かるみたいだぞ。面接も場所によっては一日仕事だし。合同説明会とかもあるな。それも半日は拘束される」
「ふーん。じゃあ、政治たちがいいんなら、僕も別に構わないよ」
「殿下!」
マー君の説明で、何か納得したらしいムネノリ君に、魔女のババアが異議を唱える。
「だって、僕も大学とか病院とかで平日は留守だし、ゆうちゃんが一階の客間に泊まって、二階に来ないんならいいかなって……不敬罪とか、ずっとお母さんに、ゆうちゃんと似たようなこと言われてたし……どうせ僕のことなんて……面倒臭いから、もういいよ……」
「もし、家賃と食費の支払いが滞ったり、ゆうちゃんが暴言吐いたり部屋汚したりしたら、即、追い出して、自力で戻って来られない場所に捨ててくればいいよな」
マー君が鬼のようなことを言いながら、ツネちゃんに同意を求めた。
「まあ、まだ何も分かってないし、決まってないし……」
ツネちゃんは態度を保留した。
魔女のババアは眉間に皺を寄せて黙っている。
「少なくとも、白黒付けることは決まったな。じゃあ、歌道寺さんに相談して、祭壇のお骨を引き取って貰えるように、頼んで来よう」
米治叔父さんが話題を変えて座敷を出て行き、親族会議はお開きになった。




