70.駐在さん
「やあ、どうもどうも、おはようさん」
駐在さんののんびりした声で我に返った。
庭に白バイと分家の軽トラが停まり、駐在さんと米治叔父さんが降りてきた。
「朝早くから恐れ入ります」
「暮れのお忙しい時に申し訳ございません」
ムネノリ君とマー君が駐在さんに頭を下げた。
他の面々も会釈して駐在さんを迎える。
「あー、いえいえ、とんでもない。殿下、そんな、こちらこそお世話になります。平和なとこで年末警戒って言っても何もありませんで」
駐在さんは騎士たちに会釈し、ムネノリ君の前で直立不動の姿勢をとって敬礼した。
不敬罪とかわけわからん犯罪でも、このクソ田舎じゃ大事件扱いかよ。
「で、ホトケさんは、どちらのお部屋でしょう?」
「仏間の二つ隣のお部屋なんですけど……鑑識の到着を待った方がいいかなって……」
「もうそろそろ着く頃かと思うんですが、なにぶん、この雪で……」
駐在さんは、ムネノリ君にペコペコ頭を下げまくっている。
権力のイヌめ。……って言うか、ホトケさん? 鑑識?
「じゃあ、他のことをして待ってます。……ゆうちゃん、これ、燃やす前に視てくれる?」
ムネノリ君はそう言ってオレに近付いてきた。
黒猫がムネノリ君の肩の上で器用にバランスを取る。ムネノリ君はオレの右手を取り、両手で包み込んで小声で何か呟いた。
ゴミ山が何倍にも膨れ上がった。
ドブ色のドロリとした何かが、ゴミ山を覆い尽くしている。
よく見るとアメーバのような、虫のような、小動物のような……何かワケのわからない輪郭のぼやけた異形の生き物が、無数に蠢いていた。
「うわあぁぁあぁああぁぁぁぁぁッ!」
オレは尻餅をついたまま数メートル退いて、ゴミ山から距離を取った。
ムネノリ君から手が離れた瞬間、ゴミ山が元に戻った。
……幻覚?
「ゆうちゃん、このお家はね、要らない物や、使われずに朽ちた物や、虫や動物の死体がいっぱい詰まってて、そう言うのを苗床に雑多な妖魔が涌いたり、他所から来て住みついたりしてたの」
ムネノリ君が幼女のような声で淡々と説明する。
賢治と真穂が玄関に入った。
「雑妖一匹ずつの力はとても弱くて、大した影響はないんだけど、このお家は雑妖がいっぱいで、人間が隅っこに追いやられてて……要するに、ゆうちゃんのお家はね、良くないモノに乗っ取られてたの」
オレは立ち上がり、全ての雨戸が閉め切られた家を見た。
何も見えない。
さっきのは、幻覚の魔法なんだろ?
「……いや……………………その…………………………」
「苗床をお家から出して、焼き捨てて、雑妖を隊長さんと三枝さんにやっつけてもらって、今はもう、ゆうちゃんのお部屋と、その下の開かずの間以外は、安全だよ」
賢治と真穂が次々と雨戸を開け放つ。
……開かずの間? オレの部屋の下に?
開かずの間状態の部屋がありすぎて、どれのコトやらわからない。階段下の収納スペースの裏に隠し通路か何かあるのか?
「ゆうちゃんのお部屋の要らない物って、これで全部?」
オレは無言で頷いた。
賢治がオレの部屋の雨戸を開けた。
「じゃあ、ゆうちゃんのお部屋、丸洗いで浄化できるね?」
ムネノリ君の問いに頷く。
隊長が水の塊を連れて家に入った。
ムネノリ君は、黒猫を肩に乗せたまま杖を引きずり、ゴミの周りを歩いた。
輪が完成し、呪文を唱え、闇が降りる。続いて闇の帳を透かして、白い炎がゴミ山を焼き払う様が見えた。
オレがこれまで生きてきた歴史が、一瞬で灰に変わった。
オレ自身は、ここで、まだ、生きている。
駐在さんの無線が鳴り、短く言葉を交わす。
「近くまで来たそうで、先導に行って参ります」
ムネノリ君に敬礼して、白バイは農道を走り去った。
双羽隊長と賢治と真穂と、泥水が庭に戻ってきた。藍と分家の嫁が透明のゴミ袋を広げた。泥水は、二人が口を広げる袋に汚れを吐き出した。
キレイになった水はオレを丸洗いし、更に焼け跡を這い回って灰を回収した。
押入れの中身は透明ゴミ袋四杯分になった。
賢治が灰袋を軽トラに積みながら言う。
「明日、畳屋さんが来る。おばあちゃんには分家に泊まってもらう。ジジイとオヤジは早ければ明日の夜、遅くとも元日の夕方までには戻ってくると思う」
「は?」
……畳屋? いや、ジジイ共、早過ぎじゃないか? いつもは冬休み一杯居座るのに。
「じいちゃんたちは俺が呼び戻したんだ。元日に会いたいって言って」
マー君がオレの心を読んだように付け加えた。
お前はエスパーか。




