表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
汚屋敷の跡取り  作者: 髙津 央
◆印歴2213年12月27日
7/87

07.ご主人様

 「居間で召し上がりますか?」

 「あー……、いや、ここ……ここでいい」

 「寒くありませんか?」

 「いや、大丈夫。オレ……えー……雪国育ちだし、いや、寒いの平気だし」

 オレが階段のてっぺんに座ると、メイドさんはその隣に腰を下ろした。そして、急須と湯呑みを廊下に降ろした後、お盆をオレの膝の上に置く。

 オレはお盆が滑り落ちないように膝を立て、箸を手にした。


 靴下、履き替えといてよかった。


 「あ……いや……これ、君……作ったの?」

 「はい。お台所をお借りして、作りました」

 メイドさんの手造りおにぎりと卵焼き。

 寒い筈なのに体の芯が熱くなり、ワケわからん体内温度に混乱したのか、箸を持つ手が震えて止まない。

 メイドさんは、オレの隣で屈託なく微笑んでいる。


 いや、かわいいけど、マジでこの()、どこの店の出前だ?

 ……いや、って言うか、出前は他人ん()の台所で朝飯作らねーし!


 「あ……メ……いや、あの……あー、いや、君、誰?」

 「クロエと申します」


 黒江……?

 親戚にそんな苗字の奴は居ない。

 ハイ、身内説消滅!


 まぁ、(もっと)も、二十年近く親戚付き合いもしてないから、従弟(いとこ)たちの誰かが「黒江」さんってのと結婚して婿養子……


 いやいやいやいや、何でだよ!

 仮に従弟の嫁だったとして、何でメイド服なんだよ!



 「優一さん、冷めない内にどうぞ?」

 「あ、いや、その……うん」

 取敢えず、卵焼きに箸をつけた。

 折角のメイドさんの手料理、冷めたら勿体(もったい)ない。


 ババアのやたらしょっぱい塩分濃い口の焦げた厚焼き卵と違って、ふんわりやさしい味のする出汁巻き卵だった。


 こう言うの「上品な味」って言うんだろうな。


 三等分された卵焼きの一切れを飲みこんだ後、左手でおにぎりを掴んで口に運ぶ。

 絶妙の塩加減のご飯に海苔の風味が合わさって、美味かった。口の中でご飯粒がほどける。

 ババアが全力で握り締めた高密度の握り飯とは、完全に別物だ。



 オレが指にくっついた最後のご飯粒を口に運ぶ頃、メイドさんは湯呑みにお茶を注いだ。

 オレが湯呑みを受け取ると、メイドさんはオレの膝からお盆を取り、急須を載せた。程良く冷めたお茶は、時間が経ち過ぎていたせいか、かなり色が濃い。

 一口すすった瞬間、はっきり目が覚めた。



 ……聞きたいのは名前じゃない。何者なのか、だ。

 営業か? ヤバイ新興宗教か?

 何故、ウチの台所で朝飯作ったんだ?

 そもそも何故、オレの名前を知ってるんだ?



 「ご主人様がお庭でお待ちです」


 ……ご主人様?


 あぁ、まぁ、オレを「優一さん」って呼んでる時点で、薄々気付いてはいた。


 オレが彼女のご主人様じゃないことは、わかってた。

 わかってるわかってる。で、そのご主人様って誰だ?


 ジジイやオヤジが、金払って人を雇うとは思えん。

 分家の米治(よねじ)叔父さん? いやいやいや、でも何で?


 「私は洗い物をして参りますので、優一さんは先にお庭にお出で下さい」

 メイドさんはそう言って、オレの手から、空の湯呑みをそっと取った。

 オレの手に、メイドさんの柔らかな指先が触れ、全神経が手に集中する。


 メイドさんは、猫のようにしなやかな動作で障害物をよけながら、階段を下りて行った。きっちりとまとめられた髪の束に隠れて、うなじは見えない。

 「あ……いや……その……待っ……」

 「ご主人様が、優一さんにお伝えしたいことがあるそうです」

 メイドさんは、立ち止まることなくそう付け加えて、一階の廊下の奥に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【関連】 「汚屋敷の兄妹
賢治と真穂視点の話で「汚屋敷の跡取り」と全く同じシーンがあります。

▼用語などはシリーズ共通設定のページをご参照ください。
野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ