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汚屋敷の跡取り  作者: 髙津 央
◆印歴2213年12月29日

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67.夢の残骸

 押入れの(ふすま)は四枚。

 ドア側二枚は開放できるが、窓側二枚は前にパソコンデスクがある為、開けても搬出できない。デスクを移動させるより、オレが押入れに侵入した方が早い。


 下段奥のエリアは、受験関係の本だった。

 元々本棚に入っていた教科書、参考書、赤本、理科や社会の資料集、歴史対策用の美術史、音楽史、試験によく出る古典や純文学の文庫、辞書や事典。


 高校の三年間、定期購読した「月刊蛍雪次第」。分厚い総合受験雑誌は、それだけで相当なスペースを占拠していた。

 受験の役に立たなかった膨大な書籍群を引っ張り出すと、下段が空になった。大きさ別に紐で縛って廊下に出す。



 学習机の椅子を踏み台にして、押入れの上段奥地に突入する。


 簿記のテキストと問題集が積んであった。

 大学を諦めた後、公認会計士か税理士にでもなって、この辺一帯の農家の経営を掌握してやろうと思って勉強していた。


 試験会場が遠かったのと、証明写真を撮りに行くのが面倒で、結局、受験せずに終わった。

 何年か前に会計の制度改革があり、過去のテキストはもう通用しなくなっていた。



 簿記の横には法律関係のテキストと六法全書と判例百選(はんれいひゃくせん)があった。

 弁護士か司法書士にでもなって、この辺一帯の農家の相続とか、そう言うのを掌握してやろうと思って勉強していた。


 判例百選でマジキチな事件記録を読むのは面白かったが、法律用語が分かっている前提で書かれたテキストは、法学部じゃないオレには、意味不明だった。

 毎年、何らかの法改正があって、六法全書も毎年買い替えが必要だった。バカバカしくなり、法曹(ほうそう)を目指すのもやめた。



 無用の長物と化した書籍類を紐でまとめて出す。


 小中高、十二年分の授業ノートを発掘した。たくさんのバインダーやポケットファイルも出てきた。

 中身は、学校のプリント類と小テストに至るまで、八十点以下が一枚もないテストの答案用紙十二年分。


 すっかり変色した紙類も、バインダーごと紐で縛る。


 少し考えて、通知表とテストの成績一覧表のファイルと、表彰状と検定の認定証が入ったファイルは、学習机の上に置いた。


 ……メイドさん、この証拠で、オレがどんなに優秀だったか確認して、偲んでくれよな。


 紐を手に食いこませながら書籍類を運び、学習机附属の本棚も庭に出した。

 汗と埃で泥々になりながら、更に押入れの奥地に入る。


 黒い筒に入ったままの卒業証書が出てきた。朽ちた紅白リボンが巻きついた筒は、ゴミ袋に、中身は賞状のファイルに入れた。


 その奥にある内容物不詳の段ボール四箱を出し、押入れの上段も空になった。


 押入れの内容物は、全て庭に出し終えた。

 トイレに寄り、もう一度顔を洗ってから、天袋に挑む。


 空腹は既にピークを越え、何も感じなかった。


 押入れの上段に登り、天袋の小さな襖を開け、一番手前の段ボールを引っ張り出す。

 バランスを崩し、しまったと思う間もなく落下した。ガムテで塞いでいなかったのか、中身が床に散乱している。


 工作の授業で作ったものだった。

 何とか期限までに提出していたが、どれも酷い出来だった。

 そもそもオレは、受験に関係ない科目はどうでもよかった。

 体育以外の授業では、教員の目を盗んで単語帳を自作したり、他教科の教科書を読んだりしていた。


 中身を箱に戻し、ガムテープで蓋を閉めて廊下に出す。


 次の段ボールは手応えが重い為、慎重に降ろす。床の上で中を確認してみた。

 授業で描いた下手糞な絵とスケッチブックだった。何故、こんな物まで後生大事に取っておいたのか不明だ。

 ガムテで厳重に封印し、廊下へ。



 天袋に上半身を突っ込んで、奥の段ボールも引きずり出す。

 この箱は、もう遊ばなくなったおもちゃだった。


 全てジジババに買い与えられた物だ。

 オレ自身が選んだ物はひとつもない。


 この辺には、おもちゃ屋なんてないし、街のおもちゃ屋に連れて行ってもらったことは、一度もなかった。

 聖夜前の新聞の折り込みチラシをワクワクしながら見ていた。そのチラシを見せながらババアにねだったが、毎年「おじいちゃんに聞いてからね」と軽くあしらわれた。


 聖夜明けの朝、オレが欲しがった物とは微妙に違う物が、枕元に置かれていた。


 期待と失望。

 誕生日も毎年、その繰り返しだった。

 残念なおもちゃ箱は、五箱出てきた。

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【関連】 「汚屋敷の兄妹
賢治と真穂視点の話で「汚屋敷の跡取り」と全く同じシーンがあります。

▼用語などはシリーズ共通設定のページをご参照ください。
野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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