63.魔力の強制
オレは座敷に残ってる連中を見まわした。
真穂が立ちあがって、オレを見降ろしながら言う。
「学歴と今の仕事を言っただけじゃない。ゆうちゃんにとっては、それが暴言なの?」
「いや、そんなの、内容じゃなくって、目的で判断しろよ。こいつら、オレをディスる為に学歴自慢しやがったんだぞ!?」
隊長が、湖北語らしき言葉で何か言った。
何を言ったのかはわからないが、「ヤマバタユウイチ」と、オレの名を呼んだコトだけは、わかった。隊長の言葉が終ると同時に、オレの足が勝手に立ち上がった。
もう一度名を呼ばれ、何か言われた。
体が勝手に縁側の方を向く。
「先程の続きですが、私如きの魔力では、このように単純な動作しか強制できません。それも、それなりの意思力か魔力があれば、簡単に振り解ける程度のささやかな物です」
この魔女のババアが、オレの体、操ってんの!?
でも、気合いで無効化できるんだよな?
座敷中の注目を浴びながら、全力で気合いを入れたが、指一本動かせなかった。
双羽隊長は、更にオレの名を呼んで、何か言った。今度は足が勝手に歩きだす。縁側を横切り、そのまま庭に落ち、雪に埋もれるように倒れ込んだ。
冷たい! 寒い! ヤバイ!
隊長がまた何か命令する。
オレの腕が、勝手に雪の中で突っ張って上体を起こし、足も立ち上がった。下手糞な操り人形のようにギクシャクした動きで雪の中を数歩進んで、カクンと回れ右。膝が勝手に曲がり、雪が積もった庭で座敷に向かって正座させられた。
「私如きの力では、言葉を封じることはできません。何か言いたいことがあれば、どうぞ」
「……………………」
寒くて歯の根が合わない。
この状況で何を語れってんだよ。
「あの、双羽さん、これでさっきからずっと会話を記録してあるんで、証拠がバッチリ残ってるんですけど、ゆうちゃんってもう、不敬罪でこの国の警察に突き出しませんか?」
賢治が、ネルシャツの胸ポケットから、ICレコーダを取り出した。
何、勝手に録音してんだテメー!
「この国の司法に委ねるか否か、後程、殿下のご意向を確認致します」
「いや、身内売るとか、どんだけ根性腐ってんだよ? こんなド田舎で警察沙汰になんかなったら、身内みんなここに住めなくなるんだぞ? わかってんのかよ!?」
オレは賢治の卑怯さに反吐が出そうだった。
自分が助かりたいばかりに、実兄をイケニエにするとか、人として最低だろう!
誰も返事をしない。
無視かよ。このまま放置されたらオレが凍死するだろうが。
「殿下は、ご自身が非常に強いお力をお持ちだと言うことをご存じだからこそ、何もおっしゃらなかったのです」
「は? いや、今、そんなの聞いて…………」
魔女のババアに睨まれ、オレは口をつぐんだ。
言いたいコト言えって言ったのお前だろ。
「もし、殿下が貴方と同じ暴言を吐いたなら、貴方は今頃、生きてはいませんでした」
「は? そんなの命令ひとつであんたたちがオレを殺すからだろ?」
魔女は心底、残念そうな顔で溜息を吐いた。
「違います。殿下はその魔力によって直接、命を奪うことができるのです。単純で強力な思いを口に出せば、場合によっては実現してしまいます。我々近衛騎士は、王族を警護しますが、同時に、王族が魔力を暴走させないよう、監視する役割も担っています」
「さっき宗教が売り言葉に買い言葉で『ゆうちゃんなんか死んじゃえ』とか言ってたら、ゆうちゃん、宗教に魂抜かれてたってコトだ」
マー君が卓上コンロの火を消して言った。
米治叔父さんが土鍋に蓋をした。
オレ、まだ何も食ってないんですけど。
「魔法の呪文は、魔力が顕現する効果や範囲を限定する為のものでもあります。杖は、魔力の出力を抑制し、方向を調節する為の制御棒で、並の魔力の持ち主には必要のない物です。例え、癒しの術であっても、力が正しく制御されていなければ、細胞が無制限に増殖し、生き物の姿を保てなくなってしまうのです」
「いや、ちょっと待て、昼間のアレは……」
ムネノリ君は、杖を地面に置いてから呪文を唱えていた。
オレ、もうすぐ死ぬの?
「あの術は例外で、肉声が届く範囲内に居る全ての動植物を対象に、軽度の外傷を広く浅く癒すものです。杖で範囲を収斂すると却って危険です」




