06.正統派メイド
控えめなノックの音で目が覚めた。
寝落ちしていたらしい。
「優一さん、おはようございます」
若い女の声がオレの名を呼んだ。
ディスプレイはエロゲではなく、昨夜のまとめブログのままだ。
かわいく描き直された求人広告の美少女イラストに「ウチらと一緒に働こ☆」と台詞が付け加えられたものが、画面いっぱいに表示されている。
テンプレ美少女イラストだが、「萌え」をよくわかっている。
再度のノックでドアに目を向ける。
「優一さん、朝食をお持ちしました」
……誰だ?
真穂なら「優一さん」なんて他人行儀な呼び方はしない。
半分しか血が繋がっていないからか、母親の躾がなっていないのか、長兄のオレを「ゆうちゃん」呼ばわりする。
後妻の美波は、オレより七歳上なだけだが、充分ババァだ。こんな若い声なワケがない。それに、離島に引っ込んで何年も帰っていない。
ディスプレイの右隅に目をやると、12月27日午前08時31分と表示されていた。
入院中のババアが、気を利かせて出前でも取ったのか?
朝は寝てるから、飯はいらねーつってんのに。
「優一さん、開けて下さい」
色々と諦めて、堆積したゴミを掻き分けてドアに接近し、一センチばかり開けてやった。
死角に立っているのか、女の姿は見えない。
卵焼きの匂いがする。
強引にドアを引いて、隙間を顔の幅程度に広げた。
メイドだった。
二十歳前後くらいの清楚なメイド。
それも、なんちゃって萌えメイドではなく、古き良き時代の正統派だ。
膝「下」二十センチの黒のロングワンピースに身を包み、その下に履いているのが黒のタイツか靴下か不明だが、肌の露出は顔と手首から先のみ。
純白のエプロンには、控えめなフリルが上品にあしらわれている。
ヘッドドレスではなく、清潔な白の三角巾で艶やかな黒髪を覆っていた。
肌は健康的な小麦色で、くっきりした黒い眉、二重瞼に琥珀色の瞳、スッキリ通った鼻筋、彫りの深い顔立ちで、何処の国かはわからないが、エキゾチックな美人だと言うことだけは確かだ。
美人だと評価しない奴は、審美眼が腐ってるんだろう。
手に持ったお盆には、海苔を巻いた三角おにぎりとキレイな焼き色の卵焼き、箸と急須と湯呑みが載っている。
「お盆が通れませんので、もう少しドアを開けて下さいませんか?」
物理的に無理。
これ以上は開けられない。
メイドさんは、困った顔でオレの顔を見詰めてきた。
髭剃っててよかった……!
いや、じゃなくって! どうすれば……
メイドさんにこんな汚部屋見せらんねぇ……
つーか、汚部屋でなくても色々とマズイ物もあるし……いや、じゃなくって!
あー……オレ! オレが出ればいいんだよ!
廊下! オレ、出る! メシ、食う! メイドさん、喜ぶ!
「あ……いや、待って! いや、あの、で……出る! 出る出る! オ……オおオォぉオレ! 廊下!」
二十年近くババア以外と殆ど会話していない上、ここ一カ月近くはそのババアとも会話していないせいか、頭の動きに口がついてきてくれない。
メイドさんは一歩下がって、ドアの前にスペースを開けてくれた。
オレは、猫のように頭ひとつ分の隙間に体を通して、廊下に出た。