55.時代
今は余計なことを考えず、ゴミ捨てに専念した方がよさそうだ。
千切れた紐を丸めてゴミ袋に投げ込み、改めて雑誌を縛り直す。
雑誌は十三年分、増刊号も含めて百八十冊くらいあった。雑誌よりネットの情報が厚く、早くなってきた頃に、定期購読を止めた。
マンガもアニメもラノベも、一回さっと見れば充分だ。
世の中にはたくさんの作品が溢れてる。
どんどん見なきゃ、時間が足りない。
そんな見方でも、記憶力のいいオレは、何年も前のキャラでも顔はなんとなく覚えてる。だが、名前や設定、ストーリーの大半は忘れてしまった。
アニメ誌の記事で読んだが、作る方だって、売れるモノを作ってるだけで、感動して心に残るような重いのは作らない方にシフトしてるらしい。
カネと時間、作品と物語が使い捨て感覚で消費されてる。
経済回すにはこのくらいでなきゃな、なんて、記者の〆のコトバに納得したのは覚えてる。
二次絵も、月刊誌の投稿コーナーより、個人サイトやイラストSNSが遥かに充実するようになり、ファン同士の交流もネットでされるようになった。
自称ファンの連中が、原作じゃあり得ない服を着せた絵を描いたり、原作設定ガン無視で好き放題してるマンガや小説をUPしてる。
人気作品の公式情報を調べようと思って画像検索したのに、二次絵が検索結果を占拠してて役に立たないなんてこともザラにある。
睡眠時間を削って作ったモノを、サイトでは無料公開。
わざわざ印刷費を出してまで同人誌を出す奴まで居る。
素人が描いた下手クソな二次絵に「交流」と称してあれこれコメントしてる奴らも居る。
オレの感覚じゃ、どいつもこいつも正気の沙汰とは思えない。
効率を重視するオレは、SNSの二次絵を漁って、委託書店のネット通販で実用性があるプロ級のR指定同人誌を買うだけだ。
同人イベントに行ったことはないが、リアルタイムのレポを見て臨場感は味わえる。帝都では今まさに、国内最大規模のヲタ祭典の真っ最中だ。
あんなに人が多い所、リアルで行くとか勘弁して欲しい。
写真で見た限り、地獄絵図レベルの混雑なのに、楽しげで充実したレポが多い。
行ったヤツらの「この瞬間の為に生きてる」感は、眩しいくらいだったが、やっぱりリアルで行きたいとは思わない。
雑誌を全て出した奥から、小中高と使った習字用具や絵の具セット、画板が出てきた。
ハーモニカ、縦笛、縄跳び、野球用具が入った段ボール箱も出てきた。どれもこれも、黴が生えたり経年劣化でひび割れたりして、使い物にならなくなっていた。
小学生の頃、友達と外で遊んだ夏の日が、脳裏に蘇ってきた。
「クロエさーん、晩ごはーん!」
「はーい! 今、参りまーす!」
マー君の息子が呼ぶ声に、メイドさんが元気よく返事をした。
もうそんな時間なのか。
「優一さんもご一緒に参りましょう」
「えっ……いや、でも……」
分家の連中には二十年近く会っていない。知らない間に従妹も発生していた。
行けば絶対、説教タイムだ。
気まずくて行ける訳がない。
メイドさんは、オレのそう言う事情、知らないんだろうな……
一体、どう説明したものか……
「ゆうちゃん、パンツ買ってきてやったぞ!」
マー君がノックもせずにズカズカ入ってきた。
メイドさんの前でパンツとか言うなよ! デリカシーねーな!
何でこいつが結婚できたんだ? どうせ相手は下品な女だろうけど。
だが、一応、パンツはもらっといてやるよ。
オレはコンビニ袋に手を伸ばした。
マー君がひょいと手を引っ込め、その手を躱わす。
「お、ちゃんと虫の巣箱は捨てたんだな。偉い偉い」
「いや、何、避けてんだよ。さっさと寄越せよ」
「ゆうちゃん、この俺に二度手間掛けさせといて、それはないだろう? 『買ってきてくれてありがとうございます』は? ん?」
「………………!」
マー君は空いている方の手で、オレの胸倉を掴んで宙吊りにした。
振り解こうともがくが、びくともしない。
手首を掴まれた時と同じだ。
蹴ろうとしたが、足が全く届かない。宙で虚しくバタつかせるだけに終わった。
首が絞まりつつある。声も出ない。頭に血が昇り、耳まで熱くなってきた。
ヤバイ! 本格的にヤバイ!
体が宙を舞った。
背中から着地して、激しくむせる。
「ゆうちゃん、窓閉めてエアコン消して」
マー君は、背中をさすりながら立ち上がるオレに、何事もなかったかのように命令した。逆らったら何をされるかわからないので、取敢えず言われた通りにしてみる。
「もう夜なんだから、雨戸も閉めろよ」
硝子窓だけ閉めたオレに、ダメ出しが飛んだ。
姑根性の脳筋野郎め。
雨戸と硝子窓を閉め、リモコンでエアコンを停止させた。




