52.死蔵品
階段横のスペースにごちゃごちゃあった物も、いつの間にか片付けられていた。
見たことのないドアが開け放たれている。
覗いてみると、何もない狭い板の間があるだけだった。中の物は全部出したのだろう。
奥の右手側は天井が斜めに低くなっている。この部屋は階段下の収納スペースだった。
生まれて三十七年間、この家で暮らしているが、知らない部屋、ドア、通ったことのない廊下があることに驚きを禁じ得ない。
存在だけは知っていても、入ったことのない部屋もある。
それも、意図的に扉を塗り込めて「開かずの間」にしたのではなく、物がいっぱいで物理的に入れないとか、棚が邪魔で襖が開けられないとか、物を置き過ぎて廊下が通れなくなって、その先の部屋に行けなくなったとかで……だ。
……オレん家、マジでゴミ屋敷じゃねーか。
家がでかくて中も広い筈なのに、無茶苦茶狭かった。
廊下も碌に通れなかった。
物がなくなって、やっと家の広さがわかった。
部屋に入れるようになった。
何だこれ? 何で今まで放置してたんだ?
いつから、こんな状態だったんだ?
知らない部屋が殆どってことは、オレが物心つく前からこんなだったってことだよな?
物に占領されて、人が一歩も入れない部屋の存在意義って?
物置きだって、中の物を出せなきゃ意味ねーよな?
あっても使えない物なんて、ないのと同じで……
ウチは豪農で、家がでかくて蔵と倉庫もあって、物持ち良くて金持ちだと思ってたけど、実は違うんじゃね?
少なくとも物持ちは良くないよな?
いっぱい「ある」ってだけで使ってない。
使えない物は「ない」のと同じだ。
オレの服、あんなにあったけど、捨てたヤツの方が多かった。
オレがもう何年も洗濯に出さないから、ババアがセールの度に、ダサい新品買ってきて、飯と一緒に置いてった。
でも、それも洗濯しないから、どんどん溜まって……ちゃんと見たら、虫に食われたり黴が生えたりして、もうホントに着られなくなってて、捨てるしかなくなってた。
他の部屋の物も多分、黴や虫食いで使えなくなってて、捨てたんだろうな……
捨てた物を元から買ってなければ、スゲー貯金できてたんじゃね?
つか、ババアが転んで怪我して、病院代が掛かることもなかった訳で……
今まで、金をドブに捨てるようなことばっかしてたってことなのか?
何もない階段下の収納スペースの闇を見ている内に、背筋が寒くなってきた。
チリひとつ落ちていない階段を無言で上り、部屋の窓を全開にする。
襖はゴミの堆積層だった部分が変色していた。古びたカーペットには、タンスの跡がくっきり四角く残っている。
このカーペット、元は緑色だったんだな。
部屋の入り口からは、パソコンデスクが丸見えになっていたが、電源は落としてあるのでセーフだ。
部屋の中は、メイドさんに堂々と見せられる状態になっていた。
そしてそれは、掃除できる場所がなくなったことをも意味していた。
魔窟を……メイドさんの前で魔窟を御開帳する訳にはいかない。かと言って、二人きりになれるチャンスをみすみす手放すこともできない。
オレは考えた。
押入れはドアの蝶番部分の方向にある。ドアを全開にしなければ、死角になってメイドさんからは見えない筈だ。
まず、ドアを半開きに固定。それから、幼稚園で作った工作とか、当たり障りのない物から捨てる。ヤバい物は夜中にやろう。
オレはドアの陰にキャラ椅子を置き、半開きにした。
メイドさんは怪訝な顔をしたが、何も言わなかった。
「押入れ」という名の魔窟と対峙する時が来た。
十数年の時を経て、封印を解放する。
いきなり、アレな感じのフィギュアが出てきた。
思わず襖を閉め、振り返る。
ドアの陰になってメイドさんの姿は見えない。
大丈夫。だったらメイドさんからも、オレは見えない。




