45.皿洗い
「貴方は、何故、自分が使った食器を、自分の手で、洗わないのですか?」
隊長は明らかに棘のある口調で、ひとつひとつ確認するように質問を言い直した。一分の隙もない完璧な発音の日之本帝国語だった。
ネイティブスピーカーのオレは、震える声でようやく返答する。
「いや……そっそれは……その……あの……洗ったコト…なくって、お……落として……その、わっ割ったら……おっ怒られるって言うか……その……あの……だから……」
「別に魔法で洗えとは言っていません。落として割らないように、自分の手でしっかり持って洗えばいいのではありませんか? 方法がわからないなら、『この国の食器の洗い方』をよく知る者に教えを請えば済みます」
隊長は、水の塊を従えて台所から出て行った。
オレは膝から力が抜けてその場にへたり込んだ。
磨きこまれた床は、清潔で冷たかった。
何で食器の洗い方がわからないんだ?
……って言うか、オレ「掃除の時は窓を開ける」ってコトも知らなかった。
部屋の掃除も、メイドさんに教えてもらうまで、どこから手を着ければいいのかすら、わからなかった。そもそも、自分で部屋を掃除するっていう発想自体、なかった。
え? みんな、自分で、自分の部屋……掃除してるもんなの?
フードコートのセルフサービスみたいに自分でやるもんなの?
「何やってんだ? ゆうちゃん」
腹に響くバリトン声が降ってきた。
オレは下から顎を弾かれたように顔を上げた。
マー君がオレを見降ろしていた。
オレの返事を待たずに、抱えていた座布団の束を椅子に配置する。六つの椅子にひとつずつ置いて、座布団の紐を背もたれに括りつけていた。
「まだ寝惚けてんのか? 風邪引くぞ?」
「え……いや……その……」
新しい座布団の設置作業を終えたマー君が、再びオレの前に立つ。
「どうした? 貧血か?」
「え……いや……違う……えっと……」
オレは意を決して質問した。
「いや、あの……まっマー君…………あっ洗える? ……知って……その……皿とか……そういうの……」
「洗えるも何も、俺、洗い場のバイトしてたけど、どうしたんだ?」
「いや……あっ……洗い場……? バイト……?」
「大学ん時、ホテルの厨房で皿洗いのバイトしてたんだ」
バイト……食い逃げじゃなくって?
たかが皿洗いで、金もらえるのか。
「量が多くてキツかったけど、ちょっといいホテルだったから結構、賄い美味かったし、時給もよかったぞ。何? ゆうちゃん、バイトすんの?」
「い……いや、ちっ違……って言うか……その……教えろ……じゃなくって……」
オレが決死の思いで絞り出した声は、蚊の鳴くような弱々しさだった。
「い……いや……あの……おっ……教えて……くっ……くだ……ぃ……皿洗い……」
「ん? 誰かに何か言われたのか? まぁ、立てよ。風邪引くから」
マー君は、床を凝視しているオレの腕を引っ張って強引に立たせた。
何かと言うと力技だ。
まだ足に力が入らず、ふらふらする。全身が痛い。
「洗い場専属は、体力のある学生バイトか、手際のいいベテラン主婦パートの主戦場だ。この年の男は、料理人の片手間とかが多いな。大抵、時給安いし、いい所は競争率高いし、最近は食洗機の所も増えたし、ホールとの兼務が多いし……ゆうちゃん、バイトだったら、皿洗い以外の方が採用されやすいと思うぞ?」
マー君は、何故かオレが皿洗いのバイトをしたがっていると思い込んでいる。聞かれてもいないバイト情報を熱く語った。
オレは参考にならない情報を聞き流しながら、食器洗いのスポンジを手に取った。
ふわふわの四角いスポンジに薄くて固いタワシのような物が付いている。
「まずは袖まくりだよ。濡れるだろ」
マー君がオレのジャージの袖を二の腕の所まで引っ張り上げた。




