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汚屋敷の跡取り  作者: 髙津 央
◆印歴2213年12月28日

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35/87

35.修正完了

 「うっわぁ~……お兄さん、災難でしたねー。これやった人、まだウィッグで基礎やってなきゃいけないレベルですよー。同業としてこれ、あり得ないですー……」

 「彼、昨日、散々笑われてですね、非常に落ち込んでおりまして、なるべく話し掛けずに、そっとしておいて戴けませんか」


 「ですよねー。これ、ショックだわー。きっちり男前に修正しますよ。お任せ下さい」

 美容師のチャラ男は、笑わなかった。マー君に騙されて、心底、同情しているようだった。


 マー君、相手によって態度変え過ぎだろう。

 喋り方全然違うし、一人称まで変えて。


 「どのくらい掛かりそうですか? 時間?」

 「そうですねー……全部で一時間弱くらい見て戴ければ……」

 「では、その頃に迎えに来ます。早く終わったら、少し待たせておいて戴けますか?」

 「はい、喜んで」

 マー君を見送った後、チャラ男がオレの所に戻ってきた。


 オレは逃げるのを諦めた。歩いて帰るには遠過ぎた。

 早く家に帰るには、早くミッションをこなすしかない。


 「では、まずはシャンプーからになります。こちらへどうぞ」

 シャンプー台に通された。

 オレの他にもおっさん二人、中年女三人、ババア一人が頭を洗われていた。空いている台が三つ。広い店内ではカット中、パーマ中の客が合わせて八人居て、結構繁盛しているようだった。


 案の定、女の客が多かったが、男の客もオレ以外に五人もいた。美容師の男女比もそのくらいだった。



 「タオル被せますねー。痒い所があったら言って下さい」

 シートに仰向けになり、オレはチャラ男にされるがままになった。


 シャワーのお湯が気持ちいい。


 チャラ男は指の腹で頭皮をマッサージしつつ、シャンプーを泡立てている。爪でガシガシやらなくてもいいもんなんだな。

 双羽(ふたば)隊長の丸洗い魔法よりずっと優しく、心地よい指遣いにだんだん眠くなってきた。


 「お客さーん、巴(ともえ)さーん、起きて下さーい」


 肩を揺すられ、目が覚めた。

 また寝落ちしていたらしい。


 まぁ、徹夜なんて久し振りだしな。


 オレがシートに身を起こすと、チャラ男はカット台に案内した。頭には白いタオルが巻かれ、残念なヘアスタイルは隠れている。寝ている間に顔剃りも終わっていた。


 チャラ男は、マー君に言われた通り、黙々とオレの髪を切っていた。

 肩にタオルとシートを掛けられ、てるてる坊主状態になったオレは、正に俎(まないた)の上の鯉。鏡越しに作業を観察することしかできない。


 サイドや後ろを何層にも分けてクリップで留める。

 そのそれぞれを違う鋏で切って行く。

 チャラ男は時々、鏡の中で左右の髪の長さをチェックして、バランスを確認する。

 まっすぐに切り揃えられた前髪に、斜めに鋏を入れて変化を付ける。


 鋏が動く度に、チャキチャキと小気味良い音を立て、歪なヘルメットが、まともなヘアスタイルに修正されていった。


 カットが終わり、ドライヤーで頭を乾かされる。

 くるくるしたブラシで、ややひっぱり気味にやられるから、地味に痛い。だがオレは耐えた。



 「いらっしゃいませー」

 「あ、いえ、連れを迎えに来ただけなんです」

 マー君が戻ってきた。


 現在、オレはビタイチ金なんざ持ってねぇ。

 もし、マー君が戻ってこなかったなら、どうすればいいのか、皆目見当もつかない。だが、マー君は戻って来た。


 起こらなかったことの想定は、やるだけ無駄なので、オレは考えるのをやめた。

 眠くてそれどころじゃない。



 「後ろもこんな感じで、大分、ナチュラルになりましたが、如何でしょう?」

 チャラ男が手鏡を持ち、合わせ鏡でオレの後頭部を正面の大鏡に映している。

 オレの頭は、就活学生をちょっと崩したようなカジュアルな感じにされていた。


 オレは、取敢えず無言で頷いておいた。

 チャラ男は、にっこり微笑んで親指を立てた。

 俺も一応、親指を立てた。



 マー君が支払いをしている間にオレは店の外に出た。さっきよりも随分、頭が軽くなって、襟首がスースーした。物理的に髪の量が減ったんだから当然だ。

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【関連】 「汚屋敷の兄妹」
賢治と真穂視点の話で「汚屋敷の跡取り」と全く同じシーンがあります。

▼用語などはシリーズ共通設定のページをご参照ください。
野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』」
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