34.美容院
「早くつっかけ履いて。イヤならお姫様だっこで車まで運ぶけど、いい?」
オレは仕方なく、ババアのつっかけに足をねじ込んだ。
そもそもオレの靴、どこだよ。
「いや、何でいちいち、ババアのつっかけなんだよ。オレのは?」
「ないよ」
マー君がオレを外に引きずりながら答えた。
庭には、もう近所のジジババは居なかった。
オレが徹夜で築き上げたゴミ山があった場所には、灰が詰まった透明ゴミ袋を満載した軽トラと、キレイに洗車されたワンボックスカーがあった。
「マサ兄ちゃん、宜しくお願いします」
「おう。任せとけ」
賢治が、軽トラの荷台にブルーシートを掛けながら声を掛けてきた。
「はい、乗って」
マー君がワンボックスカーの後部座席の扉を開けた。オレは背中を押され、無理やり乗せられてしまった。誘拐ってこういう状態なんだろうな。
「シートベルト締めて」
「は? シートベルト?」
後ろの席にそんなもんねーだろ。……あった。これ?
「あぁもう、俺がするからいいよ。もう! 反則切符切られるの、俺なんだからな」
マー君はシートベルトをひったくり、慣れた手つきでオレを拘束した。
助手席に真穂、運転席にマー君が乗り込み、エンジンをスタートさせた。
シートを掛け終わった賢治が、軽トラの運転席に乗り込む。
あいつ、いつの間に免許取ったんだ? 長男のオレを差し置いて……
軽トラの先導で、ワンボックスが農道に出た。
「ケンちゃんは、歌道山町のクリーンセンターに直接搬入。俺たちは矢田山のジャヌコに行く。ゆうちゃん、散髪の後で靴買ったげるから、それまでは祖母ちゃんので我慢して。
真穂ちゃんはその間、買い出し。で、フードコートでケンちゃんも合流。そこで昼飯。他に買う物がなければ、それで戻ってくる。ゆうちゃん、靴の他に何か要る?」
マー君が勝手な予定をベラベラ喋っている。
景色がどんどん流れて家が遠ざかって行く。
別に散髪なんかしなくても、また髪が伸びるまで外に出なきゃいいんだ。
何、勝手なコトしてんだよ。年下の癖に。
別にどこにも行かないから、靴とかいらねーし。
「ゆうちゃん、聞いてる?」
走行中の車から飛び降りる訳には行かないので、寝たフリでやり過ごすことにした。
「マサ兄ちゃん、ゆうちゃんね、夕べ徹夜で掃除してたみたい」
「え? そうなの? へー。本格的にヤル気出したんだなぁ。偉いな」
「疲れてるだろうし、着くまで寝かしといたげようよ」
「そうだな」
騙されてやがる。
オレに騙されてることも知らない二人の上から目線が滑稽だった。
「ゆうちゃん、着いたよ」
寝たフリをしている内に、本当に寝落ちしてしまったらしい。
拘束具は外され、開放された後部席の扉から吹き込む外の風が、無慈悲にオレの体を冷やしていた。
マー君に腕を引っ張られ、落ちるように車外に出た。
「まだ寝惚けてんのか? さっさと起きろよ」
だだっ広い駐車場だった。
ウチの畑全部より広い。家と田んぼも足せば勝てるが。
どのくらい走ったのかわからないが、オレの地元、歌道山町風鳴地区とは比べ物にならないくらい拓けていた。
矢田山市は歌道山町の隣の市で、大学受験の時に一度だけ来た。
来たと言うか、通過したことがあるだけだ。この街の駅から電車に乗り、途中で新幹線に乗り換えて帝都に行った。
帝国大学の医学部と、日程が違う私立大の医学部を三つ受けた。
入試が終わるまで、帝都のホテルに滞在した。ホテルで最後の追い込み勉強をしたが、家よりもずっと捗った。
だが、結果は……全滅だった。
「いらっしゃいませー」
イヤなことを思い出している間に、マー君に引きずり込まれたらしい。気がついた時には既に美容院の店内に立っていた。
「予約していた巴です。シャンプーとカットと顔剃りをお願いします」
「巴様ですね。お待ちしておりました。カットはどのように?」
何だ。オレじゃなくて、マー君が散髪するのか。
「あ、私ではなく、こちらなんです。昨日、カットモデルを頼まれたのですが……酷いことになってしまいまして……これを自然な形に修正して欲しいんです」
マー君が嘘八百並べながら、フードを剥ぎ取った。
オレは目を閉じた。




