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汚屋敷の跡取り  作者: 髙津 央
◆印歴2213年12月28日

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32.汚れた水

 椅子の上に立って見ると、蛍光灯の笠は灰色の埃が厚く積もり、羽虫の死骸が黒々と積み重なっていた。

 部屋を見回すと、カーテンレールの上も、本棚とタンスの上も同様だった。

 ついでに言うと、虫食いだらけのカーペットも、食べ物の汁や飲み物をこぼした跡と埃にまみれて、元の色がよくわからなくなっている。



 埃、ホコリ、ほこり、ムシ、虫、蟲……

 オレ、何でこんな部屋に平気で居られたんだろうな。



 唯一の天井との接点であるプラグを抜く。その振動で、傘に積もっていた埃が舞った。


 「それで全部ですか?」

 「いや、まだ、ルータと本体が残って……いや、まだ、そのっ本棚とか、いやっあっまっまだ、本とか、ぬっ濡れたら……困るって言うか、えっと、そう言うの……あって、その……」

 埃まみれの蛍光灯を手に、必死に待ってもらおうとするオレ。


 双羽(ふたば)隊長は、メイドさんと顔を見合わせてから、オレの方を向いて言った。


 「搬出は終了したと聞きましたが、情報に誤りがあったようです。では、予定を変更し、ここから見える範囲のみ洗浄します」


 宣言と同時に、水の塊が部屋に入ってきた。

 ドア付近の床を這い、渦を巻く。

 食べカスや虫や埃や抜け毛が、たちまち水を濁らせた。

 水は一旦引いて、メイドさんが持つ段ボールに向かって伸びた。

 先端を段ボールに突っ込んだ水の帯から、細かいゴミが消えて行く。


 パサパサ、カサカサ。


 乾いた音を立てて、段ボールに被せたゴミ袋の底に、汚い粉が溜まっていった。


 「ベッドの下は?」

 「は? いや、あの、えー……」


 「洗浄できる状態ですか?」

 「いや、あの、ハッハイッ! どっどうぞどうぞ!」


 双羽隊長の声に、キャラ物の椅子の上で背筋を伸ばすオレ。

 水は再び床に広がり、ベッドの下を這い、壁を伝って天井に移動した。


 魔法の灯の中で、生き物のように動きまわる水は幻想的だったが、美しくはなかった。

 無数の小さな虫やゴキブリ、その糞、埃と抜け毛、食べカス等のゴミが水の中で黒々と渦を巻く。


 汚れた水は醜悪だった。


 ドブのようになった水でも、内包する汚れを吐きだすと、元の澄んだ状態に戻った。


 三度目の突入。

 今度の標的はオレだった。少し熱いお湯が頭から爪先に向けて這い、最後に手に持ったままの蛍光灯を洗って離れた。



 「窓は?」

 「は? あ、いやっハイッ! あの、だっ大丈夫であります」

 双羽隊長の短い質問に、何故か敬語で答えてしまった。


 近衛騎士なんてのは、貴族の子弟を寄せ集めた儀礼的なお飾り集団じゃねーのかよ。

 何、このプレッシャー。鬼軍曹なの?

 この女騎士、実戦叩き上げの鬼軍曹か何かなの?


 汚れを吐き出し終えた水の塊が、オレの横をすり抜け、部屋の奥に向かう。

 窓に触れた途端、透明だった流れが灰色に濁った。

 その色は見る間に濃くなり、泥水となった水塊は、また伸びて、段ボールに汚れを吐き出した。


 清水になって戻ってきた水流が、窓を動かす。

 さっきオレがやった時には、びくともしなかった窓が、カラカラと軽い音を立てて開いた。汚れた水が、網戸を抜けて雨戸を這い回り、これも開けた。


 オレの部屋に、外の光と冷たい風が、容赦なく吹き込んできた。

 生ぬるいエアコンの空気が、冬山から降りてくる厳しい寒風に吹き払われる。



 厚い雪雲に覆われた冬の空。

 雪に埋もれた畑で、農作業をする人影が、まばらに見える。

 田畑の間に点在する農家。

 そのずっと向こうに雪を頂く山々。

 この窓から、外を見るのは、何年振りだろう。



 ずっと、ババアだけが、地元の情報ソースだった。

 ババアは、頼んでもないのに毎日、飯を置きに来る度に、ドアの外で天気の話をしていった。

 オレは外に出ず、雨戸も開けないから、ニュースに出る大きな街の天気予報は知っていても、自分が住む歌道山町風鳴地区(うどうやまちょうかぜなきちく)のリアルな天気を知らなかった。



 知る必要は、なかった。

 知ろうともしなかった。



 汚れを吐き出した水が、エアコンにまとわりつく。

 ガタガタと音を立てて、フィルタを引きずり出し、宙に浮いたまま丸洗いする。フィルタの枠より分厚い埃が剥がれた。

 段ボールに埃を吐き出した水が、エアコン本体を洗浄する。

 黒い泥水がオレの顔の横をかすめて飛ぶ。


 エアコン洗浄の三往復目。

 水が器用な動きでフィルタを取り付けた。


 「優一さん、お布団はどうされますか?」

 メイドさんが、段ボールの代わりに、オレの毛布と掛け布団を持っている。


 「いや、あの、それ、洗えるかな、と……思って……」

 「そうだったんですか」

 メイドさんは、毛布と布団をベッドの上に移動した水の塊に投げ込んだ。


 水は、毛布と布団を巻きこんだまま、縦に渦を巻いた。

 洗濯機の中身を見ているようだ。



 水がベッドとドアを四往復して、布団は打ち直したかのように、ふっくらとベッドの上に落ちついた。

 埃の分、嵩が減っている筈なのに何故、ふかふかになったんだろう。


 「今日はここまで」

 「いや、あ……、ハッハイッ!」

 双羽(ふたば)隊長の宣言に、オレは思わず敬礼した。


 「ゆうちゃん、そろそろ行くよー」

 マー君の声と重量感のある足音が、近づいてくる。

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【関連】 「汚屋敷の兄妹
賢治と真穂視点の話で「汚屋敷の跡取り」と全く同じシーンがあります。

▼用語などはシリーズ共通設定のページをご参照ください。
野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
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